26.Grandfather

 いきなりの姿現しで、ノエルは抵抗する間もなく「十三番目の丘」とやらに連れてこられてしまった。確かに、そこは丘の上だった。見晴らしが良く、気持ちの良い風が吹いている。その丘の上に、重厚な造りの屋敷が建っていた。分厚い門には、剣に巻きついた蛇と鷲、そして十字の家紋が大きく描かれていた。
「ブランキー、ここが、その……」
「ご主人様、ガードナー卿のお屋敷にございます」
 ――でかい。
 呆気にとられているノエルを尻目に、ブランキーは門を開けさっさと中に入ってしまった。仕方なしにその後に続く。整備された滑らかな石の道の先には噴水が美しく水の芸術を創り出しており、庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、たくさんの妖精たちが集まってきていた。
「ねえ、ブランキー」
「何でございましょう、ノエル・ガードナー様」
「ここに、ひとりで住んでるのか?その――俺の、祖父っていう人は」
「奥方様はマリアお嬢様が成人なさる前にお亡くなりになりました。お嬢様がいなくなってからは、ご主人様おひとりと、わたくしども屋敷しもべ妖精が何人かおるだけでございます」
 ノエルは一度も祖父の話をマリアから聞いたことがない。こんな大きな屋敷に住んでいたなんてことも。祖母のことだって、初耳だった。
「どうぞ、お入りくださいませ」
 大きな玄関ホールは、開きっぱなしになっていて、少しホグワーツを思わせた。ホールからは二階、三階へと続く大きな階段があり、その正面にはこれまた大きな肖像画が描かれてあった。
「この人が――」
「ご主人様でございます。ただし、お若い頃――二十五歳の時に描かせたものですが」
 その人は、本当にノエルにそっくりだった。ただ、瞳の色が違うだけで、まるで数年後の自分が肖像画になっているようだった。かっちりとしたドレスローブに身を包み、鋭い眼差しでこちらを見つめてくる。
「確かに、よく似ている」
 肖像画の祖父がしゃべった。魔法使いの肖像画というものはたいてい言葉を話すが、まるで自分に話しかけられたような気がしてノエルはとてもビクッとした。
「早く行け。私は二階の奥の間にいる」
「は、はあ……どうも」
 妙な案内だ。ノエルは階段を上り、ブランキーに導かれるまま、とても大きな部屋の前までやって来た。
「中で、お待ちになっておられます。どうぞ――」
 ノエルは祖父との対面に、現実味のないまま扉を開けた。広い部屋だった。奥に天蓋付きのキングサイズのベッドがあり、その中に人影があった。
「ご主人様――ご主人様――ノエル・ガードナー様でございます。あなた様の、お孫様にございます――」
「ご苦労だった、ブランキー」
 しわがれた声だった。
「こちらへ」
 おずおずとノエルはベッドに近寄った。痩せ細った腕で、天蓋の白いカーテンが開かれる。そこには、年老いたひとりの男が床についていた。髪は白く、頬は痩せこけ、病人そのものの青ざめた顔だったが、それでも何処となく肖像画の面影が残っていた。
 ふたりは言葉もなく見つめあった。老人の顔には、様々な感情が混ざっているように見えた。ノエルの胸中には、幾ばくかの緊張と一抹の懐かしさ、それに様々な疑問が去来していた。何故、自分を呼んだのか?この老人は、自分の存在をずっと知っていたのだろうか?それとも最近知ったのか?父親のことを知っているのだろうか?何故――。
「ノエル、というのだな」
 静寂は老人によって破られた。ノエルは黙ったまま頷いた。
「昔の私、そっくりだ」
 鋭い印象を与える顔のつくり。それが破顔し、優しい表情を見せた。思わず、胸が詰まる。
「あなたが――俺の――祖父、なのですか」
「ああ」
 老人は小さく肯定した。ゆっくり息を吸い込み、言葉を探している。
「恐らく、マリアは――君に何も知らせておらんのだな」
「今朝まで、自分に祖父がいたことさえ知りませんでしたよ」
 彼は、今まで疑問に思っていたことの核心を突こうとしている。そう悟ったノエルはわざと軽口を装った。老人は小さく笑う。
「そうか――未だ許してはくれんか……」
 沈んだ目が、寂しげに光った。
 再び沈黙が下りた。時計の針が進む音しか聞こえない。ノエルは辛抱強く、老人が口を開くのを待った。
「よく、聴きなさい」
 跳ねる心臓を抑えつけて耳を傾ける。老人はぽつりぽつりと話し出した。
「――我がガードナー家は、代々純血の、名門の家系だった。マリアは、私のひとり娘だった。妻は早くに病で亡くし、私も仕事で忙しくあまりかまってやれなんだが、それでも大事に育てたつもりだ。マリアはホグワーツを卒業した後、魔法省で働き出した。私は娘が誇らしかった。何も問題など、起こるはずがない。そう思っていた……しかし、ある日、マリアはひとりで子を産むと言い出した」
 それがお前だ、と言外に瞳が語った。言葉の間に挟まれる呼吸は、ヒュウヒュウと変な音をしていた。それでも老人は、ゆっくりと、静かに語った。
「父親は誰だと問い詰めても、口を割らず、真実薬を飲ませようとすれば、絶食する始末。……私は、お前の父親が、マグルなのか、混血なのか、純血なのかさえ――知らぬ。私は――マリアの将来を――いや、言い訳に過ぎぬが――そのために、子を養子に出そうと手続きをした。それがマリアに知れた時、娘は行方をくらました――絶縁状を、この私に叩きつけて」
 告げられた事実に、ノエルは黙るほかなかった。マリアは明るくて朗らかだが、一度決めたことは絶対に曲げない、とても頑固な性格だ。そうなるのは、必然だっただろう。
「魔法省の仕事で外国にいるのはわかっていた。その後、お前を連れてこの国へ戻っていたことも、住まいも調べさせて知っていた。が、こちらから連絡をとる気にはなれんかった。周りは、私がマリアを勘当したと思っていた――私にも意地があった――娘に、頭を垂れるなど――」
 苦々しく老人は自嘲する。
「しかし私はもう長くない……長くないのだ」
 確かに、老人は目の下の隈に死の影を落としていた。老人はブランキーに指示をし、封をした手紙を一通、持ってこさせた。
「これを」
 受け取ったノエルは、封に書かれた言葉を見て、息を飲んだ。
「私の、遺書だ」
 老人は平然と言った。
「そこには、お前に私の――ガードナーの遺産を、全て譲ると、記してある」
 とんでもない発言をする老人に、ノエルは静かに問うた。
「どうしてです?母は――」
「マリアは――受け取ってはくれぬだろうから……」
「いいんですか?俺はもしかしたら、純血じゃないのかもしれませんよ?」
 力ない言葉に、ノエルはわざと意地の悪いことを言った。それでも老人は反駁せず、ただじっと自分に良く似た面差しを見つめた。
「顔を見て、わかった。――お前は、私の、孫だ。良い、眼をしている」
 干からびた大きな手が、力なく空に弧を描いた。黙って屈む。老人の手は、ノエルの頬に触れた。
「それで、十分だ――」
 ――馬鹿だ。とても、馬鹿な人だ。ノエルはそう思った。意地を張らず、歩み寄ればよかったのに。マリアに手紙のひとつでもよこせば良かったのに。ただ、それだけのことをしなかってんために――十六年、いや、十七年も――たったひとりで、この広い屋敷に住んでいたなんて。挙句の果てに、ひとり寂しく果てようとしていたなんて。
「あなたは……愚かですね」
「……返す言葉もない」
「その頑固なところが、母とそっくりです――お祖父さん」
 祖父が衝撃を受けたかのように動きを止めた。
「それに、俺とも」
 微笑むと、目の前の瞳が潤んでいった。水分のないその手を取る。震えが収まるまで、ノエルはずっと祖父の手を握りしめていた。






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