リヴァイ×ハンジ | ナノ

第4話
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 ずっと告白の返事を先延ばしにして来たハンジだったが、リーネとナナバの計らいもあり、漸くリヴァイに想いを告げることが出来た。きっかけをくれたリーネたちには後日あらためてお礼をしよう。そうだ、この前リヴァイと行ったカフェに二人を誘って、恋の話に花を咲かせるのも良いかもしれない。そんなことを考えながら隣を見ると、リヴァイと目が合い、恥かしさと幸福が同時にハンジの胸に押し寄せた。
 ――ああ、恋って素晴らしい!

「ミケー、喉かわいちゃった。ちょっとコンビニ寄ってくれない?」
 リーネが後部座席から声をかけるとミケはウィンカーを出し駐車場に車を停めた。
「飲み物と何か食べるもの適当に買って来るわ。リクエストあるー?」
 自分も買いたいものがあると言ってゲルガーもリーネの後を追ってコンビニに入っていった。数分して戻って来た二人を乗せて再び車は走り出す。買い込んだ飲み物や食べ物を配りはじめるリーネにミケは眉を顰めたが、ナナバから唐揚げを差し出されると何も言えなくなってしまった。どうやら主導権はナナバの方にあるらしい。
「今のお前に一番必要なものだろ?」
 ニヤついた笑みを貼り付けたゲルガーからコンビニの袋を押し付けられてリヴァイは、怪訝そうな顔をしながら袋を覗き込んだ。その中にあった小さな箱を見てリヴァイの表情がピシリと固まる。
「……? どうしたのリヴァイ、何が入ってたの?」
「何でもねぇ!」
 中を覗こうとするハンジから袋を遠ざけてリヴァイはゲルガーを睨むが、羞恥心で赤く染まった顔では全く効果はなかった。ミラー越しにそのやり取りを見ていたのか、やれやれとミケが呆れたように首を左右に振った。
「ハンジ、リヴァイの部屋に寄って行っても良いが、明日は仕事だからな。あまり遅くなるなよ」
 ミケの唐突な言葉にハンジは首を傾げ、リヴァイとゲルガーは複雑そうな顔をした。
「どこまでもお父さんね。ミケは」
「ほんと、びっくりするくらい昔から変わらない」
 そしてミケの運転する車がリヴァイの住むマンションの近くに停まり、よく分からないままリヴァイと一緒に車から降ろされたハンジは、急いで帰らなければいけない用事もないのでそのままリヴァイについて行く事にした。
 手を繋いでマンションに向って歩いて行く途中でリヴァイが急に立ち止まった。
「リヴァイ?」
 不思議に思い、名前を呼ぶが反応がない。リヴァイは、驚いたような顔で真っ直ぐに前を見据えていた。その視線を辿って行くと、ハンジの視線はエントランスにある人影に行き着いた。目を凝らすが、逆光で顔がよく見えない。ひょろりと背の高い男のシルエットが浮かび上がっている。こちらに気づいたのか、男がこちらに向かって歩いて来た。
「……ケニー、てめぇ何しに来やがった」
 リヴァイは睨むような視線を向けて中折れ帽子の男の名前を呼んだ。
 ――何だろう。この人、どことなくリヴァイに似てるような……。
 そんなことを考えながら、まじまじと男を観察していると、思い切り目が合ってしまい、気まずさからハンジは視線を彷徨わせた。そして、今度は男の方がハンジの頭の天辺から爪先までを舐めるような目で見る。その視線を遮るようにリヴァイがハンジの前に出ると、それを見たケニーは、ケラケラと声を上げて笑った。
「久しぶりに出社してみたらガキ共がてめぇに女が出来たと騒いでいたから来てみたんだが、本当だったみてぇだな?」
 ガキ、と聞いて思い出すのはただ一人。
『あの……もしかして社長の彼女さんですか?』
 エレンか、とハンジが小声で呟くとリヴァイも同じ人物を思い浮かべていたのだろう「あのガキは躾直す必要があるようだ」という不穏な言葉が聞こえて来た。元はと言えばリヴァイがエレンの言葉を肯定してしまったのが原因であると思うのだが、と思いながらハンジは、理不尽な八つ当たりを受けるであろうエレンに同情した。
「てめぇには関係のねぇ話だ」
「相変わらず可愛げのねぇガキだ。それが育ててやった人間に対する態度かよ」
 そう言いながらもケニーは気分を害した様子もなく言葉をつづけた。
「セフレの一人も作りやがらねぇから不能なんじゃねぇかと疑ってたんだがな。まぁ精々クソ親父の二の舞にならねぇように避妊はしっかりしろよ」
「――っ!」
 言葉を失うリヴァイを置き去りにして、言いたい事を好きなだけ言ってケニーは帰って行った。ハンジはぽかんとした表情で暗闇に消えて行く男の後姿を暫く見つめていたが、自分の手を握るリヴァイの手が少しだけ震えている事に気づいて其方に目をやった。その横顔がいつもよりも青褪めているように見えてハンジはリヴァイの手を握る手に、ぎゅっと力を込めた。
 今のリヴァイは事情を知らない人間には踏み込めない領域にいる。リヴァイにかける言葉を持たない自分が酷くもどかしかった。
 あんなにも動揺していたのが嘘のように、二人で部屋に入る頃にはいつものリヴァイに戻っていた。無理をしていると気づいたが、必死に平静を保とうとしているリヴァイに合わせることをハンジは選んだ。
「リビングはミケがくれたテディベアが守ってくれているから、この子には私の健やかな睡眠を守ってもらうんだ」
 ハンジが遊園地で買った目つきの悪いあらいぐまのぬいぐるみを抱きしめながら言った。
「なら俺もこいつは寝室に置くか」
 そう言いながらリヴァイは、ハンジとよく似ていたのでつい買ってしまったフェレットのぬいぐるみを袋から出してテーブルに置いた。
「あなたの寝室にぬいぐるみが置いてあると知ったらエレンは卒倒するだろうね!」
 ぬいぐるみを抱えたまま、ぬいぐるみとそっくりな顔で大笑いするハンジの額を小突くとリヴァイは席を立った。戻ってきたリヴァイがハンジにグラスを差し出し、ハンジがグラスを受け取ると、リヴァイは再びハンジの隣に腰を下ろしてウィスキーを飲み干した。リヴァイのペースに合わせて飲んでいると大変なことになると、これまでの付き合いの中でハンジは学んでいた。だからいつもは自分のペースを守るように心がけながら、ちびちびと舐めるように酒を飲んでいる。
 ――だけど今夜だけは……。
 ハンジは意を決したように、ぐいっとウイスキーを飲み干した。
 かくしてハンジは酔っ払いとなり、夢の世界へと旅立った。
 ぐにゃぐにゃとした軟体動物のように力が抜けたハンジの身体を支えながらリヴァイが耳元で囁く。
「仕事に間に合うように朝は早めに起こしてやるから、今夜は泊まっていけ」
 殆ど眠ったような状態にも関わらず、ハンジは律儀に返事をした。
 それは自分たちが出会った夜を再現したような光景だとリヴァイは思った。ハンジはあまり覚えていないようだが、リヴァイは今でも、あの夜の出来事を昨日の事のように鮮明に思い出す事が出来る。

 人数合わせで駆り出された合コンからやっと解放されたとハンジは言った。急用が出来たとか何とか言って来れなくなった顔も知らない参加者の代わりに呼ばれたのだと。リヴァイの方は、どうしても人数が揃わないとゲルガーに泣きつかれて仕方なく参加した。それを言うとハンジは唇を尖らせて不満そうに言った。
「それじゃあ、私達が合コンに参加した意味ないじゃないか」
「幹事の女が怖くて言い出せないと言っていたな」
 リヴァイも最初は面倒だと思っていたが、店内でハンジを見つけた瞬間にリヴァイにとってそれは意味のあるものに変わった。一目惚れ、と言うのだろうか。ハンジと出会わせてくれたゲルガーに感謝すらしたのだ。そう告げようと必死に言葉を探して、再びハンジの方に向き直ると、彼女はカウンターに突っ伏して眠っていた。
 ハンジは、壊滅的に酒に弱かった。
 リヴァイは悩んだ末にハンジをおぶって自分の部屋に連れ帰り、すやすやと気持ち良さそうな寝息を立てているハンジをソファーに寝かせた。
「ゲルガー経由で幹事である女からハンジの住所を聞くか……」
 リヴァイがスマートフォンを操作してゲルガーに送る文面を打っているとハンジがむくりと上体を起こした。
「起きたか。タクシーで送ってやるから住所を――」
「……それ」
「それ?」
 ハンジが指差す方に目を向ける。謝礼としてゲルガーから押し付けられるような形で渡された白ワインがテーブルに置かれていた。
「ちょーだい」
「お前、さっきまで酔い潰れてたのにまだ飲むつもりか?」
「うん、ちょうだい?」
 こてり、と首を傾げ、潤んだ瞳でハンジはリヴァイを見上げた。
「……一杯だけだぞ」
 そのあまりの可愛さについ、グラスを渡してしまった。それが間違いだったのかもしれない。ハンジはふにゃりと笑って、両手でグラスを持ってワインを飲んだ。
「あんっ、こぼれちゃったぁ」
「!?」
 顎を伝って胸元に零れたワインが白いブラウスを濡らし、下着の色だけではなく、レースの形まで浮き上がらせた。思わず胸元を凝視してしまったのは、仕方のないことだと思う。動揺しているリヴァイの気も知らずにハンジは、えへへー、うふふ、などと言いながら楽しそうに笑っている。
 ワインで濡れた服を何とかしなければと思うが、場所が場所なだけに、拭くことを躊躇った。着替えを、いや、いっそのこと風呂に入った方が良いのではないか。だが、今のハンジを風呂場で一人にしても良いものか……。
 リヴァイはごくり、と唾を飲み込み、ハンジの肩を掴んだ。
「ハンジよ、風呂に、入るぞ」
 ――あれはある種の苦行だった。
 当時の記憶をなぞりながらリヴァイは思った。無防備な姿で自分に身体を預けて来るハンジを抱えながら、今にも切れてしまいそうなほど心許無いピアノ線のような己の理性の糸を必死に繋いだ。己の欲望のために彼女を傷つけたくなかった、というのも嘘偽り無い本心ではあるが、一番恐ろしかったのは、ハンジが自分に笑顔を向けてくれなくなることだった。
 リヴァイはあの日と同じように風呂に入れたハンジを寝室に運んだ。
 そして、ソファーで眠ったあの日とは違い、自分もハンジの隣に潜り込んで同じベッドで眠りについた。
「おやすみ、ハンジ」


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