2.異国よりの少年

 石段を上ると、まず奇妙な形の真っ赤な門があり、それを潜った先にこぢんまりとした変わった造りの建物があった。ハリーもテレビか何かで見たことがあった──確か、日本の建物で、イギリスでいう寺院とか教会みたいなものだったはず。
「ワタシノ、イエダヨ」
 理生はそう言った。ハリーは何となく理生が不思議な格好をしている訳がわかったような気がした。
 理生は箒を片づけてから、ハリーを建物の裏手の方へと案内した。少し歩くと、また別の建物が見えた。今度のはかなり現代風だった。ダーズリーの家よりは小さかったが、何だか独特で、不思議な感じの家だった。理生は玄関を開けてハリーを中へ誘った。
「クツ、ダメ!」
 そう言われたので、ちょっと驚きながらも靴を脱いで上がったが、ハリーは何だか落ち着かなかった。何しろ、外国に来たのなんて初めてだ。
 通された部屋もやっぱりハリーにも馴染みのない造りだった。横に引くドア、薄緑色の床に、背の低いテーブル、扇風機。もちろん、テレビや戸棚もある。大きな窓──じゃない、ドアだろうか?開けっ放しですぐ外に出られるようだ──の近くには、たぶん電動マッサージ器と思われる、大きい一人がけのソファがどーんと存在を主張していた。
「スワレ、スワレ」
 言われるがままにハリーは床に腰を下ろした。所在なさに、キョロキョロとあたりを見回す。壁には子どもの落書きのような絵や、何となく立派そうに見える厚紙、それに子どもの写真が飾ってあった。写真はおそらく、小さい時の理生なのだろう。赤い鞄を背負い、タンポポを握って笑ってる。あんまり変わらないんだな、とハリーは小さく笑った。
「Otousan!」
 理生が廊下に向かって叫んだ。
「Nandai,gohan ha mada dayo. 」
 次に廊下から声の主が現れた。眼鏡を掛けた男の人だった。中肉中背で、穏やかそうな顔をしている。その人はハリーを見ると少しびっくりしたが、それでも次にはにっこりと微笑んでくれた。
「Irassyai.Tomodachi kai?」
「Chigauyo.Tabun maigo.」
「Maigo?」
「Un,Namae ha Harry Potter datte.」
「Honto ni?」
 すると男の人はハリーの方に話しかけてきた。
「初めまして、ハリー。私は泰宏・神野。理生の父親だよ」
 すらすらと流れるような、なめらかな英語だった。ハリーはホッとするやらびっくりすらやらで、急には言葉が見つからなかった。
「泰宏って呼んでくれてかまわない」
 そういって泰宏はまた穏やかに微笑んだ。ウィーズリーおじさんよりはずいぶん若く見えた。
「あ……あの、僕、ハリー・ポッターです。えーと、それで……ここは、日本で間違いないんですね?」
 ハリーはぎこちなく尋ねた。泰宏はテーブルまでやってきてハリーの隣に座り、大きく頷いた。
「ああ、そうだよ。……私は神主だけれど英文科も出ていてね、けっこう英語には自信があるから何でも尋ねてくれ」
 何でも尋ねてくれ、と言われても困ってしまう。ハリーはチラリと部屋を見回した。たぶん、理生と泰宏はマグルだろう。魔法を使っている気配がない。
「迷っていたらしいけど、帰る場所がわからないのかい?」
 逆に泰宏が訊いてきた。ハリーは考えた。どう答えたら、一番普通に聞こえるだろう?
「……嘘みたいな話なんですけど。何も──何もわからないんです。どうして日本にいるのか、どうやってここに来たのか」
 ハリーの言ったことは、本当だ。でも、奇妙に思われるのはどうしようもなかった。泰宏はやっぱり怪訝そうな顔をした。
「その発音──イギリス出身だね?」
「そうです」
「ご家族は?」
「みんな、死にました」
 シリウスの顔が浮かんだ。彼は、ハリーの最後の家族だった──名付け親だ。ハリーの胃がズシリと重くなった。泰宏は気の毒そうに「そうか……悪いことを訊いたね」と言った。優しい声だった。
「じゃあ──その格好。パブリック・スクールの制服かい?」
「え?……ああ、そうです」
「修学旅行か何かで日本に来たとか?」
「いや、違うんです。ええと……ごめんなさい、本当に何もわからないんです」
 泰宏はじっとハリーを見ていた。ハリーと泰宏の会話がちんぷんかんぷんな理生は、いつの間にか持ってきたらしい紅茶のようなものをごくごくと飲んでいた。
「気づいたら、ここの建物の階段の下にいました」
「……つまり、帰る方法がわからない、ということだね」
 泰宏は考え込むと、席を立った。その間に、理生はハリーに飲み物を勧めてくれた。ハリーは自分が汗だくになっているのに初めて気づいて、バサリとローブを脱ぎ捨てると「ありがとう」と言ってそれを一気に飲み干した。
「ご家族はいなくても、保護者はいるんだろう?連絡の付きそうな住所や電話番号を教えてくれるかな」
 戻ってきた泰宏はボールペンとメモ用紙をハリーに差し出した。ハリーは眉を寄せた。ダーズリーの住所なんかを書かなければいけないのだろうか。ちょっと考えた後、ハリーはダーズリーの連絡先以外にも、『隠れ穴』の住所も書き添えた。もしダーズリーがハリーが日本にいると知っても、ハリーを助けに来てくれるとはとうてい思えなかったからだ。
 泰宏はすぐに電話をかけてくれた。しかし、全然繋がらない。
「おかしいな。この番号、使用されていないって。ハリー、この番号であってるんだよね?」
 これはおかしい、とハリーも思った。マグルの国際電話なら、ダーズリーの家に必ず繋がるはずだ。十回かけてもダメだったので、とりあえず手紙を書くことにした。
「本当に……ごめんなさい。こんな迷惑をかけて」
 書き終えた後、ハリーは心の底から泰宏に謝った。しかし泰宏はにっこり笑うだけだった。
「世の中には不思議なことが多々在るものだ。君はもしかしたら『神隠し』にあったのかもしれないね、ハリー」
「『神隠し』?」
「日本に昔からある言い伝えだよ。神様が子どもさらってしまうことさ。ここは神社だし、ひょっとするとひょっとしてかもね」
 ハリーはちょっとドキッとした。不思議なこと、それはつまり魔法のことだ。本当のことを全部言えないことが、今のハリーにはとても心苦しかった。
「ハリー、ゴハン」
 普通の洋服──ジーンズにタンクトップ姿の理生がトレーを持って現れた。ハリーと泰宏が連絡先を探している間に着替えてきたらしい。確かに、もうとっぶりと日は暮れていた。トレーからはハリーのお腹を刺激する匂いがプンプン漂ってきた。
「しばらくはうちにいるといい。カレーは好きかな?」
 泰宏はハリーにスプーンを渡しながら言った。
「大丈夫。君ひとりくらい増えても別に困らないよ。今は夏休みだから、理生も家にいるし。──ああ、そうだ。代わりといっちゃあなんだけど、理生に英語を教えてやってくれないか?」
 最後の英語は聞き取れたらしく、理生はゲエッと顔をしかめた。






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