38.The Masquerade

 これはいったいどういうことだ。ノエルは呆気に取られて親友とそのパートナーの顔を見比べた。
「知ってたの?」
「全然」
 優雅に踊るふたりを見ながら、胃の底がむかむかとしてくるのにノエルは気づいた。何だろう、この感覚――あまり面白くないというか、不快な感じがする。
 それにしても、何故マイクロフトはわざわざあのアイリーンをパートナーにしたんだろうか。ノエルは首を傾げた。
「あ、一曲目が終わるわ」
 二組の男女が最後のターンを決め、拍手と歓声が上がった。
「行きましょ」
「ああ、うん」
 ノエルたちも他の監督生たちと一緒にフロアへと進み出る。向かい合い、ドキドキしながらリリーの腰に手を置く。いつもの制服とは違い、白いドレスの胸元は大胆に開かれていて、思わず目がそこに行ってしまった。慌ててリリーの顔に視線を戻したが、どうやら緑の瞳にはバレバレのようだった。なかなか豊かで嬉しい――なんていう不埒な考えを追い払おうと、ノエルはコホンと咳払いした。
 手と手を重ね合わせた時、先ほどのワルツとは違う、賑やかなジルバに音楽が切り替わった。ノリのいい曲に生徒たちは身体を任せ、ステップを踏み始めた。
「プレスコットのことは忘れて楽しみましょう。ね?」
 リリーの悪戯そうな笑顔がすぐ目の前にあった。ノエルは楽しむというよりもリリーの足を踏まないように必死だった。何しろ、予想よりはるかにリリーのステップは激しかったのだ。ふたりはいつの間にかステージの中央に躍り出て、まるで攻防を繰り返しているようなダンスで観客を魅了していた。
「まるでハリケーンみたいだ」
 ノエルは必死さを何とか隠して言った。
「あら、じゃじゃ馬は嫌い?」
「――まさか!」
 言うなりノエルはリリーの腰を掴んでリフトした。リリーは驚くどころかくるりと回って飛び降りた。周りから歓声が上がる。
「さすがだね。俺のシンデレラは」
「最後までついてこられるかしら、シャーロック?」
 次の曲になると、一般生徒たちも大勢ダンスを始め、大広間は熱気で溢れかえった。相変わらずリリーのステップは情熱的だったが、ノエルも余裕が出てきて、踊っている生徒たちを見て楽しむことができるようになった。
 仮面をつけていても、わかりやすい特徴がある人間は誰だかすぐわかった。背が高くリーマスと同じ騎士の恰好をしている黒髪はシリウス・ブラックに間違いなかったし、やはり同じ恰好の、小柄で不器用な踊り方の金髪はペティグリューだ。そしてどうしても視野に入ってくるマイクロフトとアイリーンもばっちり目立っていた。
「よお!楽しんでるか?」
 踊りながらマイクロフトが声をかけてきた。アイリーンも強張った微笑を浮かべていた。
「ええ、とっても。意外と体力があるのよ、ノエルって」
 リリーの答えはマイクロフトにではなく、明らかにアイリーンに向かって発せられたものだった。「意外ってなんだよ、失礼な」とノエルが軽口を叩いてそれを誤魔化すと、アイリーンは目を伏せた。――何故か、胃がきりきりと痛んだ。
「それにしてもびっくりした。まさか君とアイリーンがペアなんて」
「まあ、色々あってな。どうだ、結構お似合いだろ?」
「ええ、そうね」
 ノエルは何も言わなかった。アイリーンが本当に自分のことを忘れてくれたのなら、それはいいことだ。彼女が前に進めるということなのだから。それなのに、どうしてそれを素直に喜べない自分がいるのだろう?相手がマイクロフトだから?自分が駄目ならその親友に行くという安直さに腹を立てているのだろうか?
「……じゃ、またな!」
 何かを察知したマイクロフトは、アイリーンと一緒にくるりとターンして、踊る人垣の中へと消えていった。
 ――後で魂胆を吐かせてやらなければ。
「ノエル?」
 今度は背後から別の声が降ってきた。首だけ動かしてその人物を見たが、何だか真っ黒な衣装と仮面で誰だかわからない。しかし、聞き覚えのある声だ……スリザリン生じゃない……ああ、そうだ!
「バーティか?」
「当たり。久しぶりだね」
 ホグワーツ特急で知り合ったバーティミウス・クラウチだった。背中合わせにダンスをしながら会話を続けるのは、結構難しい。首をひねって、バーティは尋ねた。
「それ、何の仮装?」
「小説に出てくる探偵。君は?」
「グリンデルバルト」
 思わぬ回答に、ノエルはステップがワンテンポずれてしまった。
「――それってダンブルドアが倒した闇の魔法使いのゲラート・グリンデルバルトのことでしょう!?」
 思わず口を挟んだのはリリーだった。
「そうだよ。何か問題でも?ミス・エヴァンズ。いいじゃないか、ダンブルドアの仮装してる奴だっているんだから」
 くすくす笑いながらバーティとそのパートナーは一回転した。リリーは口をパクパクさせている。
「じゃあまたね、ノエル!」
 バーティは心底愉快そうに笑って去っていった。
「――信じられない!何、あの子!」
「バーティミウス・クラウチだよ。悪い奴じゃないんだ」
「でも!」
「いいじゃないか、別に何に仮装しようと自由なのは本当なんだし」
 ちょうどその時、曲が終わった。リリーは不服そうな表情でバーティのいなくなった方向を見つめている。ノエルはため息をついた。
「……ちょっと、休もう。君にはクールダウンが必要だ」
 飲み物を取ってくる、と言ってノエルはリリーの傍を離れた。
 ――何だか、今日はおかしい。
 ノエルはそう感じていた。マイクロフトとアイリーンがパートナーとして現れたり、リリーが妙に刺々しかったり――何だか、みんな普通じゃない。そう、自分も含めて。
 少し離れたところにあるテーブルに、色々な飲み物が置いてあるのを見つけ、ノエルはそっちの方に歩いていった。
「ノエル・ガードナー君?」
 呼び止められて、振り返る。するとそこには、ひとりの男が立っていた。
 かろうじてわかるのはプラチナ・ブロンドの髪と、背が高いことだけだ。知り合いかどうかもわからないが、声の感じから生徒ではなく大人の魔法使いであるように思えた。着ているのは普通のドレスローブだ。ただし、仮面はきっちり着けてある。
「――はい。ええと、どなたですか?」
 戸惑いながら尋ねる。成人の魔法使いも何人か招待されていたはずだが、彼が誰だかノエルにはまったく見当もつかなかった。
「……君のお母上の知り合いだ」
 男はそれ以上何も言わず、ただ興味深そうにノエルを眺めていた。
「母の?魔法省の方ですか?」
「まあ、そんなところだ。……君は、ひとりかね?」
「いえ、パートナーを待たせています」
 ほう、と男の口元が緩んだ。
「君は、スリザリン生だったね?」
「はい」
「パートナーのご令嬢も、スリザリンかね?」
「いいえ、彼女はグリフィンドールですけど――何か?」
 妙な質問をする男だ。
「いや、あのガードナーの当主のパートナーともなれば、高名なお家のご出身かと邪推しただけだ――良ければどちらのお家かお尋ねしても?」
 ガードナー絡みの利権者か。ノエルはむっとしたが、なるべくそれが表に出ないよう努力した。
「彼女はマグル生まれです。俺はそんな彼女がいいんです。――申し訳ありませんが、失礼してもよろしいですか?彼女が待っているので」
「これはこれは、失礼」
 何処となく優美な仕草で男は仮面に手をやった。
「――今宵はまだ始まったばかり。存分に楽しむといい」
「ええ、あなたにも今宵が素晴らしいものでありますように」
 上手くできただろうか?ノエルはあまり慣れていない社交辞令を交わすと、踵を返した。
 結局名前は聞けなかったが、いったい何者だったのだろう。ホグワーツの宴に呼ばれるからには教授たちの知り合いの可能性が高い――質問の内容からしてガードナー家と関係を持ちたい「純血」の一派だとは思うが……。
「あれ?ノエル!?」
 リーマスだった。例のハッフルパフの子と一緒だ。何故か、ノエルの顔を見て驚いた顔をしている。
「やあ、リーマス。俺の顔に何かついてる?」
「おかしいな、さっきエヴァンズと踊ってる君を見たと思ったんだけど……」
「さっきまで踊ってたよ。今はリリーを待たせてる。それより、その子、紹介しろよ」
 にやりと笑って言うと、リーマスは顔を赤らめた。
「ええと、彼女はナタリー・プレンティス。ナタリー、彼はノエル・ガードナーだ」
「よろしく、ナタリー」
 微笑みかけるとナタリーはにっこりと笑った。
「ええ、こちらこそ」
「まったくリーマスも隅に置けないな。こんな可愛い子と何処で知り合ったんだ?」
「まあ、仮面でわからないでしょ?可愛いかどうかなんて」
「わかるよ。それにリーマスをパートナーにした時点で性格もいいこと間違いなしだ」
「口が上手いのね!」
 照れたように笑うリーマスとナタリーはどこからみてもお似合いだった。
「そんなことより、いいの?エヴァンズ放っておいて」
「大丈夫だよ、ほら、あそこに――あっ!?」
 信じられないものを見て、ノエルは思わず持っていたグラスを落としてしまった。パリィンとガラスが割れる音が響いたが、それは音楽に掻き消された。
「大丈夫?――えっ!?」
 リーマスもノエルが凝視している方を見て動きを止めた。
 何故なら、彼らの視線の先には、笑いながら踊るリリーと――ノエルがそこにいたからだった。






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