43.The Prince of Black And The King of Ravenclaw

 レギュラス・ブラック。スリザリン生で彼を知らない者はいない。成績優秀、スラグホーンのお気に入り、クィディッチ・チームの花形であるシーカーを任され、容姿端麗。そして何より――あのブラック家の直系だ。
 しかし、ノエルはこれまで彼と話をしたことすらなかった。同じ寮だが学年は二つ違うし、いつも取り巻きに囲まれている彼と自分は無縁だと思っていた。ガードナー家を継いだと知れた時でさえ、彼から声をかけられることはなかったというのに、どうしたというのだろう。
「……ブラック家の王子様が俺に何の用かな?」
 いつもの取り巻きがいないのを不思議に思いながらノエルは尋ねた。
「レギュラスでいい。その代わり、僕もノエルと呼ばせてもらう」
 ノエルは肩をすくめた。年下のこの少年の振る舞いは、本当に王子様のようだ。
「場所を変えよう」
 そう言うとレギュラスは背を向けすたすたと歩き始めた。こちらに選択の余地はないらしい。ノエルは仕方なくレギュラスの後を追った。
 レギュラスの後ろ姿は、兄のシリウスによく似ていた。兄の方がもっと背が高いだろうか。しかし襟足のあたりはそっくりだ。
 ――本当に、彼はあのブラックの弟なんだな。
 ノエルは妙に感慨深くそう思った。
 人気のない裏庭の一角までやって来ると、レギュラスはようやく立ち止まった。
「ここならいいだろう」
「それで、用件は?」
「君をぜひ、我々のクラブに迎え入れたい」
 まるで命令するような口調だった。ノエルはただ黙ってレギュラスの視線を受け止めた。
「ウィルクスが君を何度も誘ったようだけど、応じてもらえなかったと聞いた」
「誰が誘っても同じだよ」
 レギュラスの言うクラブとは――闇の魔術を研究する、スリザリン生の中でももっとも危険なクラブのことだ。そのクラブからは死喰い人が出ているらしいと、寮の中では噂されている。しかし同時に、そのクラブに入れば確かなコネクションを得ることができ、また卒業後の名声が約束されるらしいとも囁かれ、憧れている生徒も少なくはない。
 ノエルは前年度ギルバート・ウィルクスに何度もクラブに勧誘されていたが、笑ってそれを受け流していた。しかし、それはウィルクスの勧誘の仕方が軽口めいたものだったからできたことで――今と状況がまったく違う。
「君は何か誤解しているようだけれど、僕たちのクラブ――『 黄昏の探求者 ( ナイトフォール・クエスターズ ) 』は、魔法の技術向上のためのクラブさ。別に校則に違反はしていない」
 にこりともせずレギュラスは言った。
「メンバーになれば、君は真の友と、素晴らしい力を得ることができるだろう」
「……闇の魔術に、興味はないよ」
 用心しながら言葉を選ぶ。ガードナー家を守る立場になった以上、ブラック家を敵に回すことは、なるべく避けなければならなかった。
「闇の魔術と、闇の魔術に対する防衛術にそう大きな違いはない。闇の魔術を知り、極めてこそ、初めてその防衛に成功すると、僕たちは考えている。ノエル、君だって、大切な誰かを守りたいんだろう?そのために力がほしいとは思わないか?」
 レギュラスは雄弁だった。
「君があの穢れた血と交際しているのには、この際目を瞑ろう。好ましくはないが、学生の間くらい少し遊んだって構わないだろうと僕は思う」
 リリーとの関係は遊びじゃない。反論したいのを必死に堪え、滔々と語るレギュラスの真意を読み取ろうと、目を光らせる。
「それに、君の知りたい情報を手に入れることができるかもしれないよ」
 灰色の瞳が怪しく揺れた。
「何のことかな」
「それは君が一番よく知っているだろう?」
 心臓が早鐘を打ち始めた。知りたい情報――まさか、レギュラスは――父親のことを知っている?
 否、とノエルは考え直した。単にかまをかけているだけかもしれない。ここで動揺してはいけない。
「とにかく、考えてみてくれ。悪い話じゃないはずだ」
 そこで初めてレギュラスは笑みを浮かべた。
「金曜日の夜は空いている?」
「え、いや――」
「空けておいて」
 じゃあ用はそれだけだから、と告げてレギュラスは歩き出した。
「おい、ちょっと待て!俺は参加するなんてまだ一言も――」
 ノエルはその背を慌てて追いかけた。
「見学ならかまわないだろう?」
 まったく、強引さはシリウス・ブラックそっくりだ!
「ブラック、じゃなかった、レギュラス、俺は――」
「ノエル?」
 玄関ホールを横切ったところで、違う声が降ってきた。振り返ると、アッシュグレイのポニーテール頭が目に入った。
「マイク」
「ちょうどよかった、話せるか?」
「ちょっと待って――」
 金曜の件を断ろうとレギュラスの方を見る。しかしその時にはもう、ブラック家の王子様の姿は何処にもなかった。きょろきょろとあたりを見回したが、地下に行ったのか廊下を曲がったのか判別がつかない。
 ――仕方ない。後で話そう。
 ノエルはレギュラスを追うのを諦め、マイクロフトに向き直った。
「今一緒にいたの、ブラック家の次男坊か?」
「そうだよ」
「珍しいな。何かあったか?」
 大したことじゃない、と頭を振る。マイクロフトはそれを完全に信じたようではなかったが、しつこく聞き出そうとはしなかった。ノエルとマイクロフトは何となく中庭の方へ歩いていき、空いているベンチを見つけて腰かけた。
「――で?リリーと何があった?」
 ノエルはマイクロフトにこれまでの経緯を語った。リリアンの件も含めて、全部正直に打ち明けた。
「……そりゃ、確かに話してみたいことにはわからないな」
「だろう?」
「しかし、そんなことになっていたとはね――ハロウィン・パーティーの時、お前がお前を殴っているのを見て、目ん玉飛び出しそうになったけど――あれが原因じゃなかったとはな。アイリーンも驚いてたぞ」
 そこでノエルはハロウィン・パーティーの時、マイクロフトがアイリーンをパートナーにしていたことを思い出した。
 ――そうだ、マイクの魂胆を聞き出してやろうと意気込んでいたじゃないか。
 完璧なエスコートを務める海賊姿のマイクロフトと、白い衣装に身を包んだアイリーンのふたりが笑っている光景が蘇ってきて、何だか胃がむかむかしてくる。
「マイク、君――どうしてアイリーンと?」
 何気なく尋ねたつもりだったが、マイクロフトはノエルをじろりと見ると、にやりと笑った。
「気になる?」
「別に……」
「気になるだろ?」
 まったく、この年上の友人は、いつも飄々としていて――かなわない。
「付き合ってないよ」
 悪戯そうな笑みを引っ込めて、マイクロフトはもう一度言った。
「付き合ってない。本当」
「……そうか」
 何故かほっとしている自分がいて、ノエルは奇妙な気持ちだった。自分にはリリーがいるのに、何でこんな気持ちになるのだろう。
「……でも、セシリアとは別れた」
「えっ!?」
 ノエルは思わず大声を上げた。まさに、寝耳に水だった。親友の交際は、てっきり上手くいってるとばかり思っていたのに。
「いつ?」
「んーと、九月」
「……理由を聞いても?」
 恐る恐る尋ねると、マイクロフトは淡々と答えた。
「もともと、NEWT試験であっちが忙しくて、何となく距離があってさ。夏休みも、俺は俺で忙しかったし……その間に職場の上司とできちゃったみたい」
 何でもないようにそう言うマイクロフトだったが、ノエルには彼がいつもと違う空気を纏っていることがわかった。彼は彼なりに落ち込んでいるのだ。拳を作った片手を上げ、ポスッと軽く親友の肩を叩く。するとマイクロフトは「サンキュ」と苦く笑った。
「俺なりに大事にしてきたつもりだったんだけど……それじゃ足りなかったみたいだ」
「うん」
「それで、アイリーンを誘ってみたわけ」
「そっか」
 どうして「それで」になるのか本当のところよくわからなかったが、傷心の親友にそんなことを訊くのは野暮というものだろう。
 ふたりはベンチに座ったまま、しばらく無言だった。マイクロフトに下手な慰めは不要だ。彼は自分の力で傷を癒すことができる人間だから。ただ今は、ちょっと物思いにふける時間が必要なだけだろう。
「……お前、ちょっと妬いただろ」
 突然、マイクロフトがそう言った。一瞬何のことかわからず戸惑ったが、それがアイリーンのことだと気づいてノエルはさらに困惑した。
「そんなわけ、ないだろう。俺にはリリーが――」
「ふーん、じゃあお前、俺がアイリーンと踊っているのを見て、まったく、全然、不快に思わなかった?なんかムカムカしたり、自分の次はその友達かよって、イラついたりしなかった?ほんの一パーセントも?」
 あまりに図星をつかれて、ノエルは押し黙った。何でこの男は、こうも人の感情の機微に敏いのだろう?
「ほらな。お前、ちょっと素直過ぎ」
「……な、マイクが勝手に言ってるだけだろ!」
 慌てて否定の言葉を捻り出したが、もう遅かった。
「俺は妬くね。俺がお前だったら。男なんて身勝手なもんだよ」
 わかるわかる、とひとりで頷くマイクロフトに聞く耳などあるはずがない。ノエルは白旗を上げることにした。
「もう、勝手にしろよ」
 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるマイクロフトは、いつもの調子を取り戻したようだった。「飯にするか」と言って立ち上がった姿は、レイブンクローの王様とあだ名されるに相応しい、堂々とした風格を備えていた。
「アイリーンは、今でもお前が好きだよ」
 不意打ちでそう囁かれて、ノエルはうろたえた。
「……何言ってるんだよ、いきなり」
「ま、好きでいるのは、自由だからな。許してやれよ」
 言いたいことだけ言って、マイクロフトは飯だ飯だと喚きながら大広間に向かっていった。ノエルはその隣を歩きながら、ちくりと痛む胸に気づかないふりをして、今の言葉は聞かなかったことにしようと決めた。





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