32.Declaration of War

 一体俺が何をしたというのか。
 ノエルは盛大なため息をつき、がっくりと肩を落とした。バーティはびっくりして三人組を見つめているし、マイクロフトはこの妙な訪問者たちを面白そうに眺めている。
「おや、ポッターじゃないか。それにブラック家のはみ出しっこ」
「その言い方やめろ」
 ブラックは不快さを隠さなかったが、マイクロフトは一向に気にしていない。
「と、その腰巾着のペティグリュー」
「やめろって言ってるだろ!」
「ふふーん。燦然と輝くこのバッジが目に入らないかね?」
 激昂するブラックに、マイクロフトは胸の銀バッジを主張した。
「だから何だっていうんだ?」
「権力に屈しないのは嫌いじゃない――が、すぐ噛み付くのはあまり賢いとはいえないな、ファースト・ブラック」
「だからその変なあだ名を――」
「ちょっと黙っててくれないか、パッドフット。僕は喧嘩を売りに来たんじゃない」
 ポッターが真剣な顔でブラックを制した。その後ろでペティグリューがおどおどとふたりのボスを見上げている。
「――で、何の用?」
 ノエルは諦め半分で訊いてやった。
「宣戦布告をしに来た」
「――は?」
 ポッター一味を除く全員が疑問の声を上げた。ポッターはお構いなしに、ノエルにびしっと人差し指を突き付けた。
「ノエル・ガードナー!僕はリリー・エヴァンズをお前から奪ってみせる!――絶対に、何年かかっても、だ!」
 ノエルはきょとんとした表情で、夏なのに鼻息で白く染まりそうなポッターの眼鏡を凝視した。あまりにも突然の、しかも勝率が零に近い目標――といっていいのだろうか?――とにかく、そのポッターの発言に、ノエルは呆気にとられた。 
 とうとう頭が沸いたか、ジェームズ・ポッター。
「――以上!宣戦布告終了。シリウス、ピーター、戻ろう」
 そしてポッターは満足げにローブを翻して去っていった。ブラックはマイクロフトをぎろりと一睨みすると、ツンと澄ました顔で踵を返した。ペティグリューが慌ててその後を追う。
「……今の、何?」
 バーティの疑問は、もっともなものだった。
「よくわからない」
 ノエルはそう答えた。先ほどからずっと肩を震わせていたマイクロフトは、三人組の姿が見えなくなるとひとしきり笑った。
「なるほど――なるほどね――愛は惜しみなく奪う、ってか」
「それ、使い方間違ってるんじゃないか?」
 ポッターのことなどどうでもいいとばかりにノエルは再びトランクを携えた。
「余裕だねえ、ノエル」
「ほら、急ぐんだろ?それに俺に言わせれば――」
 コパートメントのドアを通り抜け、マイクロフトとバーティを振り返って、言ってやった。
「――愛は惜しみなく与う、だよ」
 ふたりはやれやれと肩をすくめた。
 バーティと別れ、先頭近くのコパートメントに辿り着いた時には、当然ながらノエル以外の監督生は全員集まっていた。どうやらこの部屋は六年生の監督生専用らしい。だいたい友人か少なくとも顔見知りだ。
「あら、何でノエルがここに?ハードローは?」
 最初に尋ねたのはレイブンクローの監督生、スーザン・メイフェアだった。
「インピィが退学したらしい。で、俺にお鉢が回ってくることになったらしいよ」
「退学!?何で?」
 同じくレイブンクローのチャールズ・ウィルソンが驚いて声を上げた。
「家庭の事情らしい」
「ふーん。それでノエルかあ。まあ、納得だけどね」
 アガサ・フォーセットが隣にいるマックス・バートンにくすくす笑いかけた。このふたりはハッフルパフの名物カップルだ。
「……ハードローよりは、ましか」
 ぼそっと言ったのはグリフィンドールのアレクセイ・オークネフだ。
「そんな風に言わないの」
 相方のレティシア・フリンが嗜める。ノエルは苦笑いしてみせた。そして空いている席に座ろうとして、まだ一言も発していない人物に視線を移した。自分と同じスリザリン生――リリアン・クレスウェル。彼女のことはよく知らないが、これから何かと付き合いが増えることになるだろう。
「ええと、そういうわけだから――よろしく」
 微笑みかけると、リリアンはプラチナ・ブロンドの美しい髪をさらりと掻きあげ、控えめな笑みを浮かべた。
「――ええ、よろしく」 
 六年の監督生のコパートメントは、不思議と居心地が良かった。スリザリン生に対してあまりいい印象を抱いていないオークネフがつっけんどんなくらいで、監督生たちはOWLの結果や、授業の選択なんかのことを和気あいあいと話した。チャールズは自慢したがりでOを二つも取れたことを得意げに披露していたが、アガサの突っ込みによりこの場にいる全員がそれ以上の成績を修めていることを知ると、可哀想にしょんぼりと小さくなってしまった。
 コパートメントのドアが開き、見知った灰色の髪の持ち主が顔を出した。マイクロフトはにこっと笑って全員に告げた。
「諸君、盛り上がっているところ悪いね。知らない人はいないと思うが一応言っておくと俺が今年の男子の主席、マイクロフト・シェリンホードだ――もうすぐ汽車が出発する。君たちは真ん中あたりの車両の監督にあたってくれ。二人一組だ。特に母親恋しさに汽車から飛び降りようとするチビがいないかどうか目を光らせてくれよ――そうだな、三十分くらいしたらここに戻ってきてくれ。以上だ」
 監督生たちは立ち上がって持ち場に向かった。二人一組、というのはやはり同じ寮の男女のペアのことらしい。ノエルはリリアンと騒がしい廊下を練り歩いた。リリアンはとても口数が少なかった――今まであまり親しくしたことのないタイプの女の子だった。それでも廊下で「噛みつきフリスビー」で遊んでいた一年生を優しく諭していたし、やることはきちんとやる性格のようだった。ノエルたちは廊下に散らばる生徒たちをコパートメントに押し込み、何とか汽車が出発する時間に間に合った。
「そろそろ、戻ろうか」
 リリアンは頷いた。二両ほど歩いたところで、急に汽車が揺れた。どうやらカーブらしい――廊下に立ったままのふたりは直にその遠心力の影響を受け、リリアンはバランスを崩して倒れそうになった――ノエルはそれを助けようとして、リリアンを抱きとめる形になった。リリアンの柔らかな身体が自分の胸に倒れこんできて、思わずドキッとする――するとリリアンがノエルの背をぎゅっと抱きしめたような気がした――。
「ごめんなさい」
 リリアンはすぐに離れた。
「あ……ああ」
 ノエルは動揺を何とか引っ込めようと必死だった。気のせい――気のせいに決まっている。額を手の甲で拭って、リリアンから目をそらすと――そこにリリーがいてノエルは驚いた。ひどくショックを受けた顔をしている。
「リリー」
 名前を呼ぶと、リリーは強張った笑みを浮かべた。良く見れば、その後ろにリーマスもいる。ふたりとも同じ色の「P」バッジを着けている。
「リーマス――君も監督生に?」
「……うん。僕はてっきりジェームズがなると思ってたんだけど」
 居心地の悪そうな表情を浮かべ、リーマスは胸のバッジを見た。それからノエルにも新しいバッジが着いているのに気づくと、リーマスは不思議そうな表情になった。
「前任者が退学したんだそうだ。さっきこれを受け取ってびっくりしたよ」
 ノエルは苦笑いしながら言った。
「そうなんだ。おめでとう」
「あまり受け取りたくはなかったんだけどね――ああ、彼女はスリザリンの監督生のリリアン・クレスウェル。リリアン、こちらは五年生の監督生、グリフィンドールのリーマス・ルーピンとリリー・エヴァンズだ」
「こんにちは。ミス・エヴァンズは知っているわ」
 リリアンはリリーに微笑みかけた。リリーも――何処かぎこちない表情のままそれに応える。
「じゃあ、戻ろう。マイクにどやされる」
 歩き出したノエルに、リーマスが続いた。その後ろで女の子はふたり、何か小声で話しているようだったが――すぐにリリーが追いついてきて、ノエルの顔をきっと見上げた。
「どうかした?」
「――宣戦布告を受けたのよ」
 あのポッターの馬鹿はリリーにまで宣言したのか。ノエルは馬鹿馬鹿しくて何も言わなかった。実はリリーに宣戦布告をしたのは全く別の人物であったのだか、それを知るのはずいぶん先のことになりそうだった。






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