You're My Friend?
 大広間では仮装舞踏会が行われ、ホグワーツ生は浮かれ騒いでいた。様々な恰好をした生徒たちが、楽しそうに踊り、興奮気味にさえずり、ひとときの享楽に浸っている。
 ――くだらない。
 その様子をセブルス・スネイプは冷え冷えとした眼差しで眺めていた。
 本来ならば出席すらしたくなかったが、彼にとって重要な人物が来校しているので出ないわけにもいかなかった。ルシウスやギルバート達からもその人物を手厚くもてなすよう命じられている。
 ふとあるテーブルの前で、その人物が男子生徒と話をしているのが見えた。さきほどまでレギュラスやロジエールといたのに――あれは誰だ?
 セブルスは目を凝らした。帽子から零れた黒髪と、深い色の瞳が垣間見え、確信する。あれは――ノエル・ガードナーだ。
 セブルスはギリリと歯を噛み、胃の底から暗い炎が湧き上ってくるのを感じていた。
 ノエル・ガードナー。自分の幼馴染、リリー・エヴァンズを奪った男。
 嫌な予感を感じたのは、いつの頃だっただろうか。リリーにガードナーのことを尋ねられ、可もなく不可もない男だと答えた時は――あの時には、まさかこんなことになろうとは思いもしなかった。それからしばらくして――多分、知り合って半年も経たないうちに、リリーはガードナーと付き合い始めた。気づいた時には、ふたりの仲は全校生徒の知るところだった。
 ――あんな奴。
 僕の方が、ずっとずっと昔から、リリーを知っていたのに。
 僕の方が、ずっとずっと前から、リリーのことを想っていたのに――!
 しかし、セブルスにはどうすることもできなかった。「付き合っているのか」と尋ねた時、気まずそうに、でも頬を染めて嬉しそうに頷いたリリーに――自分は何も言えなかった。
 誰かを好きになるのに、時間なんて関係ない。知り合う順番なんて関係ない。
 そんなこと、わかっていた。
 わかって、いたけれど――!
 行き場のない想いをただ冷たい壁に叩きつけ、声にならない叫びを上げた、あの時。
 セブルスには、リリーに気持ちを伝えることができなかった。
 幼馴染という特別な関係、あのポッターでさえ介入できない関係に、ずっと優越感を感じていた。しかし、同時にそれ以上の関係に進むこともできなかった――怖かったのだ。リリーに拒絶されて、この特別な関係が壊れてしまうことが。頭ではわかっていたが、どうしても、幼馴染以上の関係を築こうとする勇気が、彼には足りなかった。
 そしてまた、リリーがポッターを選ばなかったことに――セブルスはまた心の何処かで安堵してもいた。リリーは自分のものにはならなかったが、同時にポッターのものにもならない。それは歪んだ悦びだった。
 ガードナーという男は、少なくとも傲慢でも自慢やでも恥知らずでもなく、分別のある性格だった。セブルスだって、リリーとのことを知る前までは悪い印象を抱いたことがない。
 ポッターに取られるくらいなら、まだ――。
 そう思ったこともあった。でも感情はそう簡単に聞き分けられるものではない。
 セブルス・スネイプは、ノエル・ガードナーに激しく嫉妬し、暗い憎悪と少しの劣等感を持ち――醜い羨望の念を抱いていた。
 そしてそのガードナーは今、彼がもてなすべき客人と別れ、人ごみの中へと紛れていった。セブルスは暗い情念を湛えたまま、客人へと声をかけた。
「こちらにいらっしゃったのですか」
「ああ、スネイプ君」
 客人は耳触りのよい声でセブルスの名を呼んだ。
「マクネアもマルシベールもあちらでお待ちしています」
「そうか。今行こう」
 仮面越しに、客人の瞳がきらりと光った。その深みのある色は、先ほどまで客人が話していた人物と、同じ色をしていた。
 客人を招いたささやかな歓談の中、ふと玄関ホールの方に赤毛の少女が見えた。どうやら、ひとりのようだ。セブルスは席を外し、その背中を追いかけた。
「リリー」
 声をかけたが、喧噪で聞こえないらしい。リリーはどうしてだか階段を上り、グリフィンドール塔へと向かっているようだった。
「リリー」
 二階の途中で、やっと追い付く。
「セブ」
 振り返ったリリーは、とても綺麗だった。白いドレスにガラスの靴、豊かな赤毛はくるりとひとつに結いあげられ、白い首筋が露わになっている。しかし奇妙なことに、首筋や胸元にはところどころ赤い斑点が散っていた。この季節に、虫か?
「あなた、仮装はしていないの?」
 リリーは何故かその斑点を隠そうと両手で胸元を覆っていた。
「ああ。興味ない」
「でしょうね」
「それより、それ、どうしたんだ?虫さされか?」
 尋ねた途端、リリーの顔がリンゴのように真っ赤になった。その様子をセブルスは怪訝に思っていたが、ふと別の可能性に辿り着いて――頭を殴られたような衝撃を受けた。
「そ、そ、そう。ええ、そう。だから、その、あの、ストールをね、取りにいこうと思って――」
 しどろもどろになるリリーを見て、セブルスは沸々と怒りと憎しみが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「――あいつと付き合うのはやめた方がいい」
 気づけば、勝手に口がそう言っていた。
「……どうして?どうしてセブがそんなこと言うの?」
 リリーは眉を吊り上げ、セブルスに冷たい視線を送った。
 ああ、こうなるのはわかっていたのに。セブルスは口走ってしまったことを後悔しながら、それでも言わずにはいられなかった。
「あいつは……君とは違う。有名な家の当主だ。このまま関係を続ければ、やがて傷つくのは――君だ」
 最後の言葉は、本心だった。
「それは、セブ」
 しかしリリーはそれを別の意味にとってしまったようだった。
「つまり、私みたいなマグル生まれはノエルに相応しくないって言いたいの?」
「違う!」
「いいえ、違わないわ」
「違う――」
 リリーが、あいつに相応しくないんじゃなくて――あいつがリリーに相応しくないんだ。でもそう言ってしまえば別れを勧める口実がなくなってしまう。苦悩するセブルスに、リリーはハッキリと宣言した。
「セブ、私はノエルを信じてる。彼のことが、好きなの」
「やめてくれ!」
 聞きたくなかった。リリーの口から、そんなことは。
「違うんだ――違うんだ、リリー。僕はただ、あいつが――あいつの家族が――」
「ノエルの家族が、何?」
 まだ口外してはいけないことを漏らしたことに気づき、セブルスは慌てて「何でもない」と言い繕った。このことを知ったら、リリーがどうするか、想像がつかなかった。あいつを見捨てるか、それとも庇うか。後者だとしたら――とても耐えられない。
「とにかく、あいつと深く関わると、リリー、君が危険なんだ。だいたい、あんな奴――あんな、何処にでもいそうな、何でもない奴なんかの、何処がいいんだ。君には、もっと特別な――」
「いい加減にして!」
 ついにリリーが爆発した。美しい緑の瞳は涙に光り、わなわなと肩を震わせている。
「友達なら、どうして応援してくれないの!?どうしてノエルを悪く言うの!?どうして!?」
「リ、リリー、ただ、僕は……」
 リリーを泣かせるつもりなどなかった。どうすればいいのかわからず、何もできずに口籠る。
「私たち、友達じゃなかったの……?」
 ぽつりと零れた悲しげな言葉に、セブルスは雷に打たれたように動けなくなってしまった。その隙にリリーは階段を駆け上がり、姿を消した。
 ――こんなつもりじゃなかったのに。
 セブルスは激しい後悔に苛まれながら、がっくりと肩を落とし、ひとり階段を降りていった。






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