50.The visitor in the night
 結局、ノエルはマダム・ポンフリーの言った通り、三日間を医務室で過ごすためになった。本当はすぐにでも出て行きたかったのだが、リリーに「駄目よ」と睨まれると、何も言えなくなってしまうのだった。
 医務室には色々な人が訪れた。リリーはもちろん、授業のない間はずっと傍にいてくれたし、リリアン・クレスウェルもリリーと張り合うように医務室に居座っていた。傷だらけだったはずなのに既にベッドから帰還したリーマスもよく顔を見せた。マイクロフトに至っては忙しいはずなのに一日三回はやってきて、魔法薬のレポートをノエルに手伝わせた。また、あのレギュラス・ブラックもふらりと訪れ、「例の件はまたの機会にする」とだけ告げて出て行った。ノエルは未だにこのブラック家の小公子の言動を掴みかねていた。不思議とレギュラスが嫌いではなかったが、彼の誘いを断らなければならないことを忘れたわけではなかった。そしていずれは、ガードナーの当主という立場で、彼の両親であるブラック夫妻とも渡り合わなければならないのだ。
 三日目の夜、ノエルは暗い医務室の天井を見上げ、考え事をしていた。
 ――どうやったらレギュラスの勧誘を、波風を立てることなく断ることができるだろう?
 はっきりと断る。それでレギュラスが納得してくれれば一番いい。そうでなかったら……もしくは、勧誘から逃げ続けるのも一つの手だ。だが集団で囲まれれば逃げ場はない。そもそも、俺を参加させる目的は一体何処にあるのだろう……。
 と、ノエルの耳はカツンカツンと遠くから聞こえてくる小さな靴音を拾った。だんだん近づいてくる。ノエルは不審に思い、上半身を起こした。
 足音は医務室の前で止まった。重い扉が開き、小さな杖灯りとともに誰かがゆっくり……というより、恐る恐る入って来た。
「……ノエル?」
 聞き覚えのある声だった。ノエルはカーテンを開き、驚きながら声の主を迎える。
「こんな時間に、どうしたんだい? ――アイリーン」
 アイリーン・プレスコットはホッと安堵の息を漏らしノエルのベッドに近づいた。
「……あの、あのね。ずっとお見舞いに行きたかったんだけど……怖くて……」
「怖い?」
 おかしなことを言うものだ。ベッドの隣の椅子に腰かけるよう促し、杖を振ってランプを灯す。
 ――アイリーンと話すのは……久しぶりだな。
 オレンジ色の薄明りに照らされたアイリーンは以前と雰囲気が違っていた。押しの強さが薄れ、不安そうにしているからだろうか。
「それに……ふたりきりで話したかったから」
 そう言うアイリーンは思い詰めた表情をしていた。どれだけ怖かったことだろう。女の子がこんな真夜中にひとり、罰則を承知で、暗闇の中ここまでやって来るなんて……。
「大丈夫?」
「……ちょっと、怖かったけど……平気」
 ノエルはふいにハロウィンのことを思い出した。マイクと踊っていたアイリーン。とてもお似合いで、何故か複雑な気持ちになったこと。そしてこの間のマイクの言葉――。
 ――何を考えているんだ。俺には、リリーがいるのに。 
「話って?」
 変な想像を振り払い、ここまで来た用件を尋ねる。
 ――普通に接すればいい。何もやましいことはないんだから。
「あのね……私……ハロウィンのパーティーの時、マイクと踊ったでしょう?」
「……うん、見てたよ」
「それでね……彼と、付き合うことになったの」
 淡々と告げられた爆弾発言に、ノエルは固まった。
「嘘」
「……え?」
「今のは嘘。マイクとはただの友達よ」
 アイリーンはくすくすと笑う。ノエルはいつの間にか止めていた息を吐き出した。それが安堵したためだと気づき、何とも言い難い気持ちになる。
 ――よくわからない。どうして良かったと思うんだろう?
「ねえ、今、ちょっとでも嫌な気持ちになった?」
「それは……」
 リリーのことを考えると、きっぱり否定するのが良いのだろう。だが否定するのも躊躇われた。もやもやとしたこの気持ちは、口頭で説明するには複雑過ぎる。
「いいの。何も言わないで」
「……アイリーン」
「ノエルがエヴァンズを好きなのはわかってる。いやってくらいにね」
 アイリーンは寂しげな目をした。以前とは違う、何かが削ぎ落とされた彼女は、ノエルの目にとても新鮮に映った。
「ねえ、私たち……友達になれないかしら」
「友達?」
 突飛な提案に首を傾げる。
「私ね、思うの。今まで私に近づいてきた男の子はみんな、最初から私を恋愛対象としてしか見てなかった。でも、私も同じだったの。彼にできるか、できないか。そんな物差しでしか見てなかった」
 彼女の言わんとすることは、何となく理解できた。
「あなたとエヴァンズがくっついて……全然、話すこともなくなって。それがとても寂しくて……ああ、私はノエルの友達にもなってなかったのねって、気づいたの。――だから」
「友達に?」
 こくりとアイリーンは頷く。
「私の方に不純な気持ちがないって言えば嘘になるけど。……勝手に想うのは、自由よね?」
 じっと見つめられて、答えに窮する。
 友達になりたい、と言われて断るのはあまりにも紳士的ではない。でも、変な期待を持たせるのも良くない。「女性にはすべからく優しく」という家訓があるが、この場合どういった態度が本当の「優しさ」なのだろう?
 ノエルは迷った。
 多分、俺は――今のアイリーンはそれほど苦手じゃない。
「――君がそれで良いなら」
 気づくとそう答えていた。
「良かった」
 アイリーンは微笑んだ。
「ずっと話したかったんだけど、怖かったの。拒絶されたらどうしようって……。今日、勇気振りしぼって抜け出してきた甲斐があったわ。ありがとう、ノエル」
 ――不思議だな。
 遠慮がちに礼を言うアイリーンを見て、ノエルは思ったままを告げた。
「アイリーン、変わったね」
「そうかしら?」
「今の方が、ずっと話しやすいよ」
「……嬉しい」
 恋愛は、良くも悪くも人を変えるらしい。アイリーンにもそれが良い方向に現れている。
 ――俺はどうだろう。
 ふとノエルは思考に沈んだ。
 だから、頬に柔らかなものが触れたのに気づくのが遅れた。
「……え?」
「友情のキスよ」
 アイリーンは、以前にも見たことのある小悪魔的な笑みを浮かべ「お休みなさい」と告げると、夜の廊下へと消えていった。
「……頬だし、不可抗力だよな」
 言い訳めいたひとり言が、医務室に情けなく響いた。




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