私は珍しく太一のクラスの前に来ていた。
太一のクラスメイトに太一を呼んでもらえば、滅多に来ない私が来たからか、少し驚いた顔をしていた。
「数学の教科書貸して。」
「お前、たまに人のクラスに来たかと思えばそれかよ。」
「だって、教科書ないと困るんだもん。あのハゲの授業なんだもん!」
ハゲこと数学の担当教師は忘れ物に厳しいことで有名な先生だ。
忘れ物をした人を見つければ、難しい問題を答えさせる、なんとも生徒に優しくない先生だ。
「ふーん。じゃあ、教科書がないと困るわけだ?」
「なに、その意味深な言い方…」
「いやー。タダで貸すのはやだなーと思って。」
にっこり微笑む太一は悪魔ですか、鬼ですか…!!
でも、背に腹は変えられない…
「…ジュース一本でいい?」
「ジュースかー。」
「…お菓子もつける。」
「んー…」
「お小遣い直前だけど仕方ない!スタバのフラペチーノもつける!」
お小遣いを使い切るつもりで宣言したけれど、OKは出なかった。
なんなの、この人!
「ま、教科書は貸してやるよ。」
スタスタと自身の机に戻り、数学の教科書を手に廊下へと戻ってきた。
これはタダで貸してくれるということでファイナルアンサー?
「太一!ありがとー!やー、さすが太一!いい恋人持ったね、私!」
受け取ろうとするけれど、太一が教科書から手を離す気配はない。
強く引いてみても、ピクリとも動かない。
「あの…太一さん?」
「タダでは渡さないって言っただろ。」
その言葉で顔をあげれば、唇になにかが触れ、すぐに離れた。
「ごちそーさまでした。つーか、恋人ならもっと会いに来いっつーの。」
「ば、ば、ばかーっ!」
周りの視線にいたたまれなくなって、一目散に自身の教室へと戻った。
教科書を持ち帰るのは忘れずに。
数学の授業中、借りてしまった教科書をどうやって返しに行くか悩むことになるのだった。
prev next
bkm