6.魔法生物と魔法使い

 ハリーはダンブルドアがいなくなってもしばらくの間茫然と虚空を見つめていた。雨が激しく屋根を叩く音が永遠に続きそうに思われた。
「ハリー?」
 ガラガラと扉が開いて理生が顔を出した。ハリーはぎょっとして思わず視線をそらした。白と赤との不思議な服が、雨で張り付いて理生の身体にぴったりくっついていた。
「どうしたノ?濡れてるよ。着替えなイと」
「待って、待って!君が先に着替えて!」
 きょとんとした顔で理生はハリーを見ていたが、すぐに洗面所に入るとタオルをパスしてくれた。
「私、着替える。その後、お風呂、用意する。少し、時間かかる。私の次、ハリーだヨ」
「わかった!わかったから!」
「着替え、場所、わかる?」
[わかる!」
 ハリーは大慌てで自分の寝起きしている部屋に駆け込み、びしょ濡れの服を脱ぎ捨てた。一息つきながら髪の毛や身体を拭いていると、しょっちゅうびしょ濡れでクィディッチに励んでいた頃のことを思い出した。
 ただいま、と玄関の方から泰宏の声がした。
「理生、Ofuro!! Hayaku!!」
「Ima yatteru!!」
「Oidaki?」
「Sou dakara ima watashi haitte...... Gyaaa!! Haitte kuruna!!」
 お風呂場から親子のやり合う声がする。ハリーにはその日本語はさっぱりわからなかったが、何だか微笑ましく思えた。
「平和だなあ」
 ハリーはぼそりと呟いた。
 それにしても、だ。こんな平和なところで、いったいどんな困難が待ち受けているのだろう?

 その日の夕食はテンプラという日本料理で、野菜やイモやエビのフライをソイソースをつけて食べるものだった。しかもこれが絶品で、ハリーは夢中になって食べた。全体的に泰宏の作る日本料理は薄味なのだが、それが食材のうま味を存分に引き出してるので、非常においしい。
「そうそう、ハリー。来週はうちの神社で夏祭りがあるからね。色々手伝ってもらうから覚悟しといて」
 ハリーがカキアゲというテンプラに箸を伸ばした時、泰宏が言った。
「夏祭り?」
「んー、具体的には、境内に小さな出店がたくさん出たり、みんなで踊ったり、最後にはばーんと花火をしたり」
 ハリーは上手くイメージできなかったが、泰宏はとても楽しそうだ。
「Demo, otousan 」
 理生が日本語で泰宏に呼びかけた。
「Nanka, henna doubutsu ga detatte ittenakatta? 」
「Ah,soreha......」
 何やら泰宏が日本語で理生に説明し、すぐハリーにも英語で言い直した。
「何かわからないけれど、この前から大きな動物がうちの敷地の山で目撃されていてね。夏祭りもあるから人に危害を加えないように対策をしているんだ。理生はそのことを訊いたんだよ」
「大きな動物……」
 ハリーは泰宏の言葉を繰り返した。背中に何か悪寒のようなものが走る。
「うちの山にはタヌキとかキツネはいるけど、それじゃないみたいでね。あ、だから保健所の人とか家に来るかもしれないけど、もし来たら私か理生を呼んでおくれ」
「わかりました」
 でも、きっと、それは単なる動物じゃない。ハリーの胸の内には確信があった。
 ――それが、僕の『受難』なんだ。 
「ちょっと、こわいね。ハリーも、気をつけテね」
 理生が大きな黒い眼でこちらを見上げた。理生は小さい。例えば、アラゴグなんかか襲ってきたら、ひとたまりもない……。
 そのことに気付いた時、氷水を被ったかのような寒気が全身を襲った。
 もし、理生や泰宏に危害が及んだら?
 もし、彼らが、僕を庇って――怪我や――最悪、命にかかわるようなことになったら?そう、シリウスのように。
「ハリー?」
 テンプラをハシで持ったまま止まっていたハリーを、理生が覗き込んだ。
「大丈夫だよ!何かあったら、私が、守っテあげる」
 無邪気な笑顔でそう言った理生に、ハリーは胸が締め付けられる思いだった。その無邪気さは、シリウスとよく似ていた。
「僕も」
 ハリーはゆっくりと、理生が聞き取れるように言った。
「僕も、理生を、守る。絶対に、傷つけさせない」
 そして安心させるために微笑んだ。
「今度こそ、絶対に」
 理生は何故か顔をほんのり赤く上気させていて、泰宏はそれを温かく見守っていた。

 その夜、ハリーは杖をしっかりと握りしめ、こっそりと神野宅から抜け出した。
 家の裏手にある山は、結構大きい。仕方なくハリーは掃除用具入れにあったマグルの箒を持ち出してきた。
「上がれ!」
 取りあえず基本のその一から試してみると、何とか手に収まった。しかし、どうやら主人が違うとでも言いたげな様子で、ハリーを警戒しているようだ。
「理生じゃなくて悪いけど、ちょっと手伝ってよ」
 優しくひと撫でして、跨る。すると箒はびっくりしたのか、勢いよく夜の空へ飛び出した。
 箒はハリーを乗せて蒸せるような湿気を切り裂いていく。とにかく上へ行くように命じると、山全体がおぼろげに把握できた。生えている木がイギリスとは違うようだったが、それぐらいしかわからない。動物が確かに活動しているのが見えたが、それはタヌキや鹿なんかの害のないもので、一時間ほど飛びまわっても魔法生物らしきものは発見できなかった。

 それから一週間、昼は夏祭りの準備の手伝いをし、夜になるとこっそり抜け出して山のあちこちを飛んで回ったが、ハリーは何も見つけることができなかった。暑さでくたくたになってしまうのでそう長い時間を探索することはできなかったし、理生や泰宏が遅くまで起きていて朝方少しだけしか探しにいけない時もあった。
 ハリーは焦っていたが、焦ってもどうにもならないことだけはよくわかっていた。

 そして夏祭りの日はやってきた。何とか人が集まる夏祭りまでには見つけ出したいというハリーの願いとは裏腹に。






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