33.A Noisy Morning

 新学期は初日から大変だった。ノエルは宴会の席でスリザリンの生徒たちから質問攻めにあった。どうして前ガードナー卿の孫であることを黙っていたのかとか、どうして君が継ぐことになったのかとか――とにかくそんなことばっかりを何度も尋ねられ、ノエルはありのままのことを答えるしかなかった。祖父と母の仲が断絶していた――だから自分は知らなかった――死の間際になって和解した――そして祖父が自分に地位と財産を残した――そんなもはやどうでもいい事実を何遍も繰り返すのは苦痛以外の何ものでもなかった。また新しく監督生になったことを同室のカーティス・ダインにねちねちと皮肉られもした――終いにはインピィの退学について何か策を弄したのではないかと根拠のない疑いまでかけられた。最高学年になったアイリーン・プレスコットの姿も見かけたが、彼女はノエルにチラチラと視線を送っても、話しかけてくることはなかった――だが、新しくガードナー卿となったことに興味を示し露骨にそのことばかり訊きたがる女生徒は後を絶たなかった。
 ――一体、俺が何をしたっていうんだ。
 そんな中、げっそりしていたノエルを助け出してくれたのはリリアンだった。一年生の引率があるからと彼女が引っ張り出してくれなかったら、ノエルはずっとカーティスたちに捕まったままだっただろう。
 その教訓を活かし、ノエルは夜早々に寝床に着いた。起きていればカーティスが色々言ってくるのは間違いなかったからだ。
 しかし翌日、ノエルはもうひとつ問題を抱えていたことに気づいた。進路のことだ。とりあえず目指すは魔法省ということになっていたが、本当にそれでいいのかずっと確信を持てずにいた――今日授業を選択しないといけないのに。
「おはよう、リリー」
 いつもの時間に大広間に行くと、リリーがグリフィンドールの席で手を振っていた。ノエルはその隣に座るなり、大きく伸びをした。
「ノエル、どうしたの?すごくお疲れみたいだけど」
「うん、ほら、お祖父さんのこととか、監督生のこととか、質問攻めにあってさ――」
 夏休みの間にあったことは、リリーにはもちろん話してあった。「大変だったのね」と言って、リリーはノエルの頭を撫で、触れるだけのキスをした。一気に眠気が吹き飛んだ。リリーがこういった公衆の面前で自分からキスしてくれることは今までにないことだった。
「――どういう風の吹き回し?」
「……いいじゃない。それとも、いや?」
 照れながらも口を尖らせるリリーは最高に可愛かった。
「まさか――何ならもう一度――」
「はい、そこまで!」
 ガンッと勢いよくゴブレットがテーブルの上に叩きつけられた。そしてノエルとリリーの正面の席に陣取ったのは、黒髪の癖っ毛――ジェームズ・ポッターだった。
「――どういう風の吹き回し?」
 ノエルは先ほどと同じ質問を目の前の眼鏡に投げかけた。今までポッターがこんな風にリリーとノエルの間に割って入ってきたことはなかった。ポッターはノエルたちと出くわすと、まるで存在していないように振る舞っていたのだ。それなのに、今になってどうしてこんな風に邪魔をするのだろう。
「宣言しただろう!僕は正々堂々、君たちの邪魔をする!」
「はあ!?」
 ノエルは思わず甲高い叫びを上げた。さらに得意げな顔になってポッターはノエルに人差し指を突き付けた。
「そしてノエル・ガードナー、貴様には正々堂々悪戯を仕掛けてやる!」
「……どうにかしてくれ、リーマス」
「ごめん、ちょっと無理」
 少し遅れてやってきたリーマス、そしてブラックとペティグリューがポッターの横に座った。
「――いい加減にしたらどうなの」
 呆れて言葉がないノエルと対照的に、リリーは怒り心頭だった。
「ノエルは監督生なのよ!ノエルにくだらない悪戯をするのも迷惑、悪戯してグリフィンドールの点数を引かれるのはもっと迷惑!つまり、あなたの行動全てが迷惑!!」
「そんなの、クィディッチ杯でチャラにできる」
「そんな考え方だから、例え勉強はできてもダンブルドアはあなたを監督生に選ばなかったのよ!」
 その指摘は正しい、とノエルは思った。そしてダンブルドアの判断も正しい、とも。正論を叩きつけられたポッターはぐっと言葉に詰まり、ぷいっと横を向いてしまった。まるで子どもだ。
「……とにかく、食べなよ、リリー」
 ノエルはリリーとの甘い時間を諦めてオールミールをすくった。「大変だね」とリーマスが同情を示してくれなかったら、とてもやりきれなかっただろう。
 その後リリーたちと別れると、ノエルはスリザリンの席に移動した。五年生たちはひとりひとりOWLの成績と照らし合わせて寮監と新しい時間割を決めるのだ。ノエルは一番済の席に避難し、頬杖をつきながら自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
「ここ、いいかしら」
 顔を上げると、リリアン・クレスウェルが無機質な表情で立っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 彼女で助かった。また質問攻めになるのはご免だった。口数の少ない彼女は、それ以降口を開こうとしなかった。ノエルはぼうっとしたままその横顔を何となく観察した。
 ――綺麗な子だ。だけど、表情がない。口調も上品だけど淡々としている……確か成績も良かったはず。何たって監督生になるくらいだから、真面目なのかな。いや、かといって別に俺が真面目だというわけじゃないけど……。
「ノエル」
 ――目が合った。当たり前だ、彼女を見ていたのだから。
「な、何?」
 どもってしまった。何故か少しやましい気持ちになった。
「次」
「え?」
「――時間割」
「あ」
 ノエルは慌ててスラグホーンのところへ駆け寄っていった。親愛なる寮監はノエルの姿を見るとたっぷりのひげを触りながらにっこり笑った。
「やあやあ、ノエル。監督生バッジがよく似合っているよ――うん、こうなるのなら始めから君を選んでおくべきだったな」
「――先生、インピィはどうして退学したのですか?」
 開口一番、ずっと気にかかっていたことをノエルは訊いた。インピィは仕切りたがりだが悪い奴ではなかった。いきなり「P」バッジを回された自分には知る権利があるだろうとノエルはスラグホーンの瞳に訴えた。スラグホーンはいきなりの質問に少し驚き、口をもごもごさせていたが、肩をすくめて答えた。
「家庭の事情――と言っても納得ししなかろうな。君には教えても別段かまわないだろう」
 スラグホーンはノエルに近寄り、小声で言った。
「実はね、インピィ・ハードローは母君がマグルなのだよ。嘆かわしいことに昨今の英国においては闇の勢力が力をつけてきているね?マグルの血が混じっているとことが一部の魔法使いには気に入らない。彼らを排除せよと活動する者たちもいる――もちろん、そんなことは間違っている。だが念には念をと、心配した父君が彼をボーバトンに転校させたのだよ」
 そんな理由があったのか。ノエルは息を呑んだ。
「――教えてくださってありがとうございます。口外はしません」
「そうしておくれ」
 ふいにノエルは不安を覚えた。ガードナーの当主となったとはいえ、ノエルには未だ疑問に思っていることがあった。
 ――俺は、本当に「純血」なのだろうか?
 今まで、何の不安も疑いもなく、自分のことを所謂「純血」だと思っていた。根拠は幼い頃に母がそう言った、だから。たったそれだけだったが、自分はマリアを信じていたし、別に純血だとかマグル生まれだとかに拘ることなど今までなかった。気にしてさえいなかったのだ。だが、今は――。
「それで時間割だが――ノエル?」
 思考の海に沈みかけたノエルに、スラグホーンの声が待ったをかけた。その様子をどうとったのだろうか、スラグホーンはノエルの目をじっと見つめて、真摯な声で告げた。
「君はあの名門ガードナー家を継いだ。それは力に得たということだ。血筋に拘る傾向の強い我が寮において、後ろ指をさされることがないということだ。それに君は、公平なものの見方ができる――少なくとも私たちはそう思っている」
 だからよろしく頼むよ、とスラグホーンはノエルの肩に手を置いた。ノエルは頷いた。スラグホーンの教育者としての一面を垣間見たような気がした。
「さあ、では君の時間割を決めよう――ふむ、OWLは言うことなしだな!いくらでも好きな授業を選べるが――君の進路希望は魔法省だね?ああ、そういえばアゼルとは連絡がついたかね?いや、それは別の機会に聞こう――後がつかえているからな。さて、魔法省で働くためにはNEWT(いもり)試験でE(期待以上)を五つ以上取らなくてはならない。私が奨めるのはこのとおりだが――どうかね?他に取りたい授業はあるかね?」
 ノエルは一瞬出て来たワーズワースの名前に内心冷やりとしたが、結局何も訊かれなかったことにホッとしつつ、スラグホーンが書いた空中に浮かぶ文字たちを見つめた。だいたいが希望通りのようだった。
「先生、数占い学は続けたいです。……ちょっと悔しかったので」
「ほう、なかなかに君は負けず嫌いだな。数占い学は極めるには多大な労力を要するが――本当に良いのかね?」
「はい。かまいません」
「よろしい――では、これが君の時間割だ」
 スラグホーンは杖を振り虚空に浮かんでいた文字たちを羊皮紙に張り付けた。ノエルは幾分か空き時間が増えた時間割を眺め、にっこりと微笑んでスラグホーンの下を後にした。






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