46.The Talk with Dumbledore

 誰かの話し声が聞こえる――。
 全身を包む倦怠感のせいで、瞼を開くのさえ億劫だ。それでも何とか目を開けると、見覚えのない石の天井が視界に入った。
 ――ここは何処だ?
 ぼんやりと浮上してきたばかりの意識は、まだ上手く働かなかった。後頭部からじわじわと滲む痛みのせいだろうか。
「……まさか、このような……」
「容態は……」
 とぎれとぎれに聞こえてくる人の声は忙しなかった。どうやら、マダム・ポンフリーとスラグホーンの声のようだ……そうか、ここは医務室か……。
 ノエルはゆっくりと周囲を見回そうとした――が、上手く首が回らない。何とか目玉だけ動かしてみると、首は固定され、頭部は包帯で宙づりになってハンモックのように揺れていることがわかった。
 頭を打ったのか……ええと……何してたんだっけ……。
 そこで背筋が凍るような咆哮を思い出す。
 そうだ、俺はセブルスを追って、「暴れ柳」の幹に触って、トンネルに潜って――人狼を見た。
 あれは、あれは本当にリーマスだったのだろうか?あのギラギラ光る瞳は、確かに自分たちを餌として見ていた。そして、自分たちを襲おうとした――。
 そこへポッターが飛び込んできた。どうしてだかさっぱりわからないが、彼は宿敵であるセブルスを助けに来たようだった。命からがら逃げのびて、そして「暴れ柳」を出て――そこから記憶がない。
 ノエルは重いため息をついた。多分、最後尾にいた自分は「暴れ柳」の一撃をくらったのだろう。何だか、随分貧乏くじをひいている気がする。
「――あっ」
 ノエルは小さく悲鳴を上げた。
 ――リリー!
 リーマスに頼んで、トロフィー室に来てもらうように仕組んでおいたのに。こんな状態じゃ会いに行けない――そういえば、今は何時だ?
 時計を見ようと上半身を動かしていると、カーテンの向こう側の影がそれに気づいたらしく、隙間からしわだらけの手が覗いた。
「彼が目覚めたようじゃ」
 そう言って一番最初に顔を見せたのはダンブルドアだった。続いてドタドタとスラグホーンが駆け寄ってくる。
「ノエル!儂の顔がわかるかね?」
「……はい、スラグホーン先生」
 捻り出した声は自分でも驚くほど掠れていた。マダム・ポンフリーもやってきて、ノエルの瞳を覗き込んだ。
「意識はハッキリしているようですね」
「はい」
「私の指は何本に見えますか?」
「二本、に見えます……」
「よろしい」
 マダムはテキパキとノエルの熱を測り、患部を確認して「おそらく大丈夫でしょう。しかし、三日は経過を見ないといけません」とピシャリと言った。
「三日!?そんな――俺は大丈夫です!」
 ノエルは異常がないことを主張したが、マダムは譲らなかった。
「頭の怪我というものは怖いものですよ。今は平気でも、一週間後に死んでしまうことだってあるのですから」
「ポピー、少し彼と話がしたいのじゃが――」
 ダンブルドアが会話に割って入ってきた。
「頭を打って気を失ったのですよ。絶対安静です!」
「彼には、今、それが必要なのじゃ」
 ダンブルドアと個人的に話したことはない。偉大な魔法使いだが、茶目っ気のある校長――今までそれ以外の印象を抱いたことはなかった。しかし、目の前にいるダンブルドアからは、静かな口調の中にも他人に有無を言わせぬ老獪さが感じられた。
「……わかりました。ですが、刺激するようなことは慎んでくださいね」
 マダムも同じように感じたのか、不承不承ながらも承知した。
「わかっておる。ホラス、君も席を外してくれんか」
「しかしダンブルドア、ノエルは私の――」
「セブルスを頼む」
 セブルス――セブルスはどうしただろう。ノエルはカーテンの隙間から目を凝らしてみたが、彼の姿は見えなかった。
「先生、セブルスは――?」
「大丈夫じゃ。他の者もな」
 遠ざかるスラグホーンを見つめながらダンブルドアが答えた。リリーの件は諦めるほかないようだ。ノエルは自分の運の悪さに目眩を覚えた。
「さて、さて。始めから話してくれるかね?」
 ノエルは、ダンブルドアに事の一部始終――ブラックとセブルスのやりとりを聞いたところから、記憶を失うまで――を語った。淡々と話しながら、何だか妙な気分だとノエルは思った。今でも信じられない……あの人狼がリーマスだなんて……。
「ふむ。大変興味深い話じゃった」
 話を終えると、ダンブルドアは白いひげを撫でつけ、嘆息した。
「ダンブルドア先生……あの、俺が見た人狼は……やっぱり……」
 ノエルは躊躇いながらも尋ねた。このことだけは、どうしても尋ねておきたかった。
「ノエル――と呼んでもかまわないかね?――ありがとう。それではノエル、君の見たことじゃが、それは確かに真実じゃ――リーマス・ルーピンが人狼であることは」
 ――やっぱり、そうなのか。
 改めてダンブルドアの口から告げられた事実を、ノエルはまだ受け止めきることができなかった。
「君はなかなか優秀な生徒じゃからのう、満月の日以外には、彼がまったくの無害だということもわかっておろう?儂は彼の入学を許した。彼にも学ぶ権利があると、そう思っているからじゃ」
 ダンブルドアの青い瞳は静かだった。
「ただ、何の悪意もなく後輩を止めようとセブルスを追いかけていった君を、結果的に危険にさらしてしまったことには、申し訳なく思っておる。本当に、すまない」
「そんな、先生が謝ること、ありません」
 確かに、人狼は恐ろしかったが、リーマスをホグワーツに入学させたダンブルドアの判断を責めることなどできない。
「セブルスを追いかける途中で……薄々気づいていました。もしかしたら、そうなのではないかと――そう感づいていたのにセブルスを止められず、彼を危険にさらしてしまった。自分にも非があります」
 思わず拳に力が入る。このことを知ったら、リーマスはどれだけ恐怖することだろう。自分が人を襲いかけたなどと聞かされたら。あの時、セブルスを殴ってでも連れ戻していればよかったと、ノエルは本気で後悔していた。
「君が悔やむ必要はない、ノエル」
 ダンブルドアは穏やかに言った。
「君は得難い資質を持っているようじゃのう。素晴らしいことじゃ。しかし、背負い過ぎてはいかん。人ひとりが背負える荷物の重さはわずかなもの。セブルスを止められなかったことまで君が背負いこむ必要はない」
 そう言われても、ノエルの心は晴れなかった。
「――しかしノエル、君にはひとつ、別の荷物を背負ってもらわなければならない」
 何を言おうとしているのか、見当はついた。青い瞳をじっと見つめる。心の奥底まで見透かされそうな瞳だった。ダンブルドアは、たっぷりと間をおいてから、訊いた。
「リーマス・ルーピンの正体を、誰にも言わぬと、誓ってくれるか?」
「――はい」
 ノエルは答えた。
「リーマスは、友人ですから」
 確かにあの人狼は恐ろしかったし、襲われかけたことはショックだった。でもそれは彼の意思ではないと、十分に理解できた。本来のリーマスは、穏やかな気性のいい奴だ。例えて人狼であったとしても、それは変わらない。
「ありがとう」
 ダンブルドアを纏っていた空気がスッと変わった。さっきまでのピリピリした感じがなくなり、心なしか柔和な顔つきになっている。もし「いいえ」と答えていたらどのような反応を見せたのだろう、とノエルは少し意地の悪いことを考えた。
「そういえば、先生。セブルスと、ポッターは……」
 ふと思い出して尋ねると、すっかりいつもの雰囲気に戻ったダンブルドアは悪戯っぽく微笑んだ。
「それがのう、なかなか面白いことになっておる」
「え?」
「ジェームズは、君とセブルスをここまで連れてくると、グリフィンドール塔でシリウスと大喧嘩――というよりもはや決闘じゃな、とにかく本気で火花を散らして戦った。そのせいでグリフィンドールの談話室が半壊してしまってのう。現在マクゴナガル先生に大目玉をくらっておる」
 さらりと告げられた事実に、ポカンと口を開けたまま停止する。
 ――は、半壊?グリフィンドールの談話室を?
「まあ、これでジェームズにもシリウスにも等しく厳しい罰を与えねばならなくなった。親友ひとりに責を負わせるのがよっぽど嫌だったのだろうて」
 その心理はわからなくもないが……それにしても、談話室を半壊とは、呆れて言葉が出ない。
「セブルスは、どうしました?」
「幸い、怪我は軽かった。君と同じく、誰にも口外せぬと約束もしてくれた。しかし、それだけでは不十分じゃろう――」
 確かにそうだ。セブルスは間接的ではあるものの、ブラックに殺されかけたのだ。
「それでのう。良ければ君にも同席してほしいのじゃが」
 ダンブルドアがそう言った途端、まるで図ったかのように医務室の扉が開く音がした。






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