「ハリー、楽しい夏休みをね」
「ああ……うん、君もね」
そういってルーナと別れた後、ハリーはグリフィンドール塔の中に戻らなかった。戻る気分になれなかったのだ。ルーナを可哀想に思うような、人を思いやる気持ちが自分の中に残っていたとハリーは気づいたが、本当に今哀れまれるべきなのはハリー自身であることをみんなが知っている。ハリーはそうされたくはなかった。
むしろ、お前のせいでシリウスは死んだのだと誰かに罵ってもらった方が気が楽だろうと思った。その方が、自分で割れた鏡の破片を集めるよりずっと良かった……。
ハリーは廊下を当てもなく歩いた。宴会のまっただ中で、城中をさまよい歩く物好きな同志はやっぱりいないようだ。ルーナはまた別だが。ハリーはルーナの不思議に説得力のある言葉を思い出した。
「二度とママに会えないっていうわけじゃないもン。ね?」
「みんな、見えないところに隠れているだけなんだ。それだけだよ。あんたには聞こえたんだ」
そうかもしれない。
ハリーは何となく壁に掛かっていた古そうなタペストリーを裏返してみた。シリウスのことだ、きっと上手く隠れるだろう。何せ、彼は「悪戯仕掛け人」のひとりだ。なかなか見つからないに違いない……。
そんな風にしてあちこち触っていると、ハリーは窓辺にきらりと光るものを見つけた。
何だろうと思って手を伸ばすと、それはころころと転がり、廊下を進んでいった。思わずハリーはそれを追いかけ、拾い上げた。それは銀色に輝く球体だった。ちょうど、スニッチくらいの大きさだ。
何だろう?不思議に思ってじろじろ見ていると、ハリーは立ち止まった廊下の壁に、見覚えのない小さな鏡が掛かっているのに気づいた。
──あれ、こんなところにこんな鏡、置いてあったっけ?
飾られていても、全く存在感のない鏡だ。よほど古いのか、はっきりと姿を映し出すことも出来ない。それはどことなくシリウスにもらったそれに似ていて、無意識にハリーはそれに触れた。
突然、視界がぐにゃりと揺れた。
あっという間に見慣れたホグワーツの廊下が色を失い、ハリーの腕も足も溶けたロウソクのように曲がった。驚いている暇もなく、景色はハリーを呑み込んだ。
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bkm