37.The Halloween Party

 約束の時間ちょうどに、ノエルはグリフィンドール塔の前でリリーを待っていた。グリフィンドール塔の入り口「太った婦人」の肖像画は、何遍も開いたり閉じたりを繰り返し、様々な格好をした生徒たちを送りだしていた。ノエルはほとほと感心しながら出てくるグリフィンドール生を眺めていた。わかりやすく長い犬歯を見せて吸血鬼になりきっている者や金ぴかの王様の恰好をしている者、ビードルの物語の魔女を模した女の子たち、真っ白なひげを垂らしてダンブルドアに仮装している者までいた。
 ――スリザリン生には、ダンブルドアの仮装なんてする奴はいないだろうな。
「ノエル」
「やあ、リーマス」
 リーマスはひとりだった。少し伸びた鳶色の髪をひとつに結び、甲冑を身に着け、腰には剣を差してある。いつもの温和なイメージとは違う印象を与えるその衣装は、意外にも彼に似合っていた。
「恰好いいじゃん、その格好――中世の騎士さまってところか?」
「当たり。君は?」
「これはマグルの小説で有名な探偵の恰好さ」
 そう言ってノエルは鹿内帽のつばをよじり、ポケットからパイプを取り出してみせた。身に纏っているのは古き良き英国を忍ばせるインヴァネスコート――マグル界で最も有名な名探偵、シャーロック・ホームズの仮装だった。
「へえ。クールだね。それに似合ってる」
「ありがとう」
 少し気恥ずかしかったが、憧れの探偵の恰好が似合うと言われて嬉しくないはずがない。ノエルは照れ隠しに違う話題を振った。
「そういえば、ポッターは結局どうしたんだ?」
「ああ、ジェームズたちはまだグリフィンドール塔の中だけど。ダンス会場に行ってみてのお楽しみだよ。意地でもパーティーには出るって騒いでたから」
「誰を誘うか、誘わないか。見ものだな。リーマス、君のパートナーは?どうやらグリフィンドールの女子ではないようにお見受けするけど?」
 にやりと笑って尋ねると、リーマスは少し顔を赤らめた。
「う、うん。その、ハッフルパフの子と、玄関ホールで待ち合わせてるんだ」
 リーマスもあの目立つポッター軍団の一員だ。しかも監督生だ、女の子たちが黙って見ているはずはない。
「あ、そろそろ行かないと。また後でね、ノエル」
 いそいそと去っていくリーマスを見送り、再び「太った婦人」の方に視線を戻すと、ちょうど待ち人が出てくるところだった。
「お待たせ」
 ノエルは一瞬言葉を失った。リリーはキラキラ光る白いドレスの裾を両手で持ち上げ、くるりと一回転した。
「どう、かしら?」
 豊かな赤毛はアップにしてティアラが光っていたし、長い白の手袋はドレスと同じような光沢を放っていた。ふんわりと腰から広がるドレスは見る角度によって青く輝き、足元は――透明なガラスの靴だ。
 何というか――ものすごく、お姫様だ。
「……とてもお似合いでございます、お姫様」
 仰々しく腰を折ると、リリーがくすくす笑った。
「あの、これね、マグルのお伽話に出てくるシンデレラっていう女の子をイメージしたの」
「ええと、毒りんごを食べて茨の城で眠るっていう?」
「それは白雪姫と眠り姫が混ざってるわ」
 あとで解説してあげる、とリリーは言い、それからノエルの仮装を上から下まで眺めた。
「まさかホームズの衣装なんて、思ってもみなかったよ」
「気に入った?」
「もちろん」
 本当だ。一度鹿内帽を被ってみたいと常々思っていたのだ。
「本当は、私も探偵の恰好をしてあなたとおそろいにしようと思ったのよ。だけど、有名な女探偵って言えばミス・マープルじゃない?白髪の老女になるのはちょっと抵抗があったの」
「確かに、君がオールド・ミスっていうのは想像がつかない」
「でしょう?」
 ノエルとリリーは笑い合った。
「参りましょうか、シンデレラ」
「ええ、名探偵さん」
 手をつないでエスコート、は階段のところまでだった。何しろリリーのドレスが長いので転ばないようにするのが大変だ。ノエルたちがゆっくり階段を降り、玄関ホールに辿り着くと、そこは仮装を凝らした生徒たちで溢れていた。
「しかしみんな……すごいね。見てるだけでも面白いよ」
「同感だわ」
 時代も国も様々な衣装を身に纏った生徒たちは、皆興奮気味で会場が開くのを持っていた。あと五分ほどで入場できるはずだ。はぐれないように、リリーの手を離さないで人の波を進んでいると、見知った顔が見えた。
「やあ、リリアン」
 同じスリザリンの監督生のリリアン・クレスウェルは全身真っ黒なドレスを着ていて、さらに黒いヴェールを被っていた。何の衣装なんだろうと不思議に思ったが、その怪しい恰好もリリアンの涼しげな美貌と合っているように思われた。
「素敵だね。それ、何の衣装?」
「――『死神』。『三人の兄弟の物語』の」
「あれか!へえ、そういう解釈も素敵だね」
 「三人の兄弟の物語」とは魔法使いのお伽話、吟遊詩人ビードルの物語のひとつだ。死神は普通男の姿で描かれているが、女性でもおかしくはないだろう。
「ノエルこそ、その恰好は?」
「小説の登場人物!マグル界じゃ有名な名探偵なんだ。リリーは――」
「マグルのお姫様、ってところじゃないか?」
 突然人の波からマイクロフトが現れた。彼も負けずと派手な格好だ――大きな黒い帽子には、鳥の羽根と髑髏の印。目には眼帯、腰には大きな剣。片手はクエスチョンマークの形をした銀の義手をはめている。
「……海賊?」
「ぴんぽーん、大正解!」
 ぼそりと呟いたリリーに、マイクロフトが大げさに手を振る。
「探検家じゃないのか」
「海賊だってある意味探検家には変わりないだろう?リリー、すごく可愛いな!クレスウェルもセクシーでいいじゃん。やっぱり女の子っていいよなあ」
「あなただって素敵よ、マイク」
「……俺は?」
「ん?よくわからん。その恰好、マグルの小説の何かだろう?まあ、悪くはないんじゃないのか?」
「何だその雑な感想……当たってるけど」
 仕方ないか、とノエルは思い直した。自分が満足していればそれでいい。
「あ、開いたみたいだ」
 盛大に音楽が響き渡り、大広間の扉が開かれ、生徒たちが次々に会場に入っていく。
「俺パートナーの子のところに行かないと。後でな!」
 ノエルが振り向いた時にはマイクロフトの姿はもう見えなかった。リリアンもいない。ノエルはリリーの手を握りしめた。
「行こうか」
 リリーは返事の代わりに微笑んだ。
 大広間はハロウィン一色だった。コウモリが天井を飛び交い、ジャック・オ・ランタンがふよふよとあちこち浮かんでいる。いつもの長い机と椅子は片付けられ、大広間の中心にはカボチャでできたダンスをしている男女のオブジェがあり、その回りには大きくスペースが空いていた。ここでダンスを踊るのだろう。また、壁に近いところでは立食形式で様々なごちそうが並んでいた。楽隊がちょっと不気味だが耳に残るメロディを奏でる中、生徒たちは続々と様変わりした大広間に踏み入っていった。
 ほとんどの生徒が大広間に入り、演奏の音が止むと、前方に作られたカボチャの立ち台の上にダンブルドアが姿を見せた。
「ホー、ホー、ホー」
 生徒たちはあちこちで笑い声をあげた。ダンブルドアは真っ赤な帽子と洋服に、同じく真っ赤なリボンで長いひげを結んでいた――仮装というより、何処からどう見ても本物のサンタクロースにしか見えない。
「本物顔負けね。公認サンタクロースの資格持ってそう」
「違いない」
「オホン。皆、今宵はハロウィンじゃ。学校の外で起きている暗く悲しい出来事をひととき忘れ、踊り狂おうぞ――それでは、仮面の用意はいいかの?――装着!」
 ノエルもポケットに入れていた仮面を取り出してつけてみた。何だか不思議な気分だった――自分であって自分じゃないような、いつもより大胆に振る舞えそうな――そんな気分。
「さて、それではワルギプス交響楽団の皆さん、よろしいかな?うむ。主席とそのパートナー、前へ出るのじゃ――」
「マイクの出番だ」
 ノエルとリリーら監督生たちは二番目の曲から参加することになっている。身体は少し緊張していた。親友が先に踊るところを見て心を落ち着かせようと、ノエルは海賊に変身したマイクロフトの姿を探した。
 マイクロフトはぴんと背筋を伸ばし、片手を腰の後ろに添え、もう一方の手でパートナーの女の子をエスコートしながら颯爽と現れた。銀色の仮面は顔半分を隠していて、もう片方の目も眼帯をしているから見えにくいだろうに、そんなことは微塵も感じさせない。同性ながら、文句なしにきまってる。リリーもうっとりと感嘆していたが、何かに気づいて首を傾げた。
「あら?あれって――えっ!?」
「どうしたの?」
 音楽が始まった。二組の男女は主席らしく優雅に踊り始めた。ついでに真ん中のオブジェも一緒に踊っている。
「ノエル、マイクのパートナーを見て。あれって、ちょっと……」
「何――?」
 そういえば誰と来るのか結局聞いていなかった。どうせ美人なんだろうな――としか考えないで相手を見ると、ノエルはパカッと口を開けた。予想は外れていなかったが、別の意味でそれは衝撃的だった。
 金色の髪をたなびかせ、魔法使いのチェスのクイーンを装った出で立ちの女の子。顔を覆う白の仮面を着けていても、ノエルは彼女が誰だかわかった。
 マイクロフトのダンスのパートナー、それはアイリーン・プレスコットに間違いなかった。






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