Bluff Girl
 それは図書館で薬草学のレポートに使う文献を探している時のことだった。リリーは本棚から一冊抜き取り、パラパラと目を通していた。
 と、突然、ビリッと布が引き裂かれる音が響いた。
 振り向いても誰もいない。風通りが良くなったところを見ると、ローブに大きな裂け目ができていた。
 ――またなの。
 何処からかくすくすと笑い声が聞こえる。リリーは杖を振り、瞬く間にローブを元通りに直した。
「身のほど知らず」
 静かに、だが確実に悪意を孕んだ声が言った。
 リリーは無視を決め込み、本を持ってその場を後にした。
 嫌がらせに免疫がないわけではない。けれど、囁かれた言葉は胸の奥に残った。
 ――身のほど知らず。
 その言葉をきっぱりと拒絶できるほど、リリーは愚鈍ではなかった。
 秋になってから、リリーはスリザリンの女の子たちからしょっちゅう似たような嫌がらせを受けていた。原因はリリーのボーイフレンドにして、今や魔法界の名門ガードナー家の当主となったノエル・ガードナーにある。あまり目立つことを好まないノエルは、当主になったことで良くも悪くもスリザリン生の目を引く存在となった。そして今頃彼の魅力に気づいた女の子たちが、邪魔者のリリーを排除しようと陰湿な行為を繰り返しているのだ。
 ノエルの顔がポンと脳裏に浮かんだ。それだけで、胸の奥が締め付けられる。
 もし、彼がこのことを知ったら――。
 きっと彼は怒るだろう。そしてその原因が自分だと知ればひどく悲しむに違いない。彼はとても優しい人だから。ノエルに知られたくはなかった。こんなの、何でもない。自分が我慢すればいい。それだけの、ことだから……。
 マグル出身であることを恥じたことはない。むしろ誇りに思っている。でも、それが彼にとって良いことかと問われれば、言葉に詰まった。ノエルは何も言わないが、もしそのせいで、スリザリンの寮の中で嫌な思いをしていたらと想像すると、どうしようもない気持ちで胸がいっぱいになる。
 でも、私はノエルが好きで、ノエルもそう言ってくれている。
 だから、いつもみたいに、何事もなかったのかのように振る舞うことができる。
 ――大丈夫。
 そう自分に言い聞かせ、リリーはノエルの元へと戻った。
 ところが、その隣にリリアン・クレスウェルが立って話しかけているのを目撃し、思わず立ち止まる。
 クレスウェルは、リリーにとって目の上のたんこぶだった。美人で頭が良くてスリザリン、しかも所謂純血で、ノエルと同じ学年の監督生。新学期のホグワーツ特急で「ノエルは、私がもらうから」と自分にだけ聞こえるように耳打ちしてきたことを、リリーは決して忘れていなかった。だが今のところ、決定的な行動には出てこない。ノエルの友達、というポジションを崩さず、ただ彼の近くにいるだけだ。それがますますリリーを苛立たせ、不安にさせている。
 ノエルの気持ちを疑っているわけじゃない、けれど――。
 つい、思ってしまう。もしも自分が、クレスウェルのように純血だったら。スリザリンだったら。何の負い目もなく、彼の傍にいられるのに……。 
 クレスウェルが顔を上げ、こちらを見た。その口元が弧を描き、彼女はノエルから離れた。まるで全て見透かされているようで、気に食わない。
「リリー」
 ノエルも気づき、微笑んだ。
 ――気にしない。私は私。クレスウェルはクレスウェル。ノエルに心配をかけちゃダメ。
 リリーはそうやって自分の気持ちを誤魔化した。




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