45.The Whomping Willow And A Werewolf

 いくら走ってもなかなかセブルスには追いつけなかった。自慢じゃないが、あまり足が速くないのに加え、セブルスがものすごいスピードで歩いているからだ――やっと声が届きそうな距離まで追いついた時には、とっくに校舎から離れ、「暴れ柳」のすぐ近くにまで来てしまっていた。風はとても冷たく、夜空には丸い月が浮かんでいる。
「セブルス!」
 ノエルは精一杯叫んだ。
「――セブルス!」
 ようやくセブルスが立ち止り、こちらを振り返った。ハアハアと息を切らし、何とか追いついたノエルを、セブルスは眉間にしわを寄せて怪訝そうに眺めた。
「何の用だ」
「ブラックとの会話が聞こえてきたんだ――」
 まだ呼吸が落ち着かない。前屈みになり膝に手をついて、セブルスの顔を見上げる。
「『暴れ柳』に行くつもりなんだろう?」
 チッと舌打ちする音が響いた。
「盗み聞きとは、随分と高尚な趣味だな」
 きっと彼は自分を良く思っていないだろう。それがわかっていたから、セブルスの態度を非難する気にはなれなかった。しかし、そんなことは今どうでもいい。彼がブラックの言ったとおりに「暴れ柳」に近づこうとするのなら、それを止めなくてはならない。
「だめだ、セブルス――あれは、危険だ――」
「危険?」
 セブルスは鼻で笑い、一向にノエルの忠告に耳を貸そうとしなかった。
「危険だと思うのなら、戻ればいい。お前には関係のないことだ」
「関係ない――?」
 ノエルは額の汗を拭い、セブルスを直視した。
「いいや、そんなことはない。だって、リーマスに関係していることなんだろう?リーマスは俺の友人だ」
「――友人?」
 皮肉を孕んだ声が、冷たい夜の校庭に響いた。
「あれが、本当に友人だと?」
 セブルスは唇を歪め、ノエルを嘲笑った。
「毎月毎月、満月が近づくと姿を消し、当日の夜には校医とともに『暴れ柳』に向かう、そんな秘密を持ったあいつを、本気で友人だと思っているのか?」
 毎月、満月、夜、校医――それらの単語が頭の中をぐるぐると回った。満月の夜には、魔力が高まり様々なことが起こる……時々爪痕のあるリーマス……月に一度、満月の夜に決まって……病気?怪我?……満月草、ムーンカーフ、狼男……そうだ、いつか図書室で、リーマスとポッターは妙な反応をした……まさか。
 ある可能性に思い至り、ノエルは息を呑んだ。
 そんな――そんな、まさか。
「馬鹿な……」
 再びセブルスに視線を戻すと、黒い瞳と目が合った。
「毎月、一体何をしているのか……何を企んでいるのか……僕はそれを確かめに行く」
「確かめてどうすると言うんだ?」
 セブルスは答えなかった。まだ大人しくしている「暴れ柳」の方に向かって、淡々と歩いていく。ノエルはそれを必死に止めようとした。
「セブルス――そんなことをしても、何の得にもならない。ブラックの思うつぼだぞ!」
 そう叫んだところで、「暴れ柳」が近寄ってきたセブルスに気づき、枝をビュンビュンと振り回し始めた。これは、当たったらかなり痛い。
「セブルス!」
 杖を持ったまま果敢にも「暴れ柳」に突っ込んでいったセブルスは、一回目の攻撃はかわしたものの、すぐに別の枝に弾かれ地面へと叩きつけられた。
「おい、大丈夫か!?」
 駆けよって助け起こそうとした手は、忌々しげに払いのけられた。
「僕は――お前の――手など――借りない!」
 そして再び起き上がると、セブルスはまた「暴れ柳」に向かって走り出した。
「止めろ!戻れ、セブルス!」
 ノエルの制止は届かない。今度こそ上手くいくかと思ったが、その直前でセブルスは絡みつく枝に足を取られた。何とか逃れようと必死にもがいているが、「暴れ柳」はブンブンと大きく弧を描くように彼を振り回し続けている。
「ああ、もう、クソ!」
 気づくと足が勝手に走り出していた。杖を取り出し、セブルスに気を取られている「暴れ柳」の隙をついて、その根元に飛び込む。そして思いっきり杖で幹を押すと、「暴れ柳」は今まで暴れていたのが嘘のように大人しくなった。と同時に、動きが止まった枝からセブルスがドシャリと落ちてくるのが見えた。
「――あはは、は……」
 もう乾いた笑いしか出てこない。ノエルは幹を押さえたまま、ずるずると地面に座り込んだ。
「なんて心臓に悪い……」
 セブルスはまた立ち上がり、ズンズンとこちらへ歩いてきた。ローブは土だらけで、顔には擦り傷ができている。落ちた時にぶつけたか捻ったかしたのだろうか、片足を引きずるようにしていた。
「大丈夫か?」
 助けてやったというのに、セブルスは礼を言うどころか目もくれなかった。だらりと垂れた髪の間から目をランランと光らせ、幹と幹の間にぽっかりと開いた暗闇を覗き込んでいる。
「この先に――秘密が……」
 にやりと笑うと、セブルスは隙間へと足を踏み入れ姿を消した。迷っている暇はなかった。ノエルも狭い隙間に身体を押し込み、セブルスに続いた。
 中はとても狭かった。身体にあちこちをぶつけながらトンネルの底まで滑り降りると、杖に光を灯したセブルスの姿があった。
「なあ、セブルス。戻ろう」
「ひとりで戻れ」
 セブルスは冷たかった。憎きポッター一味のひとりであるリーマス・ルーピンの秘密がすぐ目と鼻の先にあるという事実に、心を奪われているようだ。
「君を置いて戻れない」
「なら、勝手にしろ」
 中腰の体勢でセブルスはどんどん先へと進んでいった。引きずっている足の痛みなど気にならないらしい。ここまで来たら、仕方ない。ノエルは窮屈な思いをしながらトンネルを歩き始めた。
 それにしても――万が一、本当に万が一にも、リーマスの秘密というのが、先ほど思いついた可能性だったら――とてつもない危険に首を突っ込んでいることになる。
 ――セブルスは、何処まで感づいているのだろう?
 ノエルは自分の予想が外れていることを願った。本当にそうだとしたら――ブラックは自分の友人に天敵を殺させようとしたことになる。まさか、そこまで外道ではない、はず……。
 やがてトンネルが上り坂になった。一体、この道は何処に繋がっているのだろう。多分、ホグズミード方面だとは思うのだが……。
 突然、セブルスが足を止めた。どうしたのかと尋ねようとしたその時、身の毛もよだつ咆哮が耳をつんざいた。続いて地獄の番犬の発するような獰猛な鼻息と、大地を揺るがすような低い唸り声が響く。全身の肌が粟立ち、ノエルはその場に凍りついた。
 ――これは……もしかして……本当に……。
 ごくりと唾を呑むのも躊躇われるような、そんな瞬間だった。
 本能が警報を鳴らしていた。今すぐここから離れるべきだと、何も見なかったことにして立ち去るべきだと。しかし、この先に何がいるのか確かめたい、という気持ちも確かにあって、ノエルは動くことができなかった。
 目を凝らすと、何処からか零れてくる光があった。セブルスは無言で杖灯りを消し、じりじりと光の方へと近寄っていった。ノエルもそれに倣い、そして向こう側に部屋があるのを見た。壁は剥がれ、傷だらけの家具しかなく、床は何かの染みが広がっているように見えた。
「――『叫びの屋敷』?」
 ぽつりと零れた言葉は、獣の雄叫びに掻き消された。そしてセブルスとノエルは、部屋の向こう側に巨大な影を見た――巨大な鉤爪のついた足、膵液に濡れた牙と舌――そして毛むくじゃらの鼻面に、獲物を欲する息遣い……。
 恐怖というのは、こういうものなのだとノエルは悟った。
「人狼――」
 セブルスがか細い声で呟いた。信じられない、という顔をしている。
 ノエルはとっさにセブルスを引っ張り、地に伏せさせた。
「何を――」
「しっ――」
 後ろから別の足音が聞こえてきていた。この音だと――おそらく、四足の動物だ。もし挟み撃ちにされたら、逃げ場がない。恐ろしさと緊張とで、今にも口から心臓が飛び出しそうだ。
 ノエルは杖を強く握りしめ、セブルスを引っ張りながら後退した。
「放せ!」
 小さく叫んだセブルスの声を、人狼は聞き逃さなかった。またおぞましい咆哮が上がり、ふたりはピタリと動きを止めた。しかし、その間にも後ろからの足音はどんどん近くなっている――まずい――!
 足音が止まった。すぐそこで。ノエルは杖を構え――飛び出してきた影に呪いを放とうとして、自分の目を疑った。
「スネイプ、無事か!?」
 そう言いながら視界に飛び込んできたのはポッターだった。ノエルは驚きのあまり言葉が出なかった。
 ――どうして、ポッターがここに?
「ガードナー!?何でお前が――」
 ポッターもノエルがここにいるとは思わなかったのだろう。ハシバミ色の瞳が驚愕に見開かれた。
「いいから、セブルスを先に――彼は足が――」
 セブルスを見ると、宿敵であるポッターの登場に歯をむき出しにしていた。
「貴様の助けなど――」
「いいから、早く!」
 ノエルはセブルスをポッターに押し付け、トンネルの向こう側の息遣いに焦りながら後退した。ポッターはセブルスを引っ張るようにして元来た道へと走り出した。
 その時、ノエルは見た――血走った目が、こちらを捉えたのを。
「急げ!」
 人狼は、向こう側とこちらを結ぶ、人がやっとひとり通れるくらいの隙間に鼻を突っ込み、凶暴な唸り声を上げた。
「パレロ・ムラス!」
 ノエルはとっさにいくつもの壁を出現させ、人狼とこちら側を遮断した。しかし、いつまでもつかわからない。
「ガードナー!早く来い!」
 ポッターが声を荒げた。ノエルも急いでその場を離れた。
 三人は必死に狭いトンネルの中を駆けた。今までの人生の中でこんなに必死に走ったのは初めてだろう。傷だらけで泥まみれになりながらも、ひたすら地上を目指して、走る。木霊する獣の叫びがトンネルを揺らした。振り返ることはできなかった――振り返ったら動けなくなってしまうような気がした。ノエルの脳裏には、あの恐ろしい瞳が鮮明に記憶されていた。
 あれが――あの獰猛な獣が、あの温厚で優しいリーマスだというのか?
 酸素不足で頭がクラクラしてきた。
 考えたくない、そんなこと……リーマスが――自分を襲おうとしたなんて……。
「出口だ!」
 ポッターの声で我に返った。最後の急な坂を登りきると、そこは「暴れ柳」の根元だった。三人は地上に上がると、フラフラしながら歩き始めた。ここまで来れば、多分、大丈夫だろう。
「あっ――」
 振り返ったポッターがノエルをみて何か叫んだ。しかし、聞きとることはできなかった――再び凶暴になった「暴れ柳」の枝が後頭部に直撃したのだ。激しく地面に叩きつけられ、衝撃と共にノエルの視界は暗転した。







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