6.生徒たちは噂する

 私とシリウスに出された課題というのは、主にふたつだった。ひとつは、毎晩同じ時間に天文塔まで来て、一週間の星の動きを観測し、記録に残すこと。もうひとつは、燃えてしまった私の星座図を作り直すことだった。ちなみに、星座図を燃やしたプリシラとホリーにはマクゴナガル先生から処分が下ったらしい。
「まあ、当然だよね」
 ジェームズがハンバーグを突きながら感想を述べた。
「どうやら、禁断の森でスラグホーンと薬草取りに行くらしいよ」
 リーマスがさらに詳しい情報を伝えると、四人の男の子は顔を見合わせてにやっとした。
「大した罰則じゃないな」
「どうせならあと二週間待てばいいのに」
「まったくだ」
 私はどう返事したらいいかわからず、黙々とシーザーサラダを口に運んだ。 
 今日の朝から、本当にこの目立つ四人組に囲まれた生活が始まってしまった。私はジェームズのこの案に同意した記憶はないのだが、いつの間にか「アイシスの席はここだよ」などとメンバーに組み込まれてしまっている。それは確かに優しさなのだろう。ひとりぼっちでいるのは辛かったから、彼らの強引な優しさが嬉しかった。
 けれど、彼らは自分が目立つ存在だということを少し忘れているようだった。そして、その目立つ集団にいきなり新参者――しかも紅一点が混じるとなると、周りがどんな反応をするのかということを失念していた。
 ――今も、見られてる。すごく見られてるよ……。
 授業中も、移動する時の廊下でも、新たなメンバーを加えたポッター軍団は注目の的だった。その視線は、私に向かって集中していた。
「一体どうしたんだ?あのポッターたちに女の子が混ざってるぜ」
「誰かの彼女か?」
「あの女誰よ?図々しい!」
「ベレズフォードよ。グリフィンドールの」
「どうして何の取り柄もない女がジェームズたちにまとわりついてるのよ」
「たいした面でもないくせに」
 好奇心と羨望、嫉妬と悪意の混じった囁きは、今まで地味に平穏に暮らしてきた人間に耐えられるものじゃない。特に、女の子の嫉妬は怖かった。トイレに行くのも人目を忍び、気を遣う。
 ――頭はいいのに、そういうところわかってないんだから……もう、勘弁して。
 そうは思っていても口には出せず、午後の授業も流されるまま四人についていくことになった。
「大丈夫?」
 魔法薬学の授業に向かう途中、声をかけてきたのはリーマスだった。鳶色の髪が優しく揺れている。
「う、うん。どうして?」
 リーマスは話しやすい。ジェームズみたいにハイテンションで攻撃的じゃないし、シリウスみたいに刺々しい雰囲気や荒っぽい言葉遣いじゃないからだろう。ちなみにピーターは魔法薬学のOWLに落ちたので今は別行動中だ。
「だって、何かジェームズが無理やり連れてきた感じだったから」
「えっと、実際そうなんだけど……でも、やっぱりひとりぼっちは寂しいから、誘ってくれたことに感謝してる」
 一生懸命笑顔を作ると、リーマスも安心したようだった。
「そうならいいんだ。ところで、アイシスは魔法薬得意?」
「私?そうね、嫌いじゃないけど。料理みたいで楽しいから」
「えー、料理?じゃあ僕はきっと壊滅的に料理が下手だろうな。僕の魔法薬学の腕前、知ってるでしょ?」
 私はくすくす笑った。確かに、リーマスは授業中にしょっちゅう爆発を起こしたり、煙を上げたりしている。
「でもNEWTのクラスに進めたんだから、ペーパーテストは良かったんでしょ?」
「さあ、どうかな。もしそうだったら、それはジェームズとシリウスのおかげだよ――あ、着いた」
 地下にある魔法薬学の教室に入ると、一行は後ろの方の席に陣取った。私は何となくリーマスの隣に座り、教科書を取り出そうとして――ぎょっとした。前の席のシリウスが、その整った顔の鼻に深いしわを寄せて、殺してやるといわんばかりにこちらにガンを飛ばしていた。
 ――わ、私、何か気に障るようなことしたかしら?
 ビクビクしながら勉強道具を取り出す。リーマスに助けを求めようとした時、ポンと肩を叩かれた。
「あなたがそんな奴らと一緒にいるなんて、一体何があったの?」
「リリー!」
 この時ばかりはお節介焼きの彼女が赤毛の天使に見えた。
「やあ、エヴァンズ!」
 リリーの声を聞き付けてジェームズがくるりと顔を反転させた。
「そんなに僕らのことが気になるのかい?いや、もちろん僕としてはやぶさかでないよ」
「あなたの口のジッパーを閉めて永遠に開かない呪文をかけてやりたいとは思うけど、それ以上の興味はまったくないわ」
 華麗にジェームズの鬱陶しい会話を切り捨て、赤毛の天使――時に空気の読めないお節介焼き――は私の瞳をきりりと見つめて言った。
「アイシス、何か弱みを握られて強制されているのなら、私はあなたの味方をするわよ。ほら、私と行きましょう」
 ――ああ、この子ってば、本当に……。
 私は頭を抱えたい気分だった。彼女は私に何らかの好意や同情を抱いてくれているのかもしれないが、彼女の友人は違う。彼女たちはプリシラやホリーを良く思っていないのだ。そこにプリシラたちの元・友人でありシカトの標的である私が入っていっても、良い顔はされないだろう。例え表面上は受け入れてくれていても、私のいない場所で陰口を叩かれるに決まってる。何でそんなことがわからないのだろうか。
「勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
 シリウスの声が響き、私は顔を上げた。彼は立ち上がってリリーの顔を睨みつけていた。
「弱みを握る?俺たちが女相手にそんな姑息な真似するかよ。こいつは――」
 そこでシリウスはちらりと私を見た。何で彼は怒っているのだろう。私はポカンとした表情でその整った顔を見上げた。
「こいつは、自分の意志で俺たちといるんだ。――そうだよな?」
 鋭い視線がずいっと近づき、至近距離で見下ろしてきた。灰色の瞳に自分の顔が映ってる――なんて、まったく話に関係ないことを考えていたら、いつの間にか私の口は「う、うん」と答えていた。
「本当に?」
「僕が君に嘘をつくと思うかい?」
「眼鏡ワカメは黙ってて」
 リリーは口を挟んできたジェームズを一蹴し、疑い深そうにシリウスを眺めていたが、やがて引き下がった。
「……それなら、いいけど。でも、彼女に何かあったら承知しないから」
 どうしてそこまで他人のことでお節介を焼くのだろう。私はとても不思議だった。シリウスはまだ何か言いたげだったが、ちょうどスラグホーンがやってきたので、事態は何とか収束した。
 スラグホーンの自慢話が必ず入る説明を聞いた後、私はリーマスとペアを組み、「遠見薬」の調合にとりかかった。
「シリウスって、ああ見えていい奴なんだよ」
 突然リーマスがいきなりそんなことを言い出したので、私はびっくりしてイモリの尻尾を何処かに飛ばしてしまった。
「無神経なところもあるけど、そのくせすっごく人のこと心配して気にかけてたりするし……ちょっと荒っぽいけど、一度仲間だと思った人間は決して見捨てたりしない。そういう奴なんだ」
「ちょ、ちょっとリーマス、いきなり何を言い出すの?」
「アイシスにシリウスの良さをわかってほしくて」
 リーマスの発言の意図が分からず、私は首を傾げた。
「アイシス、シリウスのこと怖がってあんまりしゃべってないでしょ?もうちょっと話してみれば、彼の意外な一面もわかってくると思うよ」
 ――それでも、怖いものは怖いのだ。シリウスは話しかけてくる時、いつも真っ直ぐ人の目を見て話す。感情をダイレクトにぶつけてくるあの視線が、怖い。
 しかしいつまでもそれでは、彼も良い気がしないだろうし、何よりこうして気にかけてくれるリーマスに悪いだろう。私は前の席でジェームズと笑いながら鍋を掻き回しているシリウスにちらりと目をやった。
「……努力は、してみる」
「良かった」
 リーマスは穏やかに微笑んだ。
 どのみち、天文学の課題があるから、シリウスと一週間、毎晩ふたりで星を見なければいけないのだ。それならば多少――いや、かなり、相当怖くて苦手な相手でも、打ち解ける努力をしなければ気まずい。
 その気まずさを予想して心はちょっと沈んだけれど、リーマスがここまで言うくらいなのだから、頑張ってみよう。そう私は心を決めた。






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