34.Signs

 六年生になると自由時間が多くなり、そのせいでカップルが増えるというのがホグワーツの定説だ。ちなみに七年生も駆け込み成就するカップルが多いらしい。ノエルはそんなことをマイクロフトから聞いていたが、まさかそれが自分に関係してくるとは思いもしなかった。今まで近寄ってこなかった女の子たちが――恐らく、「ガードナー卿」であるノエルに興味があるらしく、リリーという相手がいるのにも関わらず、ホグズミードへ一緒に行こうとか、勉強を教えてくれとか、様々な口実ですり寄ってくるのだ。しかも集団で。タイミング良く現れてリリアンが助け舟を出してくれることが何度かあり、ノエルは監督生になったことを初めて感謝することになった。女の子は苦手だ――しょっちゅうくすくす笑いをして、肝心なことは自分から何も言い出さないで、どうでもいい話題で時間を潰す。
「じゃあ、リリーは女じゃないっていうのか?」
 マイクロフトがからかうような口ぶりで言った。
「そうじゃない。けど、何て言うか――集団で寄ってこられてキーキー言われてもさ――ああいうのって女特有じゃないか」
「確かに、リリーとはタイプが違うな」
「セシリアも違うだろう?」
「リリーもセスもプライド高いからなあ……そういう女はあんまり群れないんじゃないか?」
「群れ、ねえ……言い得て妙だね」
 ノエルとマイクロフトは中庭のベンチでのんびりとだべっていた。
「そういえばセシリアはどこに就職したんだ?」
「ミラー魔法製薬。研究員だ。忙しくてしばらくデートもできないってさ」
「そりゃ残念だね」
「まあ、こっちも何かと忙しいしな――NEWTの魔法薬学半端なく難しいぞ。何なんだよ二十三と五分の四回右回り、続いて左回りに四十七回と三分の一回りって――頭おかしくなる。ああ、お前は得意だっけな、魔法薬学。いいなー。何で一年遅く生まれたんだよ」
「そんなこと言われても。魔法生物飼育学は面白いんだろ?」
「まあな。教師にだって負けない自信はあるな。俺としては最近東洋系の魔法生物にハマってて――次のクリスマス休暇は日本に行ってみたいと思ってる。あそこのフジ山って霊峰って言われてるんだ。あとキョウトって町、四方を魔法生物で守ってるんだと。きっと面白いぜ――まあ、最終的には親父次第だけど」
「……そういえば、マイク、君の進路は?」
「冒険家以外に何が?」
 キッパリと言い切るマイクロフトにノエルは苦笑した。そのはっきりしたビジョンが羨ましい。そう告げると、マイクロフトはポンポンとノエルの頭を叩いた。
「青少年よ、悩みを抱け!」
「――じじむさいよ、マイク」
 ノエルはくすくす笑った。
 しかしノエルにはのんびり物思いにふける暇などなかった。監督生の仕事は思った以上に面倒くさいもので、監督生会議が週に一度はあるし(まあこれはリリーに会えるので苦痛ではない)、先生たちからは何かと用事を言いつけられる。正直、インピィを見直した。また、ノエルには「ガードナー卿」としての仕事もわずかながら存在し、十三番目の丘から送られてくる書類を読みサインをしてまた送り返すというルーティンワークもこなさなければならなかった。それに加え、六年生のクラスは全部の寮が合同で人数も少なく、予習復習がやはり欠かせない。そんな中でリリーと過ごす時間は至福の時だった……のだが。
「ここ、いいかな?」
 何故かクシャクシャ頭をよりクシャクシャにさせたポッターが、図書館で一緒に勉強していたノエルとリリーの隣に現れた。そして困ったような笑みを浮かべたリーマスもその後ろにいる。ブラックとペティグリューはいないようだ。
「……どうぞ」
 ノエルはうんざりしながら承諾した。ポッターは本当に堂々と邪魔をするようになっていた。特別何もするというでもないのだが、ふたりきりの時に必ず現れて付きまとう方法で。これは地味だが効果的な嫌がらせだった。リリーが可愛く笑ったり照れたりしているところをポッターに見せたくなどない。必然的に、所謂――オホン、ええと――恋人同士の甘いひとときというのがやりづらくなる。
 しかし、どうせ断っても強引に隣に座ってくるし、場所を変えてもついてくる。なら、無駄な労力は使わない方がいい。それがここ最近のノエルとリリーの方針だった。
「……ノエル、ちょっといいかしら?」
「何?」
「闇の魔術に対する防衛術で、人狼についてのところなんだけど……」
 その言葉に反応するように、ガタッと音を立ててポッターが肘を滑らせた。ノエルとリリーはそれを無視して会話を続けた。
「人狼って、満月の夜に変身するでしょ?でも普段は普通の人間と変わらないのよね。なら人狼でも、凶悪な性格以外なら、人を傷つけたくないと思っていると思うの。そういう人たちはどうやって満月を過ごしているのか気になって……檻に繋いでおくのかしら?それとも聖マンゴ病院にそういう施設があるのかしら?そういう資料とか統計とか、あなた知ってる?」
「統計……は見たことないな。でも、魔法省の方で人狼になってしまった人の情報は管理されているよ。魔法生物規制管理部の動物課に、狼人間登録室と狼人間捕獲部隊、それから存在課に狼人間援助室がある。これは俺の推測だけど、登録室もしくは援助室から各々通達があるんじゃないかな。満月の夜には何処にいろとか、どうしていろとか。じゃないと、人狼が近くにいることを知らない人は危険だろう?」
 ノエルがそう言った途端、隣にいたリーマスがパキッと羽根ペンを折ってしまった。ノエルとリリーが大丈夫かと尋ねる前にリーマスは「大丈夫」と断り代えのペンを取り出した。その様子を何となくおかしいと感じながらもノエルは気にしないふりをして話を再開した。
「ええと、話を戻すと――結局、俺の推測だから、君の質問の答えにはなっていないな。役に立てなくてごめん」
「ううん、そんなに魔法省には人狼に関する部署があるなんて知らなかった。教えてくれてありがとう」
 リリーはにっこり笑い、ノエルが言ったことをスラスラとメモした。
「……ノエルは、人狼について詳しいんだね」
 ぽつりとリーマスが言った。ノエルは頭を振った。
「そんなことはない。ただ、母親から聞いただけさ――登録室から出て来たりするのが小さい子どもだったりすることがあると、何もしてやれないだけにやれきれなくなるって」
「まあ、そんな……」
 リリーが心底気の毒そうに呟いた。ノエル自身もこの話をマリアから聞いた時には、ずしっと重い石が胃の中に落ちてきたような感覚になったものだ。
「今はトリカブト系の特効薬が開発されている途中だから――とはいっても狼化を止めるんじゃなくて凶暴性を抑える薬らしいけど――それが実用化されればまだましになるかもね」
「それ、本当かい?」
 意外なことに、そう尋ねてきたのはポッターだった。ノエルはいきなり会話に参加してきたポッターの様子を怪訝に思ったが、頷いた。
「ああ。『魔法薬学ジャーナル』の今月号に載ってた。……どうかした?リーマス」
 リーマスは瞳を大きくしてノエルを凝視していた。さっきから様子が変だ。しかしノエルに話しかけられて我に返ったようで、次に視線が合うとリーマスは普通に微笑んだ。
「……ううん。あ、今の僕もレポートに書いてもいい?」
「あの、厚かましいけれど、私もいいかしら?」
「お好きにどうぞ。ただし引用文献はちゃんと確認して」
「わかったわ」
「うん、ありがとう」
 お礼を言うリーマスは既にいつものリーマスに戻っていた。ただ、心なしかさっきより顔色が明るい。
 ――ひょっとして、家族とか知り合いに人狼の人がいるのだろうか。それなら、悪いことをしたかな。
 ノエルはぽりぽりと頭を掻いた。
 ――ま、特効薬のことでプラスマイナスゼロにしとこう。それにしても、ポッターまで妙に喰いついてきたけど……どうしてだろう?
 ちらりと視線を走らせると、ポッターはこの話題に興味はないとばかりに分厚い魔法薬学の教科書をめくっていた。しかし自分からポッターに声をかけるつもりはさらさらなかった。ノエルは姿勢を正し、数占い学の計算の続きを再び始めようとした。
 ふいに、足に温かいものが触れた。向かい合う席の主――リリーと目が合うと、彼女はくすっと悪戯そうに笑い、机の下に忍ばせた左手で指を滑らせた。
 送られた暗号は、とてもシンプルなものだった。ノエルも笑い、同じ暗号を同じ方法で送り返した。






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