1. The Encounter

 よく晴れたハロウィンの午後だった。黒髪の男子生徒がひとり、湖のほとりの木の下に寝転がりながら読書にふけっていた。カバンからはみ出している時間割には、この時間は「魔法史」の授業だと書かれていたが、彼はサボタージュを決め込んでいた。
 ビンズ先生の話す内容はちゃんと聞いていればそれなりに面白いのだが、如何せん睡眠魔法の方が強力だ。だったらいっそのこと──と彼は彼なりに有意義な時間の使い方をすることにしたのだった。
 秋はいい。風は冷たくなるが、その分空気は澄んで気持ちいいし、何より静かに読書するのには最適な季節だ。しかも今日はこの季節には珍しく、雲一つない青空が広がっていた。こんな日にカビくさい教室で寝こけながら授業を受けるなんて、どうしてそんな勿体ないことができようか。ばれたとしても、テストで挽回すれば良いだけのことだ。寮監には気に入られているし、ダンブルドアなんかはむしろ言い分を理解してくれそうだ。こういう時、つくづくマクゴナガルの寮生でなくて良かったと思う。  
 そんなことをぼんやり浮かべていた頭に、突然女の高い怒鳴り声が響いた。
「あなたって、本当に最悪ね!ヘンリエッタに謝りなさいよ!」
 喧嘩か。くだらない、と声の方も確かめずにページをめくった。
「ああエヴァンズ、残念ながらそんな気はさらさらないね。元はと言えば最初にピーターを馬鹿にした彼女がいけないんじゃないか」
 聞き覚えのある声に、顔をしかめた。しかもやり取りはヒートアップしながらこっちの方に近づいて来る。
「だからって、ペンケースいっぱいに気味の悪い虫を詰め込んで、顔に貼りつける魔法をかけることないでしょう!女の子なのよ!?」
「おや、この前は君、確か『女の子だからって差別していいと思ってるの!?』と怒鳴ってたような気がするんだけど。そうコロコロ主張を変えるのはどうかと思うよ、エヴァンズ」
 無粋な奴らだな。
 視線を上げると、少し離れた場所でクルクル髪の男子生徒と、赤毛の女子生徒が対峙している姿が見えた。
 男の方はよく知られた顔だった。グリフィンドールのジェームズ・ポッター。ホグワーツの中で起きる騒動には必ず絡んでいるという、悪戯軍団の主犯格だ。スリザリンの寮内で彼に対する誹謗中傷が飛ばない日はない。特に、一学年下のセブルス・スネイプが標的になっているという話をよく聞く。
 巻き込まれる前にずらがるか、と本を閉じ立ち上がろうとした。その時だった。
 ザパーン!
 何事かと振り返ると、湖面から半透明の巨大な大イカの顔が突き出していた。どうやら、彼もうららかな午後の一時を台無しにされたクチらしく、怒鳴り合っていたふたりに向かって怒りの水浴びを仕掛けたようだった。
 女の子の方は長い赤毛をびしょぬれにして佇み、ポッターの方もメガネに水を滴らせている。呆気にとられたふたりが何も言わなくなったことに満足したのか、大イカはそれ以上は何もせずに湖の底へと沈んでいった。
「だ、大丈夫かい、エヴァ……」
「全部、あなたのせいよ!この最低箒メガネ!とっとと消えて!!」
 女の子はそう言い捨てると、怒りで目に涙を溜めながらこちらに向かってズンズンと歩いて来た。
 このまま黙って立ち去るのも無視するのも何だか後味が悪い。小さくため息をつき立ち上がり、今まさに目の前を通過しようとしている女の子に声をかけた。 
「そんな格好で寮まで帰る気?」 
 声をかけられてびっくりしたのか、女の子は振り向いて大きな目をさらに丸くした。
 ──きれいな瞳だった。緑色の、アーモンド型の瞳。
「アザレ!乾け!」
 女の子に口を開く間も与えず杖を振った。ボウッと音がして、一瞬で水分が蒸発した。
 うん、我ながら上出来。髪は長いからまだ半乾きかもしれないが、それ以外はほとんど乾いただろう。
「せっかくのハロウィンの日に風邪ひくなんて、勿体ないだろ?」
 仕上げに自分のマントを羽織らせ顔を覗き込むと、女の子はまつげを瞬かせてこっちを見つめた。それから少し顔を赤くさせて、戸惑いがちにお礼を言った。
「あの……ありがとう」
 近くで見ると、なかなか可愛い顔をした女の子だった。こんな子に何であんな罵詈雑言ばかりを言わせたいのだろうか、ポッターは。それとも、そういう趣味なのだろうか。
「一応シャワーでも浴びて着替えた方がいいよ。身体を冷やすのは良くない」
 忠告をして荷物を抱える。チラリと時計を見ると、もう授業の時間も終わっていた。
 本の続きは寮の自室でのんびりと読もう。相部屋の友人のうちふたりはクィディッチ・チームのメンバーだ。この天気では早々に帰ってくることはないだろう。
「あの──名前!」
 歩き出したところに、後ろから呼ばれて振り返る。女の子の胸元にはグリフィンドールのタイが揺れていた。
「ノエル・ガードナー」
 あまり思い入れのない名前を告げ、ノエルは再びスタスタと歩き出した。
 ──このハロウィンの日の出会いを後々何度も思い返すことになるなんて、まったく気づきもせずに。




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