リヴァイ×ハンジ | ナノ

第2話
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 リーネの同僚の代わりに強制的に参加させられた合コン。ナンパ男からハンジを救ってくれたリヴァイと共に店から抜け出した後、酔い潰れてそのまま彼の部屋に泊まってしまったあの夜から、二人の付き合いは今もつづいていた。
 付き合いと言ってもあくまで友人として、だが。
 リヴァイの部屋で過ごす事もあったが、さすがに泊まったのはあの日だけだ。
 手を出したりしないから泊まって行けと言うリヴァイの言葉を疑っているわけではない。彼は見た目によらず優しく紳士であるから信用もしている。だが、やはり恋人ではない男の部屋に泊まるのは、何だかイケナイ事をしているような気がして、ハンジにはその一線を越える事が出来なかった。

「私この近くに住んでるんだ。うちでお茶でも飲んで行かない?」
「……いいのか?」
 ハンジは人懐っこい性格で誰とでもすぐに打ち解けるが、自分のテリトリーにあまり人を入れたがらない。それを知っていたのでリヴァイは少し驚いたような顔で聞いた。
「いいよ、リヴァイなら。ちなみに私が今の部屋に引っ越して来たのは三ヶ月くらい前でね、まだ誰も部屋に入れていないんだよ。リヴァイがはじめてのお客さんだね」
 笑顔でそう言うハンジに、リヴァイの頬が少しだけ赤くなる。惚れた女にそんな事を言われてうれしくないはずがない。
「引っ越して来てからもちょっとバタバタしてて、まだ全部片付いてないんだよねー」
 テーブルに置きっぱなしだった雑誌を片付けながらハンジが言う。部屋の隅に未開封のダンボールが三つ置いてあった。
「お茶淹れるね。適当にしてて」
「あぁ」
 あまり人の部屋をジロジロ見るのは良くないと思いつつも好奇心には勝てず、リヴァイはハンジの部屋を見回した。家具は白色で統一されていて、所々にアンティークの小物や観葉植物などが置かれている。
「お待たせ〜」
「お前、片付けは苦手だと言っていなかったか?」
「まだ引っ越して来たばかりだからだよ。ハンジさんインテリアとか結構こだわる方だからさ、最初はキレイなんだぁ」
 ハンジがのんびりとした口調で話しながらテーブルにトレイを置く。リヴァイがソファーに座っている大きなテディベアに目を向けると、それに気づいたハンジが「その子はね、ミケが誕生日にくれたんだ」と説明した。ハンジの口から出た男の名前にリヴァイの表情が曇る。元彼からの贈り物なのでは、と勘繰るリヴァイの様子に気づかずにハンジは明るい声で話をつづけた。
「幼馴染なんだけど、年が離れているからミケは私にとってお兄ちゃんみたいな存在なんだよ」
 小さい頃はいつもミケの後ろをついて回っていたと昔を懐かしむような表情で話すハンジを見て、リヴァイは安心感と会った事もない幼馴染の男に対して少々の嫉妬心を覚えた。
「よかったら夕飯も食べていってよ。いつもご馳走になってばっかりだし」
 リヴァイの部屋に行く時はいつも食事の準備がされていた。だからハンジはそのお返しがしたいと、ずっと思っていたのだ。
「それなら、ご馳走になろう」
 夕食の材料を買いに二人で出かける。さりげなく手を握るとハンジは驚いたような顔をしたが、嫌がっている様子はない。リヴァイはホッと息を吐いて、その手を握り込んだ。
 幼馴染に負けないくらいのたくさんの思い出をこれからハンジと作っていきたい。
「ねぇ、今夜は何が食べたい?」
 女性の声が聞こえて来て、ハンジは何となくそちらに目を向けた。恋人か、夫婦か、仲良く寄り添った男女。
 ――他の人達から見ると私達もあんな風に見えるのかなぁ……って何考えてんだ私!
 そんな考えが浮かんでハンジは一人で赤くなった。
「どうした?」
 ぶんぶん、と急に頭を振ったハンジにリヴァイが聞く。
「な、なんでもない」
「……そうか?」
 怪訝そうな顔をしつつも、それ以上は聞いて来なかったリヴァイにハンジは感謝した。
「リヴァイは和食が好きだけど、今日はどうする? 何か食べたいものとかある?」
 咄嗟に出た言葉がさっきの女性と同じようなものであったとに気づいて、ハンジは悶絶した。もちろん心の中で。
 メニューは店の商品を見ながら決めることになり、二人で商品を吟味しながらゆっくりと店内を進んでいった。
「あ、ねぇ、この豚肉すごくおいしそうじゃない?」
 商品をよく見ようと、リヴァイがハンジの手元を覗き込む。そのことで二人の頬がくっつきそうになり、ハンジは硬直した。それに気づいているのかいないのか、リヴァイがこちらに視線を寄越す。動くことも視線を外すことも出来ずに、ハンジは自分の頬が熱くなっていくのをただ感じていた。リヴァイが微かに目元を緩めて呟く。
「……美味そうだな」
 それはお肉のことなのか、それとも――。
「だ、だよね、今夜はこれをメインに使った料理にしよう! トンカツとかどうかな?」
「あぁ、悪くない」
 動揺を悟られないように相槌を打ちながらハンジは豚肉をカゴに入れた。
 メニューが決まってしまえばあとは早い。必要な食材や切らしていた調味料をどんどんカゴに入れて行く。レジに向かう途中でハンジは、食後に食べたいからと言ってアイスクリームを二つカゴに入れた。
「そんなに時間はかからないと思うけど、テレビでも見ながら待っててよ」
 キッチンからリヴァイに声をかけてハンジは調理をはじめた。筋を切った豚肉に調味料で下味をつけ、並べたキッチンバットに小麦粉とパン粉をそれぞれ入れる。
「あとは卵――」
 振り返ろうとしたハンジの背後にリヴァイが立った。どうしたの、と問おうとしたハンジは声は音にならず、ふわりと自分ではない体温が重なる。
「リ、リヴァイっ……?」
 声が裏返ってしまったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。背中に感じる体温、首筋に当たる吐息。喉が微かに震えて、リヴァイが笑ったのが分かった。
「こういうのも悪くねぇな」
「……こういうのって?」
 沈黙を恐れて聞き返したのは失敗だったかもしれない。
「夫婦みたいだろ?」
「――!?」
 思いもよらない返答に、ハンジは声にならない悲鳴を上げた。

「で、例の恋人はどんな奴なんだ?」
 仕事の話をしながらランチをしていた時にミケから聞かれて、危うく紅茶を噴出しそうになった。ずっと気にしている素振りを見せつつも、直接聞いて来る事がなかったので完全に油断していた。恐らくナナバからの催促があったのだろう。
「いや、だから、リヴァイは恋人とかそういうのじゃなくて……」
「お前は、恋人でもない男と手を繋いで歩くのか?」
「……へ?」
 慌てて訂正するハンジに返って来たのは思ってもみなかった言葉で、思わず目を丸くする。そんなハンジにミケは言葉をづづけた。
「この前、二人で買い物をしていただろ? あの男じゃないのか?」
「見てたの!?」
「俺もあの時、ナナバから頼まれて買い物に出ていてな。お前を見つけて声をかけようとしたんだが、男と一緒だったから声をかけられなかった」
 ミケとナナバが暮らすアパートは、ハンジが引っ越した先と割と近い。あの店ではないが、買い物先でナナバと遭遇する事も今までに何度もあったのに、見られる可能性になぜ気づかなかったのか。ハンジは項垂れてテーブルに突っ伏した。耳まで真っ赤になるハンジを見てミケがスン、と鼻を鳴らす。
「もう、笑うなよー!」
「珍しくきっちりした身なりも、そのリヴァイって奴が関係しているんじゃないかと俺は見ているんだが」
 いつもは第二ボタンまで外しているハンジが、今日に限って全てのボタンを留めている。それをミケに指摘されて、ハンジは更に顔を赤くして胸元を押さえた。その仕草からミケは自分の予想が的中した事を悟った。ミケは人よりも嗅覚が優れているだけではなく、勘も鋭い。プライベートでは嘘を吐くのが下手なハンジの隠し事は、いつだってミケに見破られてしまうのだ。
「悪い奴ではなさそうだったが、何かあったら言えよ」
「……リヴァイは、人相が悪くて口も悪いけど、優しいよ、すごく」
「そうか」
 わしゃわしゃと大きな手で頭を撫でられる。
「それと、ナナバが『ハンジが会ってくれない』と嘆いていたぞ。面白がっているのは本当だが、心配もしている。そろそろ会ってやれ」
「……ん」
 会計を済ませておくというミケの言葉に甘えてハンジは化粧室に入った。化粧直しを終えたハンジが鏡の中にいる自分を見つめながらおもむろにシャツのボタンを二つ外す。少しのぼせたような表情で首筋にある赤い鬱血痕に指先で触れると、その部分に彼の熱がまだ残っているような気がした。
 同時にリヴァイの声が脳裏によみがえる――。
『夫婦みたいだろ?』
 そう言ってリヴァイは甘えるように頬を擦り付けて来た。恥ずかしくて堪らなくなったハンジは彼の拘束から逃れようと身を捩ったが、彼の腕はビクともしない。それどころか、息苦しさを覚えるほどに強く抱きしめられてしまった。
 そして、唇が首筋に押し当てられるのを感じたハンジが制止の声を上げるよりも先に、ピリリとした痛みを残してリヴァイの唇が離れていった。
「野郎避けだ」
 耳に吐息交じりの低い声が吹き込まれる。リヴァイに支えられていなかったらハンジはその場で腰から崩れ落ちていただろう。
 リヴァイは『思いが通じ合うまで手は出さない』という約束を律儀に守っているが、その境界線が少しずつ曖昧になって来ている事にハンジは気づいていた。
 まるでどこまで触れて良いのかを探っているかのように、最初は恐る恐るといった様子で指先で触れ、ハンジが拒まないと分かれば安堵の吐息と共に掌がハンジの肌を撫でていくのだ。
 それでもきっとリヴァイは、最後の一線だけは越えて来ないのだろうな、とハンジは思う。
 ――強引に奪ってくれたならこちらも身を委ねる事ができるのに、なんて……らしくないな。
 微かな熱を孕んだ吐息は誰にも知られる事なく霧散した。


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