7.子犬と犬は課題を始める

 夕食を済ませ、グリフィンドールの談話室で私はリーマスと闇の魔術に対する防衛術の宿題をしていた。ジェームズとシリウスは魔法史の授業中に終わらせてしまったといって、ふたりでチェスをしていた。ピーターは調べ物があるといって図書室に行ったきり戻ってこない。
「ええと、『ハンガリー・ホーンテール種は卵から孵る時、既に尾の棘がよく発達しており、尾で殻を打ち破って出てくる。一九六六年、その様子を観察していたジャック・ビンクスは飛んできた殻が目に入り失明し、魔法生物学界は優秀な人材を失い多大なる損害を被った』……これって後半必要かな?」
「省いていいんじゃないかな?『失明した者もいるのでくれぐれも注意』で」
「そっかあ。なるほど。そうするね」
 リーマスは一緒に勉強するにはぴったりの相手だった。びっくりするくらい色々なことを知っているし、説明は分かりやすいし、何より優しい。将来、何かを教える人になったらいいんじゃないだろうか。私がそう言うと、リーマスはお世辞だと思ったのか、「ありがとう」と言って苦笑いした。
「それより、そろそろ時間じゃない?天文学の課題」
「あれ、もうそんな時間?――うそ!」
 壁に掛かった時計を見ると、観測予定時間の十分前だった。慌ててレポートや参考書を片づけ、立ち上がる。
「行かなきゃ。リーマス、色々教えてくれてありがとう」
「うん。あれ、シリウスは?」
「え?」
 ふと窓辺の方に目をやる。するとそこにいたはずのジェームズとシリウスの姿は見当たらない。きょろきょろと談話室全体を見回しても、あの目立つ二人組の影も形もなかった。
「……いない。先に行ったのかな」
「かもしれない。一応、寮の中を見てくるよ。アイシスは先に行ってて。時間ないんでしょ?」
 ――ひょっとしたら、忘れている?そんな不安が浮かんだが、とにかく時間通りに始めなくてはならない。私はリーマスにお礼を言って、慌てて談話室の外へと走っていった。
 天文学の塔はホグワーツの中で一番高い。グリフィンドール塔が高い位置にあって助かった。それでもひいひい言いながら階段を上がる。
 ――それにしても、一体シリウスは何処に行っちゃったんだろう?まさか、まさかとは思うけど……さぼったり、なんて、しないよね?
 何とか天文学の塔の天体観測場所に辿り着いた。人の気配は、ない。
 それでも指定された時間ぎりぎりだ。私はすぐに何も書き込まれていない星座図を広げ、コンパスと星座早見盤を引っ張り出し、杖に光を灯すと、指定された星座をどんどん書き込んでいった。あとは三十分毎に同じことを繰り返し、その動いた距離を測るのだ。一週間、毎日二時間。OWLやNEWT試験のない六年生だからこそこんな面倒な課題を課せられたのだろう。
 はあっとため息をつくと、口から白いもやが立ち昇った。やっぱり、寒い。手と手をこすり合わせ、マントをぎゅっと巻きつける。
 シリウスは、まだ来ない。
 ――仕方ない。今のうちに星座図を完成させよう。
 シリウスのことは考えないことにした。
 私は羽根ペンを握り、指定された以外の星座や、惑星、恒星、星雲などを書き加えていった。もともと天文学は大好きだ。その作業はあまり苦ではなかった。
「おじいちゃんと、また一緒に星が見たいなあ……」
 満点の夜空を見つめ、私は呟いた。
「おいしい紅茶を飲んで、クッキーつまんで。色んな話、して……」
 星が好きになったのは、祖父の影響だった。祖父は星にまつわる色んな話を知っていて、よく星を見ながら教えてくれたのだ。今はもう会えないけれど、祖父の聞かせてくれた話と輝く星空を、いつまでも忘れないでいたいと思う。
 ――ふと、強くひとつの星がきらめいた。
 シリウス。
 ここに来なければいけないのに姿を現さない人物と、同じ名前の星だった。
 私にとって、この星は特別だった。「光り輝くもの」という名を持つ美しい星。祖父が一番最初に名前を教えてくれた星。どうしてあんなに綺麗なのだろうと、憧れた星。
 だから、初めて彼の名前を聞いた時、素直に羨ましいと思ったことを覚えている。
 でも、ただそれだけ。自分とは縁のない人。
 ――の、ばすだったのに。
 白い吐息がまた夜に溶けていく。
 どうしてだか、私は彼が苦手だ。根は悪くないのは、薄々気づいているのに。恰好良過ぎるからかもしれない。
「……それにしても、どうして来ないのかな」
 私はちょっと悲しくなった。忘れているはずはないだろうし、ちゃんとやるって言ってたのに。……まさか、私と一緒にやるのが嫌とか……。
 そこで頭の中にプリシラたちの顔が浮かんだ。ぎゅっと胸が締め付けられ、胃の底がぐらぐらと揺れているような感じがした。いつも一緒にいて、洋服とかメイクとかの話をしていたのに。彼女たちにとって私はもう「裏切り者」なのだ。
 ぽたぽた、と涙がスカートに滴り落ちた。
 ――いけない。泣いちゃだめ。泣いたら、プリシラたちの思うつぼだ。
「悪い!遅れた!マクゴナガルに捕まって――」
 突然扉が開いてシリウスが駆け込んできた。私は慌てて目元をぬぐい、平静を装った。
 ……サボったんじゃ、なかったんだ。
 鞄から必要なものを取り出すと、シリウスは私の隣に座りこんだ。
「――マクゴナガル先生に?」
「ああ。フィルチの部屋に忍び込もうとしたらその前に見つかっちまって、スラグホーンが必要だとかいう薬草を取りに行かされて――これでも急いで戻ってきたんだぜ」
「そうだったの……」
 シリウスは道具を取り出し、そこらへんに放り投げた。
「一番最初のところだけ写させてもらっていいか?」
「うん」
 シリウスは手早く星の位置を書き込んでいった。さらりとした前髪が耳のところにかかっているその様は、まるで絵に描かれたように美しかった。間近で見ると、どんなに彼の顔が整っているかがはっきりとわかる。男の子なのに、こんなに睫毛が長いなんて、反則だ。
「……よし」
 写し終わったシリウスは顔を上げた。
「あ、お前の星座図、燃えちまったんだっけ。手伝ってやるよ」
「え?そ、そんなの、いいよ。悪いもん」
「いーから、貸せって」
 強制的に私の星座図を取り上げると、シリウスはスラスラと星を書き込んでいった。とても綺麗な字が、あっという間に私の星座図を埋めていく。
「……すごい」
 思わず呟くと、シリウスはぶっきらぼうに「別に」と言った。
「それより、もうすぐ二回目の時間じゃないか?」
「……あ!」
 シリウスから返された星座図に、私は慌てて現在の時刻と星の位置を書き加え始めた。シリウスも自分の分を引っ張り出し、黙って羽根ペンを滑らせた。
 書き終えると、私は夜空を見上げたままため息をついた。
 シリウスが手を加えたことによって、私の星座図はほぼ完璧に仕上がってしまっていた。それはつまり、あと三十分はやることがないということだ。
 ――どうしよう。
 完全にシリウスとふたりきり。胃の底がぐらぐらするような緊張感に、私は自分の身体がだんだん固くなっていくのを感じていた。






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