3.悪戯仕掛け人は逃亡する

 けれども、和んだ空気は長く続かなかった。ニャア、という鳴き声が遠くから聞こえてきたのだ。
「あれって……」
 ――間違いない。フィルチの猫、ミセス・ノリスだ!
 男の子たちは目配せでそう告げ合うと一目散に走り出した。シリウスはこの異常事態に慣れていない私の手を取り、リーマスは古ぼけた羊皮紙を取り出して睨めっこをし、ジェームズは――気づくと首だけの姿になっていた。思わず叫び声を上げそうになる私の口をシリウスが掌で塞いだ。こんな状況でなければ赤面するところだろうが、息ができなくてそれどころじゃない。
「地下教室の近くから向かってきてる。東からグリフィンドール塔に戻ろう」
「プロングス!それ四人は無理だろ、こっちよこせ」
「いいけど、大切に扱ってくれたまえ――って、アイシスの呼吸止める気かい?親友」
「あっ、悪い」
 シリウスの大き過ぎる手がやっと離れてくれた時、私は自分たちがどこにいるのか、何をしているのかさえわからなくなっていた。一体、今日何回私はシリウスの「悪い」を聞けばいいのだろう?
 そうこうしているうちに、私の知らないいくつもの近道を通り抜け、階段を駆け上がり、寮の入り口に程近い廊下に出ていた。
「ここまでくればもう大丈夫だ」
 ジェームズが自信満々に告げた。
「戦果はないけど、アイシスのお菓子を堪能したし、十分だね。ああ、本当においしかった」
「お前なあ」
 寮に向かう道すがら、賑やかな男の子たちに私はついていけなかった。私にとって衝撃的すぎるこの出来事も、彼らにとっては何でもないことなのだ。
「えーと、『睡眠不足はお肌の大敵』!」
「またこんな時間に。しょうのない坊やたちねえ」
 肖像画の「太った婦人」が眠たそうな声で扉を開ける。私たちは無人の談話室に座り込んだ。
「こんなこと……よくやってるの?」
 思わず尋ねると、ジェームズがにっこり笑って「まあね」と言った。それから私は少しだけ男の子たちの秘密を教えてもらった。ジェームズの家宝の透明マント、居場所が分かる地図、夜中の厨房で夜食を獲得するコツ、フィルチの出し抜き方……。
「あと悪戯。一に悪戯、二に悪戯。三四が準備で、五に悪戯」
 ジェームズが歌うように言う。何でそんなに悪戯ばっかりして、夜中に走り回って、それなのにジェームズたちは頭がいいのだろう?私は心底不思議に思った。
「それより、アイシス大丈夫?ルームメイトは?」
「うーん、大丈夫じゃないかも……」。
 私の部屋は二人部屋なのだが、実のところそのもうひとりが問題だった。
「リリーに見つかったらまたガミガミやられるわ……」
 そう、正義感が強くてお節介焼きでガリ勉のリリー・エヴァンズが何というか。誤魔化すのも難かしいし、正直に話してもジェームズやシリウスと相性最悪の彼女のことだ、まためんどくさいことになるだろう。
「寝ててくれたら問題ないんだけど……」
「じゃあ、これ貸してあげる。明日返してくれればいいから」
 そう言ってジェームズは私に透明マントを渡した。私はおっかなびっくりで「いいの?」と訊いた。ジェームズが人に親切にしているのを見たことがなかったからだ。
「親友の失態は僕の失態さ」
 気取ってそう言う彼は、いつものジェームズだった。私は目をパチクリさせながらお礼を言った。
「それより、そろそろ引き揚げようぜ。さすがにもう遅い」
 時計は既に二時近かった。私たちは立ち上がり、部屋へと向かう。
「じゃあお休み、アイシス」
「明日マント忘れないでよ」
「暖かくして寝ろよ」
 男の子たちは口々に違うことを言い、夜中だってことをまるで気にしていない様子で階段を上って行った。
 ――何か、とてつもなく疲れたわ……。
 私はジェームズから借りたマントを頭から被り、こっそりと部屋のドアを開けた。天蓋越しに、リリーの寝息が聞こえる。ホッとして自分のベッドに潜り込むと、やっと日常に戻ってきた気がした。
「……落とし物は、なさそう」
 ジェームズのマントを畳みながら、私はピアスの数を確認した。右耳三個、左耳五個。全部揃っていないと、安心できないのだ。
 ――まあ、例え見たとしても、彼らの考えていることは態度そのままみたいだったけど。
 私はくすっと笑った。そのままベッドに倒れこむ。
 あ、明日朝一でシャワー浴びなきゃ……。顔も洗わないとダメなのに……。
 しかし睡魔に逆らうことはできず、私はそのまま眠りの淵へと誘われた。






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