4.Christmas
 最初に図書館で過ごした日から、ノエルとリリーは何となく一緒にいる機会が多くなった。とは言っても、学年も寮も違うのだからそうあからさまなものではなく、何となく図書館に行き、どちらともなく互いを見つけ一緒に勉強する、という程度のものだ。ノエルはOWLの課題が山積みだったし、リリーも完璧主義のせいか勉強する時間が長い。図書館はふたりが時を共有するのにもってこいの場所だった。
「もうすぐ、クリスマスね」
 十一月が後残りわずかになってきた頃、リリーが言った。
「そうだね。リリーはやっぱり家に帰るの?」
 ノエルは仕上がったばかりの魔法薬学のレポートをくるくると巻きながら訊いた。
「ええ。両親は私が帰ってくるのを楽しみにしているわ。姉にしてみれば、両親を取られて気にくわないでしょうけど」
「へえ、お姉さんいるんだ」
「チュニーは――ペチュニアって言うの――昔は仲が良かったんだけど、思春期になってからとっても難しくなっちゃって」
 リリーは頬杖を付き、ため息をついた。さらっと話してくれたが、けっこう深刻な悩みらしい。
「俺は一人っ子だから、兄弟がいるっていうの、それだけで羨ましいけどな」
 それはノエルの素直な気持ちだった。
「ずっと母親と二人きりだったから、何かそういうの、憧れなんだ」
 ノエルは父を知らない。ずっと前に死んだとしか聞かされていない。
「そうなの」
 リリーは緑の瞳を大きくした。ノエルが母子家庭だということを彼女に告げるのはこれが初めてだった。
「ごめんなさい、私無神経だったわね」
「謝らなくて良いよ。単なる事実だもの。それに、リリーにとっては、お姉さんとうまくいってないってこと、それなりに深刻な問題なんだろ?」
 ノエルが柔らかく微笑むと、リリーはシュンと下を向いてしまった。
「そう――そうなのよ……」
 あまりこのことを人に話したことはないのだけど、と前置きしてからリリーは話し始めた。
「チュニーは昔、私の魔法をやっぱり恐がってはいたけれど、それでも興味を示してくれていたの。そして私がホグワーツに行くことになって、それを知ったチュニーは本当はホグワーツに行きたくて手紙を書いて送ったの。私はそれをこっそり見てしまって、ケンカになったわ。初めてホグワーツに来る時、あのキングス・クロス駅の九と四分の三番線で、チュニーは私を――」
 ためらいがちに、リリーは言った。
「生まれぞこない、と言ったわ」
「そんな……」
 ノエルは絶句した。想像するに、リリーには耐え難い経験だっただろう。何せ、魔法界においてもマグル生まれの魔法使いや魔女は、心ない魔法使いに差別されている。実際、スリザリンの女の子たちがリリーに対して酷い中傷をしていることを聞いたこともあった。それだけでなく、実の姉にまでそんな風に言われてしまったなんて――。
「それからクリスマスや夏休みに帰っても、溝は深まる一方なの。両親はたまにしか会えない私を可愛がってくれるから、それも気に入らないみたいだし。色々誘ってもダメ。魔法グッズを見せてもダメ。避けられてばかり……」
 クリスマスは家族のための日だ。それなのに、そんな思いをしなければならないリリーにノエルは深く同情した。
「リリーはペチュニアと仲良くしたいんだね?」
「当たり前でしょ!たった一人の姉なのよ!?」
 ノエルはうーんと考え込んで腕を組んだ。魔法に憧れていたのに、嫌いになってしまったマグルの少女。彼女とリリーの仲を縮めるために、いったい何ができるだろう?
「じゃあさ……」
 ノエルは何ごとかをリリーに囁いた。それはとてもありふれたことで、ノエルはリリーがどう反応するか少々不安だったが、彼女はぱっと表情を明るくし、「そうね……やってみるわ!」と緑のアーモンド型の目を輝かせた。それを見てノエルは穏やかに微笑んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから駆け足で十二月が過ぎていくと、すぐにクリスマス休暇の初日がやって来た。リリーとホグワーツ特急の中で顔を合わせることはなかったが、ノエルは時々リリーの顔を思い浮かべて、うまくいくことを車窓からの白銀の景色に祈った。 
 ホグワーツ特急が九と四分の三番線に到着すると、ノエルはひとり自宅に向かった。もちろん、マグルの地下鉄とバスを乗り継いでだ。周りのマグルと自分を見比べると、あまり違和感がなく溶け込めているようなので、自分の変装術もなかなかだろう、とひとり悦に入った。
 ノエルがロンドン郊外にある自宅にたどり着いたのは、夕暮れ時のことだった。マグルの住宅地の中、見かけはほとんどマグルのものと変わらない、ありふれた一軒家がノエルの家だ。しかし、それほど大きくない門を押し開けると、空気がぐにゃりと曲がって広々とした敷地が広がった。その中をてくてくと歩いて、大きな屋敷へと変貌を遂げた家の扉をノックする。
「ノエル・ガードナーの身体にある、大きな三つのほくろの場所は?」
 ――いくら闇の魔法使いを警戒するためと言っても、こんな質問にしなくてもいいだろうに!
「右の尻!」
 やけくそ気味にノエルが叫ぶと、がちゃりと音がして扉が開かれた。すると中から、大きくカールした黒髪の女性が満面の笑みで現れた。 
「お帰り、ノエル!」
 そう言ってノエルの母、マリア・ガードナーは久しぶりに再会した息子をぎゅうと抱きしめた。
「ただいま、母さん……」
 ノエルは呆れながら、しかし嬉しげにまた小さくなった母の背中に腕を回した。
「また背が伸びたわね!母さん悔しいわ!」
「成長期なんだから当たり前だろ?それより、母さんちょっと太ったんじゃない?背中」
「ま!そんなこと言う子にはごちそうあげないわよ?」
 照れ隠しの憎まれ口を叩きながら、ノエルは久しぶりの我が家に荷物を運んだ。ほとんど本しかない部屋で素早く着替えをすませると、ノエルは急いで居間に向かった。
「今日のご飯、何?」
「ふふふ、ターキーは明日だけど、けっこう豪華にしたの」
 キッチンではマリアが楽しげに杖を振りながら食事の準備をしていた。こういう時、ノエルは子どもが魔法を使えないことを少しだけ悔しく思う。仕方ないので自分で食器を取り出して並べていく。
「日用魔法くらい許可したって罰は当たらないと思うんだけど」
「駄ー目!子どもは責任を取るってことができないんだから。例外作っちゃうと不公平でしょ?」
「はいはい、そーですね」
 たわいもない会話だが、それでもマリアがとても喜んでいる気配をノエルはちゃんと察知していた。そんな母を見ていると、何だか胸の中がほっこりと暖まる。決して言ってやるつもりはないが、ノエルはマリアを大事に思っていた。
 やがてテーブルにノエルの好きな料理がズラリと並び支度が整うと、マリアとノエルはバタービールで乾杯した。
「お帰り、ノエル。メリー・クリスマス!」
 マリアは心底嬉しそうに、年齢を感じさせない笑顔でジョッキを掲げた。
「メリー・クリスマス。母さん」
 ノエルも穏やかな笑みで、ジョッキを持ち上げ、良い音を響かせた。
 いつもの、クリスマス休暇の始まりだった。






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