4.雨に濡れる

 その日は朝から雨だった。雨粒が大地を叩く音を聞きながら、僕はぐったりした身体を引きずるように、叫びの部屋から続く洞窟を歩いていた。どうせ降るのなら、昨日の夜降ってくれればよかったのに。そんなことを思いながら、ひたすら歩く。暴れ柳から出てしまえば、いつものように校医が迎えに来ているはず。あまり待たせるのも悪い。
 秘密の抜け穴を出ると、やはり冷たい雨が待っていた。思い通りに動かない身体は、容赦なく雨を受ける。
 ああ、傷に染みる。
 そしてふと人影を見つけた。校医ではない。長い髪の、まだ年若い、あれは――天文学の先生……。
 彼女はこちらへと歩いてきた。
「迎えに来ました」
 彼女は言葉少なく、それだけ言って僕を抱きしめた。自分が濡れるのも構わずに。温かく、柔らかい、身体。同情なんだろう、だけど……今の僕はただその温もりを手放したくなかった。手を回し、彼女の背中を抱く。しばらくそうしていたが、彼女がゆるやかに腕を放していくと、仕方なしに僕も離れる。
「……怪我を」
 彼女はそう言って僕の身体のあちこちにある傷を痛ましそうに見た。
「……あなたは、何も悪くないのに」
 ぼそりと呟かれた言葉は、独り言のようだった。それが本音であるように聞こえたことが、僕には嬉しかった。
 思わず、彼女の髪に手を伸ばす。すっかり重くなってしまった長い髪は、それでも光沢を失っていなかった。
 先生、風邪を引きますよ。
 言おうとして、激しい目眩に襲われる。再び僕を包み込んだ温かさに、不覚にも泣きそうになった。大丈夫です、と何とか言って、支えられながら医務室を目指す。
 ――この人には、嫌われたくない。雨に濡れても温かい、この人には。
 激しい雨音が、僕の本音を覆い隠した。



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