リヴァイ×ハンジ | ナノ

第3話
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 以前までは部屋で二人で過ごすといえばリヴァイの部屋だったが、一度ハンジがリヴァイを部屋に上げてからはハンジの部屋で過ごす事も多くなった。二人で食事をしたりテレビを見て笑いあったり、他愛のない話をしたり。何気ない日常がこんなにも愛おしい。
「ナナバもミケと過ごす時はこんな風に思ったりするのかな?」
 ――だけど私は、まだナナバを同じものを見る事は出来ない。
 友達以上恋人未満という言葉が今の自分たちにはしっくり来る。答えを出さなくてはいけないと思いながらも気持ちを言葉に出来ず、もやもやとした気持ちを抱えたまま時は流れていった。

 二人の休日が偶然重なったので今日は一日、一緒に過ごす事になっていた。午前中は行くあてを決めずに二人でショッピングを楽しんだ。
 ハンジの耳にある真新しいピアスが、ゆらゆらと揺れながら輝きを放っている。それは途中で入ったジュエリーショップでリヴァイが購入したものだった。誕生日に何もあげられなかったからと言うリヴァイに最初は遠慮をしたハンジだったが、やはり貰ってみるとうれしいもので、ラッピングを断ってそのまま自分がつけていたものと付け替えたのだ。
 それからハンジが一度行ってみたいと言っていたカフェが近くにあったので、そこでランチをした。内装もハンジ好みで、ランチも紅茶の味も期待以上のものだったのでハンジはご機嫌だ。紅茶にうるさいリヴァイも満足したようでハンジはますますうれしくなった。
「そろそろ出るか」
「そうだね」
 会計を済ませ、店を出ようとした時、ふいにリヴァイが足を止めた。
「どうかした?」
 ハンジの声に被さるように「あ!」という声が上がる。少し高めの男の声だ。見ると、緑色の瞳の青年が驚いたような顔でリヴァイを見ていた。リヴァイと目が合った青年は慌てて頭を下げて挨拶をした。
「おはようございます!」
 社内で向かい合う二人の姿ありありと浮かんでハンジは思わず吹き出しそうになった。
「エレンか。珍しいな、今日は一人か?」
「いえ、この店でミカサとアルミンと待ち合わせをしているんです。約束の時間まで少しあるので、まだ来てないと思いますけど」
 リヴァイと話をしながらチラチラと視線を向けて来るエレンにハンジは首を傾げた。エレンは、少し迷った様子を見せてから思い切ったように口を開いた。
「あの……もしかして社長の彼女さんですか?」
「ちが……」
「あぁ、そうだ。……それとエレンよ。その呼び方は止めろと言っている」
 ハンジが『違う』と言おうとするのを遮ってリヴァイが返事をする。
「あぁ! やっぱりそうですか!」
 心の底から喜んでいる純粋なエレンに本当の事を言うわけにもいかず、ハンジは言葉を飲み込むしかなかった。せめてもの意趣返しにと、横目で睨みつけても涼しい顔をしているリヴァイの背中を思い切り叩いてやった。
「あなた社長だったの? 初耳なんだけど」
 エレンと別れてから、ハンジがそう聞くとリヴァイは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「勤め先が身内の会社ってだけだ」
「へぇ、身内ってお父さん?」
「……いや、伯父だ」
 答えるまでの微妙な間に、ハンジは気づかないフリをした。
「見て見て、新しく出来た本屋があるよ。ちょっと寄って行ってもいい?」
 ――そう言えば。
 リヴァイから家族の話を聞いた事がないと今更ながらに気づく。
 だけど、誰にだって人には話したくない事の一つや二つあるだろう。ハンジだってリヴァイに自分の全てを話しているわけではない。
 それに、気づかないフリをするのが優しさになる事もあるとハンジは知っていた。

 最近はリヴァイと会わない日の方が少ないくらいで、休みでなくとも仕事の後にどちらかの部屋に行って一緒に食事をするのが二人の日課となっていた。
 だが、今日だけは違う。
「ハンジ、随分と待たせてくれたわね」
「私達がどれだけ心配したと思ってるの!」
「だからごめんって」
 リーネとナナバにほっぺたを抓られる。赤くなった頬を擦りながらハンジは涙目で二人を見た。二人の気持ちを疑っていたわけではないが、本当に心配していてくれたのだと思うと、恥かしいからと会うのを渋っていた事を申し訳なく思った。引越し先の住所も知っているのに二人が無理矢理押しかけて来なかったのは、ハンジの事を待っていてくれたからだ。
「っていうか、部屋綺麗過ぎじゃない? フローリングが鏡みたいになってるじゃない」
 ナナバの言葉に反応したのはハンジではなくリーネだった。ふふん、と得意げな笑みを浮かべる彼女に、ハンジは嫌な予感しかしない。
「リヴァイでしょ? 私だって黙って待ってたんじゃないのよ。ゲルガーに色々吐かせたわ」
 今は部署が変わってしまったが、ゲルガーとリヴァイは同期らしい。ゲルガー曰く『親友』らしいが、ハンジはリヴァイの口から彼の話題どころか、名前が出るのを聞いた事もない。
「潔癖症でリヴァイがいるオフィスはいつも埃一つないくらいピカピカだって社内じゃ有名らしいわよ。それにゲルガーが驚いてたわ。モテるのに一切女を寄せ付けないリヴァイが合コンで女の子をお持ち帰りするなんてっ……て」
「間違ってはいないけど、違うんだよ!」
「どういう意味? 私にも分かるように説明して」
 ナナバの目が完全に据わっている。雷が落ちるのを覚悟して、ハンジはあの夜の出来事を二人に話した。
「――という事がありまして」
「アンタって子は、どうしてそう危機感がないの!?」
「本当に。もう一人の方だったら確実に食われてたわよ」
 珍しく声を荒げるナナバと呆れ顔のリーネに挟まれてハンジは小さくなった。大変な事をしてしまった自覚はある。男の前で正体をなくすまで飲んだ挙句、部屋に上がりこんでそのまま眠ってしまったのだ。本当なら何をされても文句は言えない。
「わ、私だって相手がどんな人かを見て行動するよ」
「ふぅん、じゃあリヴァイは大丈夫だって思ったの? 初対面なのに?」
 容赦のないナナバの切り返しにハンジは口篭る。たまたまリヴァイが常識と理性のある人間だったというだけで、間違いが起こっていた可能性はゼロではなかったのだから。
 このまま帰るのも何だからと言って、二人で店に入ったのは覚えているのだが、その後の事は正直よく覚えていない。だけどそれを言ったらナナバから更なる雷が落ちるだろう。
「まぁ、言いたい事は他にも色々あるけど、毎日のようにお互いの部屋に行き来してるのに、何でまだ付き合ってないの?」
「……」
 リーネの質問に答えられずにいるハンジを見てナナバが言った。
「告白はされたけど、ハンジの方がまだ気持ちを伝えてないって所か」
「……! 何で……」
「何で分かったのかって? ミケほどじゃないけど、私だって伊達に長く友達やってないからね」
「相手の気持ちが分かってるんだからフラれる心配もないし、何で躊躇ってるの? 好きなんでしょ?」
 リヴァイは潔癖症の割りにはスキンシップは激しいし、恥かしがるハンジを面白がってからかって来る事もあるが、気持ちの催促をされた事はない。だから、というのはただの言い訳かもしれないが、ハンジは自分の気持ちを伝えるタイミングを掴めずにいる。
 それに――。
「だって……はずかしい」
 頬を真っ赤にしてますます小さくなるハンジを見て二人は「アンタにも羞恥心なんてものがあったのねぇ」などと失礼な事を言う。そんな二人にハンジは赤くなった頬をぷくーっと膨らませる事で「心外だ!」と伝えた。
 いつまでも子供っぽいハンジの頭を撫でながらナナバは過去に想いを馳せた。
 ナナバとミケの出会いは、小学生だった頃まで遡る。姐御肌のナナバがハンジを通じて知り合ったミケと一緒にハンジの世話を焼くようになったのも、ハンジを本当の妹のように可愛がるミケを隣で見ているうちにナナバが彼に惹かれていったのも、当然の成り行きだったと言えるのではないだろうか。ナナバが淡い恋心を打ち明けるとハンジはまるで自分の事のように、いや自分の事以上に喜んでくれた。そしてハンジの応援を受けて、バレンタインにチョコと一緒に自分の気持ちを伝えたのだ。
 しかし、結果は……。
「気持ちはうれしいが、これは受け取れない。お前は大人びている所があるからな、同級生よりも大人な俺が他の男子よりも良く見えただけかもしれないぞ」
 ミケにそう言われて、すっかり自信を無くしてしまったナナバが「ミケの言う通り、私は恋と憧れを錯覚しているだけなのかもしれない」と零すとハンジはナナバの肩を掴んで勢い良く揺さぶった。
「ナナバがナナバの気持ちを信じてあげないとダメだよ!」
 恋を知らないハンジの拙い言葉が何故だかとても胸に響いた。
「そうだよね。うん。私、来年もバレンタインに告白するよ。もっと自分を磨いて、いつかきっとミケを振り向かせてみせる!」
「その意気だよナナバ!」
「ありがとう、ハンジ。アンタもたまには良い事言うじゃない」
「たまにはってどういう意味!?」
 ナナバは宣言通り次の年もミケにバレンタインチョコを渡した。次の年も、その次の年も、そしてミケと出会ってから五回目のバレンタイン。
「お前の気持ちを疑って悪かった。本当は俺もずっとお前の事が気になっていたんだが、なかなか素直になれずにいた。こんな俺でも良いと言ってくれるなら、付き合って欲しい」
 晴れて恋人となった二人は、そわそわしながらナナバの帰りを待つハンジの元へ行き、繋いだ手を彼女に見せて結果報告とした。
 ミケとの今があるのは、あの時叱ってくれたハンジがいたからだ。だからナナバは、ハンジが恋をしたら彼女が自分にしてくれたように心力を注ぎ、ハンジを幸せにしてくれる男が現れるまで彼女を守って行こうと決めたのだ。
 そしてそれはきっと、ミケも同じ。
「それなら、みんなでデートをしましょうよ」
「は?」
 リーネの言葉を聞いてナナバは我に返ったように顔を上げた。そして同じく頭の上に疑問符を浮かべたハンジと顔を見合わせる。
「何かきっかけがあれば言えるかもしれないでしょ? 私達が良い感じの雰囲気を作ってあげるわよ」
「でもリーネ、最近の合コンはハズレばっかりだって言ってなかった?」
 とナナバが聞く。デートと言うからには相手が必要だ。ハンジはリヴァイ、ナナバにはミケがいるが、リーネは今、フリーのはずだった。それともここ数日で良い人が出来たのだろうか?
「私はゲルガーを連れて行くわ。どうせ暇してるでしょうから」
 相手の都合を聞かない辺りがリーネらしい。二人の上下関係が見えた気がした。
「前から思ってたんだけど、リーネこそ何でゲルガーと付き合わないの?」
 ナナバの問いにハンジも大きく頷くが、二人の疑問をリーネは笑い飛ばした。
「ないない、あいつのどこに男を感じろっていうのよ」
「試しに付き合ってみたら? 案外良かったりするかもよ」
「やめてよー」
 ――お似合いだと思うんだけどなぁ、やっぱり恋愛ってよく分からない。
 ナナバと話すリーネを見ながらハンジは心の中で呟いた。

「遊園地なんて何年ぶりかしら」
「大人になってから来る機会なんてなかなかないよね。結婚して子供でもいれば別だけど」
 リーネと話していたナナバが「遊園地って言うとアレを思い出すな」と苦笑交じりに呟いた。
「え、なになに?」
 バツの悪そうな顔をしたミケを見て更に興味をそそられたらしいリーネがナナバにつづきを促がす。
「あれは、ミケと付き合いはじめてすぐの事だったんだけどね」
 ナナバが『遊園地に行きたい』と強請るとミケは何を思ったのか『それならハンジを呼んで三人で行こう』と言い出したのだ。そして恋愛に疎いハンジがナナバの思惑に気づくはずもなく、ナナバの『初デート計画』はいつの間にか『いつもの三人でお出かけ』に形を変えてしまっていた。
 それからナナバがデートをしたい時は『二人で』という言葉を付け足すようになったのは言うまでも無い。
「いやそこはデートだって普通は気づくだろう、って話だよ!」
「あはははは! ミケでもそんなドジする事あったのねぇ」
 当時の事を思い出して腹が立ったのか、ナナバが怒り半分で話すのを聞きながらリーネは腹を抱えて笑った。
 合流してすぐ、ナナバとミケは初対面であるリヴァイと軽く挨拶を交わしていた。ハンジの話やリーネがゲルガーから聞き出した情報を抜きにしても、リヴァイは無愛想だが真面目そうな男に見えた。
 ハンジが幼稚園児だった頃から知っている年の離れた幼馴染のミケと小学生からの付き合いである親友のナナバは、リヴァイを見て納得したように頷き合った。まさか自分がハンジに相応しい相手かどうかを見られているとはリヴァイも夢にも思わないだろう。
 ジェットコースターにお化け屋敷、巨大迷路と順にアトラクションを回って行く。リーネやゲルガーなどは童心に返ったように肩を組み笑いあっていたが、いつもは誰よりも騒がしいハンジがその輪に入らず妙に大人しい事がリヴァイは気になった。
「お前、具合でも悪いのか?」
 リヴァイに問われてハンジはギクリとした。体調が悪いわけではなく、緊張しているのだと言うわけにもいかずに、ハンジは慌てて笑顔を作った。
「そんなことないよ! ハンジさんは元気いっぱいさ!」
「それならいいが、変な気を遣わずに気分が悪くなったら正直に言えよ」
「うん、リヴァイは顔に似合わず優しいなぁ」
「顔に似合わずは余計だ」
 リヴァイに額を小突かれてハンジは笑った。
 六人は、昼食を終えた後、隣接された店に移動した。
「あ、これ後輩へのお土産にちょうど良いわね」
「私も何か買っていこうかな」
 リーネとナナバに習ってハンジもリヴァイと共に店内を見て回る。
「リヴァイもエレン達に何か買っていく?」
「そうだな、たまにはそういうのも悪くねぇか」
「あ、これ見て!」
 遊園地のマスコットキャラのあらいぐまとフェレットのぬいぐるみを見つけたハンジが、あらいぐまの頬ちょんと指で突いた。
「このあらいぐまリヴァイにちょっと似てない? ほら、目元とか」
「なら、こっちの大口開けて笑ってる奴はお前だな」
 じゃれ合う二人を微笑ましく見守りながら、リーネがナナバに耳打ちした。ナナバもそれに意味ありげな笑みを浮かべて応え、ハンジに声をかける。そして、そんなあからさまな二人の態度に気づかないのが、ハンジという人間なのだ。
「ハンジ、私達先に外に出てるね」
 そう言ってリーネとナナバはミケとゲルガーを連れて店を出て行った。それから少し遅れてリヴァイとハンジも会計を済ませて店を出た、のだが……。
「……? あいつら、どこに行きやがった?」
 店の外にそれらしき姿は見えない。慌ててハンジがナナバに電話をするが繋がらず、ラインを送っても既読は付くのに返信がない。
「ハッ、まさか……!」
 そこでハンジの脳内に一つの可能性が浮かぶ。
 いや、やっと気づいた、と言うべきか。
 リーネ達は、はぐれたフリをしてハンジとリヴァイを二人きりにしたのではないか、と。
「仕方ねぇ、観覧車にでも乗って上から捜してみるか」
 リヴァイがハンジの手を引いて歩き出す。
 順番が回って来るとリヴァイはハンジを先に乗せて自分もゴンドラに乗り込んだ。リヴァイが隣に腰を下ろすと、ハンジは目を丸くした。
「普通向かい合わせに乗るよね!? 何でこっちに座るんだよ!」
「俺はここが良い」
「あなたって結構頑固だよね!」
 男女で観覧車に乗る。何てベタな展開だろう、と遠ざかって行く地面を見ながらハンジは思った。日が傾きはじめた空は橙色と薄紫色のグラデーションを描いていて、告白には最高のシチュエーションなのだろうが、その美しい光景がハンジの緊張を余計に煽った。向かい側ではなく隣に座ったリヴァイに心臓の音が聞こえてしまうのではないかといらぬ心配をしてしまうほどに。
「……ハンジよ」
 名前を呼ばれてリヴァイを見ると、彼はどこか不安そうな表情でハンジを見ていた。どうしてそんな顔をするのかが分からなくて戸惑うハンジにリヴァイは搾り出すような声で言った。
「俺に言い寄られるのは迷惑か?」
 ハンジは慌てて首を横に振ってリヴァイの服の裾を掴んだ。
「無理をしなくても良い。お前が嫌だと言うなら――」
 その先を言わせまいと、ハンジはリヴァイの口を自分の唇で塞いだ。唇を触れ合わせるだけの軽いキスだったが、はじめて触れた彼の唇は思っていたよりもずっと甘くて、柔らかくて、自分からしたにも関わらす、いや自分からしたからこそ、ハンジはこの場から逃げ出したくなった。離れようとするハンジを追いかけるように伸びて来たリヴァイの手が彼女の頬を包んで引き寄せる。あっ、と思った時には二人の唇は再び重なっていた。唇を軽く噛まれ、ハンジが驚いた拍子に口を開けてしまうと、その僅かな隙間から舌が侵入して来た。舌と舌が絡まる水音が静かなゴンドラ内を満たす。
「……すき」
 口付けの合間を縫って吐息を漏らすようにハンジが言うと、リヴァイは微かに目元を緩めて頷いた。
「俺も、好きだ」
 その後二人と合流した四人は、上機嫌なリヴァイと蕩けた表情のハンジを見て全てを察したと言う。
「何だか娘を嫁に出したような気分だ」
 と言って目頭を押さえるミケに感化されたのか「幸せになれよぅ!」とゲルガーが男泣きしながら叫んだ。
「……まぁ、悪い奴じゃないのよね」
「お、ついに惚れたか?」
 からかうような口調で聞くナナバにリーネは無言で肘鉄を食らわせた。


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