わたしはその楽器がだいきらいであり、同時にだいすきでした。
 それは彼女の命を奪ったもので、でもそれはたしかに彼女なのです。
 そのひとがあやつる楽器は彼女の皮をつかった三味線でした。

 彼女はうつくしい三毛猫で、あの日、人間に狩られました。彼女はきたない竹の籠にいれられ、真っ黒な体に傷の目立つわたしは川になげいれられました。気を失う寸前に奇特な人間に掬いあげられたわたしには彼女を追う、救う術はなにものこされておらず、河原沿いを毎日あてもなくあるきまわることしかできませんでした。猫に犬に牛、人間によって皮をはがれるおおくの命をみました。しかし、彼女をみつけることはついにできませんでした。

 そのひとは彼女の皮が張られた三味線を曾祖父から受けついだとはなしてくれました。三代にわたり、大切にひいてきたのよ、と。いわゆる最高級品になった彼女は、三味線の名手だったそのひとの曾祖父に売られていったのです。




 そしていましがた、わたしはそのひとがあちらの世界に逝くのをみおくりました。

 であったころは黒くゆたかだったっかみも、白く、一本一本がほそくなっています。しかし、あの幼い笑顔と三味線(彼女)をひくやさしくつよい手は最期までかわりませんでした。
 わたしはそのひとの広いりっぱな屋敷に三味線とふたりのこされました(そのひとの手をはなれてから、彼女はただの三味線になりました。わたしがどれだけやさしく糸にふれても、彼女は声をきかせてはくれません)。


 いまのわたしには、すきなだけかなしむ時間があります。涸らすまでながせる泪があります。しかし依然として、たりないのです。いくら泣いたって泣いたって、かなしみきれやしないのです。
 どうやらわたしはすでに百年以上いきてきて、これからもしばらくは息をしつづけるようです。床によこたわるそのひとと日日を暮らしているうちに体もいくぶんかおおきくなりました。三味線をかつげるくらいには。
 三味線をかつぎ、そのひとの手をなで、わたしはゆっくりと立ちあがりました。人間の里でくらしていくにはわたしは目立ちすぎます(猫にしてはおおきすぎ、熊にしてはちいさすぎるのです)。わたしのこれからもつづくかなしみを平穏なものにするために、境界にある街にでもむかおうかとおもいます。いき方などしりませんが、きっとたどりつけるでしょう。時間だけは売るほどあるのですから。

 

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