31.New Prefect

 キングス・クロス駅の前で一台の黒いリムジンが止まった。開いたドアから姿を現したのはひとりの少年だった。大きなトランクをカートに乗せると、少年――ノエル・ガードナーはもう一度ドアの中を覗き込み、運転手に声をかけた。
「留守を頼むね――それと、母さんのことも」
「お任せください、ご主人様!」
 返事をしたのは屋敷しもべ妖精のブランキーだった。
「どうか、お身体にお気をつけてくださいませ!」
「ありがとう。それじゃあ、行ってくる」
 車は軽快なクラクションを鳴らし、マグルの車に混じり来た道を戻っていった。ノエルはカートを押し、九と四分の三番線を目指した。何気ない顔で魔法の柵を通り抜けると、紅の漆で光るホグワーツ特急が視界に飛び込んできた。人がいることにはいるが、まだ出発の一時間前だから空いている。ノエルはトランク片手にさっさと蒸気機関車に飛び乗った。
 後ろの方のコパートメントに腰を落ち着けると、ノエルはマグルの推理小説を取り出して読書を始めた。
「すみません。ここ、いいですか?」
 突然声をかけられてノエルは視線を上にあげた。薄茶色の髪をした、そばかすだらけの顔の男の子がそこにいた。
「もちろん――どうぞ」
 ノエルより少し年下だろうか。スリザリン生ではないように思われた。少年はノエルの正面に座りこむと、はにかみながら手を差し出した。
「ええと、僕――バーテミウス・クラウチです。みんなにはバーティって言われてます」
 ノエルはにっこりと笑顔になって握手に応じた。
「よろしく、バーティ。俺はノエル・ガードナー」
「ガードナー?――じゃあ、あの新しいガードナー卿の?」
 バーティは目をパチクリさせて驚いた。
「まあ……そう、なんだけど」
 ノエルはがっくりとうな垂れた。こんな下級生にまで知れ渡っているとは――ん?バーテミウス・クラウチ?
「……ひょっとして、君、あの魔法省のクラウチ氏の?」
 バーティも表情を曇らせた。
「……そう、あの冷徹なクラウチの息子」
 その声は冷え冷えとした感情を含んでいた。
「あんまり親父さんのことよく思ってないんだね?」
「そっちも、ガードナー卿って言われるの、いやなんだね?」
 顔を見合わせたふたりは、互いに苦笑した。
「よし、なら俺たちはただのノエルとバーティだ。それ以下でもそれ以上でもない」
 上級生らしくちょっと偉そうに宣言すると、バーティはくすっと笑った。
「そうだね。そうしよう。――ねえ、そう言えば僕、スラグホーンのイースター・パーティーで君を見かけた気がするんだけど」
「バーティも出席してたのか。俺はああいう場所苦手でさ――」
 ノエルとバーティがスラグホーンのパーティの感想を言い合っていると、ガラリと無遠慮にドアが開いた。
「よ。久しぶり」
「マイク!」
 ノエルの親友、マイクロフトがポニーテール頭でニヤッと笑った。既にホグワーツの制服に着替え、胸には監督生バッジを――いや、それだけじゃなく「主席」と書かれた銀バッジを着けている!
「うわあ、今年の主席は君か!おめでとう!」
「どうもどうも。でも最初気づかなくてさ、キリマンジャロを下山している途中にフクロウ便が来て、落っことしそうになったよ――」
「……俺はスコットランドからわざわざタンザニアにまで飛んでいったそのフクロウに同情するよ」
「いや、俺たちはケニアから登った。ほれ、これ土産」
 マイクロフトはポケットから缶コーヒーを取り出してノエルに渡した。
「キリマンジャロ純粋コーヒーだってさ。ちなみにマグルの売店で買った」
「うまいのか?」
「知らん」
 そのやり取りを見ていたバーティは、何故か笑いを堪えているようだった。ノエルはバーティにマイクロフトを紹介した。
「ええと、バーティ、こっちはマイクロフト・シェリンホード。俺の親友」
「知ってる。目立つし、有名だもの」
「俺もお前を知ってるぞ、クラウチの息子だろう?」
 マイクロフトはそう言ったが、顔をしかめたバーティを見て「ああ」と何かに気づき、すぐに謝った。
「すまない。あんまり良くない言い方だった」
「――気にしないで」
「いや、俺が悪かったよ。改めて、よろしくな。バーティ」
 そうしてふたりは握手を交わした。
「――と、あんまりゆっくりしてはいられないんだった。色々やることがあってだな――というかお前、何でここにいる」
「え?」
 マイクロフトの発言にノエルは首を傾げた。するとノエルの後ろでコンコンという音がした。振り向くと、手紙を咥えたフクロウがクチバシでガラス窓をノックしている。
「ノエル宛てみたいだよ」
 バーティが窓を開けてフクロウを招き入れた。フクロウはノエルの膝に手紙を落とすと、ホーッと一声鳴いてバーティの隣で丸くなった。ノエルは手紙を拾い上げた。確かに自分宛てで、差出人は――。
「ホグワーツから?」
 いったい何だ?急いで封を切ると、そこには簡潔な文章が二、三行記されてあった。
「……嘘だろ」
 ノエルは茫然とその文面を眺めた。
「何が書いてあったの?」
 バーティが不思議そうに尋ねた。ノエルは黙ってバーティに手紙を渡した。


 親愛なるガードナー殿

 この度、あなたを新たなスリザリン寮監督生に任命します。

 理由は、前任のインピィ・ハードローが家庭の事情によりホグワーツを退学したからです。非常に珍しいことですが、あなたなら十分に監督生の責任を果たせると我々は確信しております。

敬具

 ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア
 同校 スリザリン寮監 ホラス・スラグホーン 


 そして駄目押しに、封筒からは「P」のアルファベットが輝くバッジが転がり落ちた。
「……こんなこともあるんだね」
 それがバーティの感想だった。
「うん、俺もさっき手紙を受け取ってびっくりした」
「君も?――ああ、監督生をまとめるのも主席の役目なのか」
「そういうこと」
 ノエルはすがるような眼差しでマイクを見た。
「これって、辞退は可能?」
「諦めろ、親友」
 マイクロフトはノエルの肩にポンと手を置いてしみじみとした口調で言った。
「――だから、お前は監督生用のコパートメントに移らなきゃならないわけ。ほら、急げ!」
 ノエルは渋々荷物を取り出した。一体、どうしてインピィは退学したんだろう?あんなに嬉々として仕切り役をやっていたのに。それに、何で後任が自分なんだろう?カーティスあたりなら喜んで引き受けそうなものを……。
「バーティ、君と話せて楽しかったよ」
「僕もだよ。ノエル、頑張って」
 ノエルはバーティとの別れを惜しんだ。すると、また断りもなくドアが開き、ズカズカと踏み込んできた連中がいた。
「ノエル・ガードナー!見つけたぞ!」
 そいつらは三人組だった――四方八方に散乱した黒髪がひとり、嫌味なくらい顔の整ったのがひとり、小柄で豆粒みたいな目をしているのがひとり――ポッターとブラックとペティグリューだった。
 ――もう、今日は何でこんなのばっかりなんだ!





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