44.Several Troubles

 翌日、ノエルは早い時間に大広間へ向かった。とはいっても、ノエルは元来朝が苦手な質なので、着いた時にはもうちらほらと人がいた。きょろきょろと見回してみても、リリーの姿はない。がっくりしながらスリザリンの席に着き、ぼんやりとスクランブルエッグを突き回していると、見慣れたフクロウがノエルのところにやってきた。
「おはよう、クロエ」
 よしよしと頭を撫で、パンくずを掌にのせてやると、クロエは嬉しそうにそれを啄ばんだ。
「母さんから?――ありがとな」
 鞄からペーパーナイフを取り出し手紙を開ける。その様子を確認し、クロエはフクロウ小屋へと飛んでいった。そして一通り手紙に目を通し――ノエルは頭を抱えた。
 クロエの運んできた手紙は確かにマリアのものだったが、今年のクリスマスは「十三番目の丘」でパーティーを行うから、リストにある魔法使い全員に招待状を書くように、という命令つきだった。
「もうパーティーはこりごりだっていうのに……」
「パーティー?」
 唐突にリリアンがひょいっと顔を出し、ノエルの手紙を覗き込んだ。
「『あなたの友人を何人かお招きしても結構よ』だって。当然、私を招いてくれるわよね?」
「そりゃ、いいけど……」
「決まりね」
 リリアンは決定事項だ、とばかりにそう言い切り、隣の席に座ってサラダを食べ始めた。このすがすがしいまでのマイペースぶりが心底羨ましい、とノエルは思った。
 リリアンはいいとして――マイクは、クリスマス中いつも外国の何処かで冒険しているから駄目だろうし――リリーは、俺、今避けられてるし――ていうか、何でこんな何十人も俺が招待状出さないといけないんだ――ああ、もう、面倒くさいったらない!
 食事を終え、ため息をついて立ち上がる。そして大広間から出ようとして――ノエルは背後から不意打ちをくらった。
「ディファンド!」
 とっさに身体を捻ったものの、ローブと鞄は大きく避け、教科書や羊皮紙が散乱した。
「お前――ポッター!」
 振り返ると案の定、ジェームズ・ポッターが杖を構えて立ち、その後ろでシリウス・ブラックとピーター・ペティグリューが笑っていた。
「いきなり、何を――」
「悪戯に決まってるだろ?それと先日の拳のお返しさ!」
 先日の拳――ああ、ハロウィンのことか。あれはどう考えても自業自得だろうに!
「悪戯?悪戯ってのは、人に怪我させるような呪文を背後から飛ばしたりすることなのか?」
「死にはしないだろ?ああ、高貴なお生まれのガードナー卿にはお気に召しませんでしたかねぇ?」
 ブラックが吠えるように笑った。ペティグリューもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。ノエルは怒りを抑え、散らかった羊皮紙を拾い集めた。
「グリフィンドール、五点減点だ」
 監督生としての権力を行使するのは初めてだったが、そうすることに躊躇いはなかった。
「はっ!いいご身分じゃねえか」
「不本意だが、仕方ないだろう?」
「いくら減点したって、僕がクィディッチ・チームにいる限り、今年の寮杯もグリフィンドールのものさ!ほら、どうした!杖を出せよ!いつかの時みたいにさ!」
 ポッターが杖を突き付けてきても、ノエルは動かなかった。誘いに乗ってしまえば、同じ穴のムジナだ。
「生憎、そんな気分じゃないし、俺はマハトマ・ガンジーを尊敬しているんでね。第一、廊下での魔法の使用は校則で禁じられている」
「知ったことか!タラントアレ―― 」
「何をしているのです、ポッター!」
 マクゴナガルの声が廊下に響き渡った。やばいと気づいたブラックとペティグリューが逃げ出そうとしたが、「何処に行くのかね!」というフリットウィックのキーキー声がその足を止めさせた。
「大丈夫かね、ガードナー?」
「はい」
 ノエルは淡々と答えた。朝から何事だと生徒たちが集まって来ている。誰がどう見ても、無抵抗のスリザリン生にポッター軍団が呪いを浴びせたことは一目瞭然だった。
 ――馬鹿な奴らだ。人目のあるこんな場所で呪いをかけてくるなんて。
「ポッター!ブラック!ペティグリュー!あなた方がガードナーに呪いを放った正当な理由があるのであれば、お聞かせ願いましょう」
 ペティグリューだけ顔を真っ青にしていたが、ポッターとブラックは口笛でも吹きそうなぐらい余裕しゃくしゃくだった。
「ただ、僕たち、呪いの練習をしていただけです」
「廊下での魔法は禁じられていると、私はもう何百回も教えたはずですが?」
 マクゴナガルピリピリとした口調で言った。
「グリフィンドール、二十点減点!まったく、ルーピンがいないとすぐこれですか……」
「レパロ!――うむ、これで良い。ガードナーは行ってよろしい。次の『呪文学』の授業に影響はなかろうね?」
 ローブや鞄を直してくれたフリットウィックが、ウィンクを飛ばした。ノエルは破顔し、「もちろんです」と答えた。
 マクゴナガルに延々とお説教をくらっているポッターたちを置いて、ノエルは次の教室へと向かった。
 朝から厄介事に巻き込まれたが、ノエルにとってそれはあまり重要なことではなかった。一日中ノエルの心を占めていたのは、リリーのことだった。きっと今朝の騒動も彼女の耳に入っているに違いない。心配していてくれるだろうか――それとも、もう自分にはそんな価値すらないだろうか――いやいや、それはない、と信じたい……。
 そんな感じでずっと上の空だったため、午後の「数占い」の授業では小数点第三位までの値を出せばよかったのに第十三位までの数まで計算してしまって、大幅に時間をロスしてしまった。
 これじゃ集中ではない、とノエルは勉強することを諦め、一旦寮に戻ってクリスマス・パーティーの招待状書きに没頭した。招待客の中にはノエルの知っている人も何人かいたが、ほとんどは聞いたこともない名前の人が大半だった。それでもやっぱりぼんやりとしていて、しょっちゅうスペルミスをしたが、途中でブラック夫妻の名前を見つけてノエルは羽根ペンを止めた。
 レギュラス・ブラック。
 彼は、金曜の夜に例のクラブを自分に見学させるつもりだ。早々に断らないと面倒なことになる――。
 ノエルは深々と吸った息を吐き出し、談話室を見回した。レギュラスはいない。だが昨日も見当たらなかったし――ああ、もう、先が思いやられる。
 一刻も早く時間が過ぎることを願いながら、ノエルは招待状書きを続けた。やがて、夕食を済ませ、時計の長い針が七を過ぎた頃――とうとう耐えきれなくなってノエルは立ち上がった。
 寮から出て、階段を上がる。トロフィー室は四階だ――リリーは、リーマスの言葉を信じて来てくれるだろうか?まだ随分時間はあるが、もう居ても立っても居られなかった。
 近道をしようとタペストリーの裏を潜る。そして人気のない廊下へ出て来たところで、二つの声が言い争っているのが聞こえてきた。
「『暴れ柳』の方に行くのを――」
「それが何だって言うんだ?」
 ノエルは思わず足を止めた。この声は――シリウス・ブラックとセブルス・スネイプだ。そう気づいてとっさに身を隠す。こっそり窺うと、ふたりは杖を構えて睨み合っていた。
「リーマスをつけ回して――何の得がお前にあるっていうんだ?」
「あいつには秘密がある――毎月、満月の夜にいなくなる秘密が――僕はそれを暴いてみせる――」
「できるもんか!お前なんか、そのでっかい鼻をヒクヒクさせるくらいしか能がないくせに!」
 ノエルは行き場もなく息を殺して二人の会話を聞いていた。どうやらリーマスのことを話しているらしいとわかるが――満月?秘密?――何の話だ?
「それでも、お前に僕の行動を止める権利などない」
「じゃあ、教えてやる」
 ブラックは唸るように声を上げた。
「『暴れ柳』の根元の幹を長い棒で押してみろ――そこを押して、リーマスの跡をつけて穴に入っていけばいい――お前じゃ、幹に触るまでに、間違いなく死んじまうけどな!」
「僕を――見くびるな!」
 高笑いするブラックに、セブルスが低い声で告げた。
「ブラック――お前は――秘密を教えたことを、この先一生後悔するだろう」
「しないね!お前が死んじまえばせいせいするってもんだ!ほら、とっとと行けよ――臆病者!そして、死ね!」
 ブラックの凄まじい剣幕に、ノエルはただ驚くばかりだった。いくら嫌いな相手だからといって、あんな真正面から「死ね」と言うなんて――信じられない。
 セブルスは歯ぎしりしながらブラックに背を向け、その場から立ち去って行った。ブラックも悪態をつきながら反対方向へと歩き出した。
 しかし――「暴れ柳」だって?あれはとても危険な木で――確か、下級生が失明しそうになってからは近づいてはいけないことになっているのに。ノエルは小さくなるセブルスの背中と、腕時計の針を見比べ――散々迷った末、セブルスを追いかけるために走り出した。






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