7.夏祭り

「ハリー、これ、持って行って!あっち!」
「ああハリー、すまないけど鳥居のところにこの提灯取り付けてほしいんだ。頼むよ」
「ハリー!お父さん、呼んでキて!」
「ハリー、理生知らないかい?」
 今日は朝からてんやわんやだ。ハリーはあちこち走りまわって昼前だというのに服を汗でびっちょりと濡らしていた。
 しかし、それも仕方ない。なんたって、今日は夏祭りの日なのだから。
 泰宏によると、夏祭りは夕方からなのだという。けれどももう屋台が並び、お店の人たちは準備に忙しそうだ。たくさん不思議なおもちゃが飾ってあったり、甘い匂いの漂うお店があったり、本当はハリーもじっくり眺めてみたいのだが、泰宏と理生が大変そうなので今は遠慮しておく。
「後で、案内すルね」
 ヤグラという装置の飾りつけを手伝っていると、理生がにっこり笑って言った。
「いろいろ、教えてあげル」
「Arigatou」
 ハリーは日本語で答えた。この一週間で理生や泰宏だけでなく色々な人と接する機会があったので、他にもいくつかの言葉を覚えたが(例えば「Itadaki masu」「Onegai simasu」といったものだ)、ハリーはこの感謝の言葉の響きが一番のお気に入りだった。ハーマイオニーも知らないだろうな、日本語なんて。そう思うと、ふいに親友たちの顔が浮かんだ。
「あのさ、理生」
「何?」
「今日は、理生の友達とか、来るの?」
「うん。来ルよ。でも、私、仕事ある。だから、一緒に、遊べなイ」
「そうか……それは残念だね」
「大丈夫。ハリーが、いるから」
 そしてまたにっこり笑った理生は、文句なしに可愛かった。
 この異世界の友人を、絶対に守らなければ――再びハリーはそう思った。そして夏祭りの間も警戒を怠らないようにしよう、と密かに決意した。
 ヤグラが完成すると、理生とハリーは昼食のソバを慌てて流し込み、オミコシという乗り物で夏祭りの宣伝をしに町中を回ってきた人たちに、ドリンクや昼食を振る舞うのを手伝った。外国人が珍しいのか、ハリーはよく声をかけられた。ハリーは「Ostukare sama desu」という教えられた言葉を繰り返すだけだったが、それでもオミコシの人たちは気さくに話しかけてくれた。
 再び町に出かけたオミコシ部隊を見送り、ハリーと理生は着替えることになった。理生はいつもの赤と白の巫女姿だったが、ハリーは泰宏の浴衣という服を着させてもらった。とても涼しいが、派手に動くと崩れてしまいそうな服だった。理生によると、キモノの一種らしい。
「わー、ハリー、似合っテるー!」
 理生はぴょんぴょん飛び跳ねてハリーの浴衣姿を絶賛してくれた。ハリーは帯に隠した杖を気にしながらお礼を言った。
「Arigatou. それで、次は何をするの?」
「おみくじ、準備するよ」
「Omikugi?」
「うん!えっーと、おみくじは、紙。未来を知るための、紙。未来のいいこと、悪いこと、知ル。つまり、えっと……」
「占い?」
「そう、それ!あと、絵馬モ、準備する」
「Ema?誰、理生の友達?」
「違う。絵馬っていうのは、人の名前じゃなくテ、木。えっと、木に、書くの。願いを。神様に、お願いスる」
「へえー……」
「神社には、おみくじも絵馬も、いつもあル。でも、今日は特別。夏祭りだから。いっぱい、売れル。目立つように、飾る」
 どうやら午後もやることはたくさんあるようだ。ハリーはふうっと息を吐いた。
「大丈夫!六時になっタら、休憩。一緒に、屋台、見よウ!」
 励ますように理生が言った。ハリーは理生の頭を撫でて笑った。
「楽しみにしてるよ」

 実際、時間が経つのは早かった。色々な仕事を片付けていると、徐々に人が増えていき、日が暮れるとともに神社の敷地内は活気に満ちていった。不思議なメロディの音楽が流れ、まるでその一部であるかのように虫たちの合唱が始まった。さらに子どもたちがはしゃぐ声、屋台の人たちの呼び込みの声が重なる。それはハリーが体験したことのない不思議な音楽だった。
「ハリー。もういいよ。せっかくだし、色々見ておいで」
 外の音に耳を傾けながら差し入れの麦茶を作っていると、泰宏に声をかけられた。
「え、でも……」
「いいから。君は初めてだろう?日本のお祭りなんて。もうすぐ理生も……ああ、きたきた」
 社務所に現れた理生は、先程までの格好ではなくなっていた。淡いピンク色の浴衣を着て、日本的な髪飾りで頭をまとめている。理生はあまり普段女の子らしい格好をしないので、ハリーの目にはその装いがとても新鮮に映った。
「理生、とってもチャーミングだよ」
 ところが誉められた理生は自信なさげだ。こちらを見上げて「……本当?」と尋ねてきた。
「うん。可愛い」
「Nanka......Korette bunka no chigai?」
 理生は頬っぺたを染めて日本語でぶつぶつ言っていた。どうやら照れているようだ。ハリーは照れずに女の子を誉められた自分にちょっと驚いたが、理生の場合、クリスマス・パーティーの時のハーマイオニーのように、本当に似合っていたので素直に賞讃できたのだろうと分析した。
「さあ、ふたりで回っておいで」
 そう言ってふたりは社務所から放り出された。ちょうど夕日が沈み始めたところで、空は茜色に染まっていて、大きな赤い太陽がぽっかりと浮かんでいた。
 ふたりは人気の増えた境内を回った。屋台はとても面白いものだった。薄い紙で金魚を掬う金魚掬いや、おもちゃの鉄砲で景品を狙う射的で遊び、色々なお肉(ヤキトリとかフランクフルトとか、微妙なステーキもあった)やヤキソバを食べ、ふわふわで口に入れると溶けてしまうワタアメに驚かされた。中には何故かアイドルの写真を売っているお店もあって、「何かお祭りに関係あるの?」と理生に訊くと「ない」と即答されてしまった。やっぱり日本ってとても不思議だ。
 そして一層音楽が大きくなったかと思うと、ヤグラで太鼓が叩かれていた。やがて周りには不思議な踊りを踊る人たちがひとつの環になっていた。ハリーは理生に引っ張られ、見よう見まねで一緒に踊った。あまり難しくない振付で、みんなにこにこ笑っているので、ハリーも自然と笑顔になった。
 一通り踊った後、理生とハリーは環の中から抜け出した。理生は何やら時計を見て、それからハリーの手を取って人気のない裏山の小道を歩き始めた。
「何処行くんだい?」
 尋ねても、理生は微笑んで答えない。仕方なくハリーは理生に続いた。万が一のため、浴衣から杖を取り出しておく。
 視界が開けた。
「ほら!始まる!」
 理生がそう言った途端、ひゅるるる、という不思議な音がしたかと思うと、爆発音とともに夜空に大きな花が咲いた。次々に色とりどりの花が打ち上がり、一瞬大きく開いたかと思うと、あっという間に消えていく。
 ――まるで、魔法のようだ。
 ハリーは理生の手を握りしめながら、そう思った。






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