4.グリフィンドール生は朝食をとる

 深く眠ったせいだろうか、翌朝はリリーより早く起きることができた。シャワーを浴び、顔と髪と身体を隅々まで綺麗にしているうちに、何だか昨夜のことが夢みたいに思えてきた。シリウスの作った罠にはまって、助け出されて、男の子たちが廊下でお菓子を食べて、フィルチに見つからないように逃げて――。バスルームから出てピアスを付けなおし、髪の毛をセットしていると、ますます自分がそんな危険な夜の冒険に巻き込まれたことが信じられなくなってきた。でも、ジェームズの透明マントは確かに枕元にある。
「あら、昨日はずいぶん遅かったのに早いわね、アイシス」
「あ、おはよう、リリー」
 私は思わずぎくっと身体を縮ませた。ドライヤーの音で起きたのだろう、パジャマ姿のリリーが立っていた。
「ずっとプリシラたちのところにいたんでしょう?」
「えっと、うん、そうなの」
 リリーは興味がなさそうに「そう」と言うと、とあくびをしながら洗面所に入っていった。どうやら全くばれていないらしい。私は安心してセットを完了し、化粧ポーチに手を伸ばした。
「――あっ!」
 そこで私は大変なことに気付いた。プリシラたちのことだ。キャンディスはともかく、プリシラとホリーはきっとかんかんになっているだろう。何しろ、誕生日パーティーを主役がすっぽかしたのだから。私は頭の中が冷たくなっていくのを感じた。
「どうしよう……」
 謝って許してもらえるだろうか?――わからない。この前、プリシラは間違ってアイシャドウを踏んで壊してしまったキャンディスを二週間は無視していた。
 あ、でも、プリシラもホリーもキャンディスも、シリウスのファンだ。シリウスから事情を話してくれれば、三人とも納得してくれるかも。
 そんなことを考えながらビューラーと戦っていると、あっという間に着替えたリリーが「じゃ、お先」と言って部屋を出て行った。私も慌ててグロスを塗り化粧道具を仕舞う。
 プリシラたちに謝らなくちゃ。
 多分、いつもみたいに彼女たちは大広間に来るのも遅いだろう。だったらリリーと一緒に先に行って待っていた方がいい。
「リリー、待って!」
 私は階段を駆け下りてリリーの後を追った。扉のところで追いつくと、リリーは「珍しいこともあるものね」と言いながらも同行を許してくれた。私はちょっと重たい気持ちを愛想笑いでごまかした。
 大広間はいつものとおり賑やかだった。オールミールを掬いながら一昨日フリットウィック先生が出した宿題について訊いたり、ふくろうが持ってきたリリーの日刊預言者新聞の記事について話していると、プリシラたちが来るより早く、ジェームズ、シリウス、ルーピンそして昨日はいなかったピーターの四人がやってきた。
「やあ、おはようアイシス。どうも昨日はごちそうさま」
 にっこり笑ってリリーの正面をキープしたのはジェームズだった。寝起きでクシャクシャの髪を何故かさらにクシャクシャにしている。
「それにエヴァンズも、おはよう」
「おはようございます」
 リリーは目線を新聞から動かさずに答えた。挨拶するだけ以前よりましなのだろうか。リリーとジェームズの果てしなき攻防はグリフィンドールの慣習のようなものになっていた。
「よう」
「おはよう、アイシス」
「お、おはよう」
 続いてシリウス、リーマスとピーターが席に着く。私の正面にはシリウスが座り、ちらりと見ると彼は眠そうに小さな欠伸をしていた。やがて私の視線に気づいたシリウスがパンに手を伸ばしながら尋ねた。
「……どこも怪我とか、してないよな?」
「え?」
 反応したのはリリーとジェームズだった。リリーは不穏な発言に眉をひそめ、ジェームズは時と場所をわきまえ損ねた親友に素早くひじ打ちを入れる。
「ちょっと、ブラック、アイシスが怪我ってどういうこと?」
「いやいやいやエヴァンズ、それは僕に対しての質問だよ。ちょっと昨日ふざけてて脚ぶつけたから。大丈夫だから心配するな、親友!そして寝惚けるな、僕はここだ!」
 ジェームズのフォローに、呻きながらシリウスが肯定した。隣のリーマスがくすくす笑っている。
「……そうなの?」
「うんそうなんだ!それよりさ、エヴァンズ、次のホグズミードなんだけ」
「アイシス、私もう行くわ。じゃあね」
 リリーは追求より逃亡を選び、颯爽と大広間を出て行った。とても残念そうな顔をしているジェームズに、本人以外は失笑する。
「シリウス、昨夜のことはエヴァンズに知られたらまずいって、アイシスが気にしてたじゃないか」
「ああ、そうだっけ」
 脇腹を押えながらリーマスの言葉に応えるシリウスは、格好良いのに何処か間抜けだった。
「昨夜のことって?」
 事情を知らないピーターが首を傾げている。
「ああ、ピーターは宿題やってたからいなかったんだっけ……深夜に厨房に行こうとしたら、シリウスの仕掛けた罠にアイシスが引っ掛かってたんだよ。僕たちが追いついた時にはもうシリウスが助け出してたけど」
 リーマスが丁寧に説明すると、ピーターが気の毒そうにこちらを見た。わかってくれてありがとう、と私はピーターに眼力でお礼を言った。
「で、怪我」
 シリウスにじっと睨まれて、私は思わず萎縮してしまう。顔がいいだけに迫力も半端ない。
「怪我は」
 さらに迫力を増した顔が近づいてくる。こ、怖い!
「こらこら、シリウス。そんな言い方じゃ気遣っても逆効果だって」
「――え?」 
 気遣ってる? ――この顔と言い方で?
 きょとんとした私に、苦笑いを向けるジェームズ。そしてバツの悪そうな表情でそっぽを向いてしまったシリウスの間に、何とも言えない空気が流れた。
「アイシス、シリウスは君が見えないところで怪我してないかって心配してたんだよ」
「リーマス!」
 さらりと場の空気を破ったリーマスに、シリウスが吠える。その怒鳴り声に一瞬だけビクッとしたが、それでもシリウスの意外な一面を見てしまった私は、外見とのあまりのギャップにただ驚くばかりだった。
「あ、あの?シリウス?」
「……なんだよ」
 すっかり不貞腐れた様子のシリウスは、ガツガツとチキンソテーを頬張っていた。私は無愛想な口調に怯んだものの、ちゃんと目を見て話しかけた。
「心配してくれて、ありがとう。何処も怪我はしてないわ」
「なら、いい」
 それだけ言うと、シリウスはまた別の皿に取りかかった。他の男の子はにやにやと口元を緩めている。何となく居心地の悪さを感じて私は席を立った。 そして出入り口の方を見ようとして振り返り――私はぎょっと目を見開いた。
「――ちょっと。どういうこと?」
 いつも一緒にいる友達三人が、腕組みをして待ち構えていた。






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