30.The End of Summer Vacation

 ――今年の夏休みはとても短かったような気がする。
 ノエルはさんさんと輝く太陽を見上げた。
 祖父の死後、マリアは魂が抜けたようになってしまい、葬式の手配やら遺産の手続きやらの面倒な仕事を、ノエルは一手に引き受ける羽目になった。そして同時にガードナーの当主となったノエルは、その他の雑多な引き継ぎまで処理しなければならず、さらにホグワーツの課題も同時進行で進めなければならないという、目の回るような忙しさだった。
 やっと何とか落ち着いたのは、もうすぐ九月――つまり夏休みも終わりというこの時期になってだった。
 ちらりと腕時計を見る。約束の時間はもうすぐだった。
「ノエル!」
 ノエルは静かな微笑みを浮かべて、久しぶりに見るリリー・エヴァンズに手を振った。
「元気だった?」
 小走りでやってきたリリーの顔を覗きこむ。「ええ」とリリーは頷いた。そしてノエルを見上げて首を傾げた。
「何か……ノエル、雰囲気変わったわ」
「そりゃ変わるさ――環境が激変したもの」
 苦笑しながら肯定する。そういえば、以前より少しリリーとの距離が遠くなっただろうか。忙しかったせいで、髪もほったらかしのまま伸びている。
「そうね……お祖父様のこと、本当に残念ね」
「いいんだ。それより、監督生おめでとう」
リリーは少しくすぐったそうに「ありがとう」と言った。
「ノエルも、OWLの結果、出たんでしょう?どうだった?」
「受けたのは全部合格だったよ。だけど、数占い学だけEだった――」
「それって他はみんなOってことよね?――すごいじゃない!おめでとう!――ああ、私も今年、頑張らなくちゃ!」
 リリーが興奮気味に拳を握った。くすくすと笑いながら、ノエルはリリーに手を差し出した。
「じゃあ、行こうか?」
 リリーは迷わずノエルの手を取った。
まず向かったのはゴリンゴッツだった。白亜の建物の中に入り、カウンターの小鬼に両替をしてもらうと、リリーはかわいらしい巾着の中に硬貨を詰め込んだ。
「ねえ、やっぱりノエル、背が伸びたわよね」
「そうかな?」
「そうよ。ずるいわ」
「ずるいと言われましても……」
今度はリリーがくすくす笑った。
「ローブ、仕立て直した方がいいんじゃない?」
「リリーの買い物が先でいいよ」
「だめ。ローブが短いとみっともないわ。善は急げよ、行きましょう!」
 言うなり腕を引っ張られ、ノエルは「マダム・マルキンの洋装店」に連行された。店主は「あらあら、可愛らしいカップルねえ」とふたりを迎え入れ、テキパキとノエルの背丈に合うローブを持ってきてくれた。
 その次に、リリーの要望で近くにあったアクセサリーショップに寄った。リリーは目をキラキラさせて色々な商品を見ていた。やっぱり女の子は光りものが好きらしい。ノエルはリリーがじっと見つめていたアクセサリーをさりげなくチェックしていた。次にあげるとしたら、やっぱりネックレスだろうか。いつも身につけてくれると嬉しいし――それならイヤリングもいいかも。祖父の遺言どおり財産を相続したので、ノエルは現在とても懐が豊かだった――ただし、正式には成人するまで資産はマリアの管理下におかれるが――それでも好きな女の子へのプレゼントくらいは遠慮なく買えるようになった。
「何か気に入ったの、あった?」
「ううん――これ以上に気に入るものは、ないわ」
 そう言ってリリーはきらりと光るブレスレットを撫でた。嬉しさに胃袋がきゅっと締め付けられる。
「光栄です、お嬢様」
 おどけたノエルの口調に、リリーが笑った。
「ねえ、何か食べない?」
 ふたりは最近できたばかりだというフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーに入り、テラス席で互いのサンデーを突き合った。もうすっかりリリーには甘党だとばれていたので、ノエルは遠慮なくトリプルサンデーを注文した。
「やだ、ノエル。鼻のところ、チョコミントがついてるわ」
「え?」
 自分でゴシゴシとこすってみたが、どうやら完璧には落ちなかったらしい。リリーが「もう、しょうがないんだから」と笑いながら汚れを取ってくれた。これじゃどっちが年上だかわからない。けれど、全然嫌な気はしなかった。
「――ああ、本当に惜しいことしたな」
 ストロベリーサンデーを食べるリリーを見ながら呟くと、「何のこと?」とリリーが訊いた。
「今年の夏休みだよ。仕方ないってわかってるけど、もっとこんなふうにリリーと出かけたりしたかった。……本当に、ごめんね」
「いいの。ノエル、ちゃんと手紙くれたでしょ。もう謝らないで」
 本当に――何と言ったらいいのだろう。もどかしいくらいの感謝の念と、リリーへの気持ちで胸がいっぱいになってしまった。ノエルはリリーの豊かな赤毛を耳にかけ、柔らかな頬にキスを落とした。
「……君って、絶対いい奥さんになるよ」
「な、何言ってるのよ」
 慌てたリリーの頬は、ストロベリーサンデーと同じ色になっていた。
 それからふたりはフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かった。主に教科書を買うのが目的だったが、ふたりはベストセラーの並んだ棚の前で立ち止まり、あれこれと意見を言い合った。
「この装丁!うわあ、ひどいセンスだ――何でフリルのレースがついてるんだ?」
「意味不明ね……あ、それよりも見て、『現役のホグワーツ生が描くホグワーツの世界』ですって――いったい誰が書いたのかしら?」
「ひょっとしてバーサ・ジョーキンズかも……」
「まさか!」
 そんな会話をしていると、後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「やあ、久しぶりだね。ノエル」
 ホグワーツを卒業したスリザリン生、ギルバート・ウィルクスだった。ノエルはとっさにリリーを背にしてウィルクスに向き直った。
「――どうも、ミスター・ウィルクス」
「いい加減ギルバートと呼んでくれたまえよ。それはそうと、――おや、そちらはミス・エヴァンズ」
 リリーもウィルクスの顔は知っていたので、警戒しながら「こんにちは」と挨拶した。
「相変わらず、というわけか」
「俺が誰と出かけようと勝手だろう」
「そうでもない、ノエル。いや、新しいガードナー卿と言った方がいいかな?」
 ウィルクスはいやらしく微笑んだ。
 ――やっぱり、スリザリンのお家第一な連中にはこういうことに耳聡いか。わかっていたことだが、ノエルは新学期が少し憂鬱になった。
「歴史ある家を継いだのだから――振る舞いには気をつけた方がいい」
「ご忠告、どうも」
「……そうそう、僕は魔法省に入省することになったんだ」
 君の母君と同じね、とウィルクスは付け加えた。
「それは、おめでとう」
「もしかしたら、母君の部下になるかもしれない。よろしく伝えておいてくれ」
 ノエルはうんざりしながら頷いた。祖父の葬式でも、今のウィルクスのように家督と財産を継いだノエルにすり寄ってくる輩が後を絶たなかった。ハッキリ言って、気持ちのいいものではない。
「じゃあ、お邪魔のようだし、僕は退散しよう。――ロジエールやスネイプたちにもよろしく」
 スネイプ、という言葉にリリーがぴくりと反応した。ウィルクスはその様子に気づくこともなく、ダイアゴン横丁の喧噪のなかに姿を消した。
「ねえ、今のって……」
「――大丈夫」
 不安そうなリリーの手をぎゅっと握り、安心させる。
 せっかくのデートをウィルクスに台無しにされたくなかった。繋いだ手を引っ張って、ノエルはリリーを通りに連れだした。
「ほら、行こう。何なら、もう一回アイスクリーム・パーラーに行っても――」
「もう十分食べたじゃない!」
 リリーが呆れ顔で言った。
 その後、ノエルとリリーはペットショップに入って凶暴な猫をたっぷりひやかしたり、薬問屋で魔法薬学の材料を揃えたりした。会話が尽きることはなかった。マグルの推理小説の話や、「十三番目の丘」の話、OWLのこと、スラグホーンの奇妙な才能のこと――買い物をしながら色々なことを話した。おかげで、リリーの帰りの電車の時間が近づいていることに気づいたのは本当にギリギリの頃だった。ふたりは大慌てで「漏れ鍋」へと走って戻った。
「じゃあ、また新学期にね!」
 色々な荷物を持ったリリーが慌ただしく別れを告げた。マグルの駅まで送ろうかと言ったのだけど、急ぐからと断られてしまっていた。ノエルは素早く屈み、リリーにさよならのキスをした。
「また、ホグワーツで」
 笑顔で去っていくリリーを見送る。完全にその姿が見えなくなるまで、ノエルは「漏れ鍋」の店の前を動かなかった。






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