36.The Restless Mood

 十月のホグワーツは何処となく浮足立っていた。それもそのはず、日刊預言者新聞にマグル襲撃や殺人、行方不明者の報道が毎日のように掲載されるようなこの時分、生徒たちの憂いを少しでも晴らそうと、ダンブルドアが特別なハロウィン・パーティーを催すことを宣言したからだ。
「『今年度のハロウィン・パーティーは、仮装仮面舞踏会の形式とする。ゲストはフランケン・ブラザーズ、ワルギプス交響楽団、ヴァイオレッツ。出席する者は、仮装必須。各々趣向を凝らして仮装すべし。また、舞踏会のダンスはパートナーと参加すべし』――」
 ノエルは寮の談話室に張り出された掲示を読みあげ、うなだれた。
 こういう派手なイベントは、嫌いではないが得意でもない。どちらかというとマイクロフトの管轄だ。それなのに――監督生全員がダンスに参加しなければならないと言い渡されていた。もちろん、リリーは楽しみにしている。
「苦手なんだよなあ……」
「何が?」
 独り言につっこんできたのはリリアンだった。口数も表情も少ないが真面目な彼女は、今やノエルにとって気安く話せる数少ない人間のひとりになっていた。
「ダンス……とか諸々。パーティーは嫌いじゃないけど……派手なことは性に合ってなくて」
「その割には、目立ってる」
「う……」
 否定できない。リリーと付き合ってるからとか、あるいはガードナー家を継いだからとか、ポッターが妙に絡んでくるからとか――そういう理由で耳目を集めていることにはさすがに自覚があった。でもそれは、ポッターやブラックとは違って、決して自分から目立とうと思ったわけではないのだ。
「『透明術』をマスターするべきかな」
「……方向性が違うかと」
 それもそうだ。
 ポッター宣言があった新学期初日から、リリーといる時はお邪魔虫がくっついてくるようになったし、リリーがいないと隙あらば彼ら――主にポッターとブラック――は呪いを飛ばしてくる。学年が違うので、警戒するべき場所が限られているからまだ良いものの、結果的に随分盾の呪文の腕が上達してしまった。ひとりでのんびりできるのは、奴らが授業中だとわかっている時間だけだ。
「ノエルは、やっぱり――エヴァンズと行くの?」
「え?うん。多分ね」
「ふーん……」
「そう言うリリアンは?」
「未定よ」
 リリアンは人形のように綺麗な容姿をしている。きっとパートナーもすぐ見つかるだろう。そう思い、何の心配もせず「そっか」と相槌を打つと、リリアンは物言いたげな瞳でノエルをじっと見つめた。
「ノエルと行きたかった」
 え?
「――って言ったらどうする?」
 そう言うと、リリアンはくるりとプラチナ・ブロンドの髪を翻して去っていった。
 ノエルは口をぱっくり開けたまま、その後ろ姿を見送った。混乱の後しばらくして、今のが冗談だったのだと思い至った。表情が豊富でないから分かりづらいことこの上ない。焦った自分が馬鹿馬鹿しくなって、頭を抱えた。
「良いじゃないか、仮装!仮面!そして舞踏会!ダンブルドアの考えは全くもって素晴らしい!」
 その日の夕食の席で、マイクロフトはダンブルドアの趣向に全面的支持を表明した。最近はグリフィンドールの席よりは気安いということで、リリーとマイクロフトと三人でレイブンクローの席にやってくることがままあった。
「私も楽しみ。一体どんな風になるのかしら。あ、でもまず何を着ていくかよね。そうだわ、せっかくだからテーマを決めて合わせましょうよ、ノエル!」
「え、うん。いいけど……」
 ノエルは興奮気味なリリーに押され気味だった。
「へえ。じゃあ僕も」
 リリーの背後から現れたポッターが髪の毛をクシャクシャにしながら言った。その隣でブラックがにやにや顔でこっちを見下ろしている。
「マイクはどうするの?」
 リリーは鮮やかにふたりを無視して会話を続けようとしたが、それでもお構いなしにポッターたちはレイブンクローの席に座りこんだ。女の子たちがキャーキャー言いながら積極的に席を譲るのをノエルは冷ややかな目で眺めた。
「毎度毎度飽きずに、良くやるな。ノエルとリリーのいる所いる所……まったく金魚の糞みたいだなーお前ら。糞はしゃべらないけど。ああ、嫌がらせもしないな、糞は」
 マイクロフトは他人事だと思って面白そうにしている。
「俺を一緒にするな」
 ブラックはマイクロフトの表現に不服そうだった。
「俺はこいつに付き合ってやってるだけだ」
「ありがとう、パッドフット。シェリンホード、君こそ糞糞連呼して、そんなに好きなら君には特製糞爆弾をプレゼントするよ」
「自分で作れるから結構」
「――ちょっと!食事中なのよ!」
 たまらずリリーが叫んだ。本当、食事中になんて会話だ。ノエルとリリーは互いの顔を見合わせ、ため息をついた。
「まさか、ハロウィンのパーティーにもくっついてくるつもりか?」
 ノエルがうんざりしながら尋ねると、ポッターはにやりと笑って白い歯を見せた。
「もちろん!」
「――ダンス会場はパートナー必須のはずだけど?まさか、ブラックがそうか?だったら君は女役だな。ブラックより身長が低いから」
 ノエルの淡々とした口調に、リリーがにやっと笑った。
「おいおい。一緒にするな、ガードナー。少なくとも俺にそのつもりは一クヌートもない」
「へえ、そうなのか。残念、振られたなポッター」
 マイクロフトもノエルに加担し、ポッターをからかう。当の本人は笑顔を崩してはいなかったが、指摘されたことが盲点だったらたらしく固まっていた。
「ならポッターはひとり寂しく壁の花か。いや、壁のワカメか。まさか他の女の子をパートナーにしたりしないよねえ?だって、君が俺に宣言したのは……」
「わーっ!待て、黙れ!」
 ポッターは大慌てでノエルの口を塞ごうとした。どうやら、リリーに気があるのはほぼ全校生徒に知れ渡っている事実なのに、それでも本人を目の前にしてそれを指摘されるのは嫌らしい。いつもいつも邪魔ばかりしてくるポッターにひと泡吹かせることに成功したノエルは、久しぶりに良い気分でブルーベリータルトを味わうことができた。
 結局、ノエルには良いアイディアが浮かばなかったので、衣装はリリーに選んでもらってレンタルすることにした。OWLの勉強に忙しいリリーに申し訳ないとは思ってのだが、本人が「任せて!ノエルにぴったりの考えるから!」と張り切っているので一任することにした。ちなみにマイクロフトの衣装は当日までのお楽しみ、らしい。それよりどの子の誘いを受けるが問題だなあと、お目当ての女の子を誘うのに必死な男どもが聞いたら暴れ出しそうなことをぼやいていた。
 しかし、ノエルはこの大がかりなイベントよりも、もっと別のことが気にかかっていた。父親の件、ワーズワースの件、セブルスの妙な発言。ふとした時に思い出すのはそれらのことだった。
 セブルスは先日の一件があっても、普段の態度を変えることはなかった。時々――特にリリーといる時に視線を感じることはあったが、目が合うと逸らされる。何故あの時彼があんなことを言ったのか、未だにノエルにはわからないでいた。
 やがて十月も終わりに近くなると、ホグワーツはハロウィン一色のムードになった。玄関ホールには巨大なカボチャの馬車が作られ、大小様々のジャック・オ・ランタンが飾りつけられた。生徒の間では誰が誰を誘ったかという情報が錯綜し、様々な思惑が飛び交った。相手がいるというのにも関わらず、ノエルも談話室や廊下で何人かの女の子に誘われたし、リリーも色々な男から声をかけられたらしかった。マイクは未だに決めかねているという。
 始めはあまり乗り気でなかったノエルも、楽しそうなリリーやマイクロフトを見ているうちに雰囲気にあてられたのか、徐々にハロウィンの日が待ち遠しくなってきた。よく考えたら、ダンスをしている間はポッターに邪魔されることなくふたりっきりでいられるのだ。
「……にやにやしてる」
 リリアンがぼそりと指摘した。いけない、今は学年別のダンス練習の最中だった。ノエルは慌てて顔を引き締めた。
「ノエル、ダンス上手ね」
 ターンを決めた時、リリアンが意外そうに言った。
「そうかな?時々酔っぱらった母さんが躍り出すから、その相手はしてたけど。……本番でこけないことを祈るばかりだよ」
 苦笑しながらまたくるりと回る。するとリリアンはま長いまつ毛を伏せ、瞳に影を落とした。
 ダンス練習は何度か行われ、生徒たちがダンスを何とかマスターした頃には、ハロウィンは明日に迫っていた。
「明日、お昼に衣装渡すから、マイクと一緒に着替えてね。待ち合わせは――」
「迎えに行くよ。何時?」
「えっと、始まりが七時で、監督生は最初に踊らないといけないから……余裕をもって六時にしましょう」
 図書館帰り、いつもより早めに引き上げることにしたノエルとリリーも、明日のパーティーのことで盛り上がっていた。
「リリーは何でも似合うからいいけど、俺にぴったりの衣装って本当にあるの?」
「もう!マイクとも相談して決めたんだから、間違いないわよ。それに、私が選んだのよ?信じられない?」
「全幅の信頼を置いてあります」
「よろしい」
 くすくす笑って、固く結ばれた手を握りしめる。
 ――明日は、ハロウィンだ。






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