24.OWL
 ワーズワースの連絡先を手に入れたものの、ノエルはすぐにそれを使おうとはしなかった。何故なら――OWL試験が迫ってきていたからである。五年生はほとんどみんな殺気を飛ばしながら教科書と睨めっこしているか、必死に杖と格闘しているか、情緒不安定になり泣き出してしまうか、保健室に運ばれるか――そのどれかで、ノエルも例外ではなく、寝不足の頭で数占い学の数式を暗記しようと上の空でいたところ、動く階段から滑り落ちてマダム・ポンフリーのお世話になった。
 しかしリリーとはすこぶる順調に交際が続いていた。リリーはOWLの重要性を理解していたので、一緒にいる時はほとんど勉強しているだけなのに、文句のひとつも言わなかった。
「絶対、埋め合わせはするから」
「もう、ノエルってば。いいのよ」
 真顔で言うノエルに、リリーは苦笑した。
「私だって来年のOWLの時には、ノエルみたいになってると思うもの」
「でもマグル学のわからないところ教えてもらってるし……ほら特に、パーソナルコンビュータとか、テクハイ……じゃない、ハイテク技術?の章なんか、本当に助かったよ」
「その代わり、魔法薬学はノエルが教えてくれるじゃない。それに……」
 リリーは悪戯そうな表情になり、ノエルの手に触れた。
「このブレスレット、プレゼントしてくれたでしょ?私とっても嬉しかったんだから。ううん、今でも嬉しい」
 そんな風に可愛く言われてしまうと、それ以上のものを贈りたくなるじゃないか。ノエルはリリーの頬に軽くキスしてその手を握り返した。
「じゃあさ。夏休みになったら、ふたりで何処か行こう」
 本音は、埋め合わせというより自分がそうしたいだけだった。リリーもキラキラと瞳を輝かせた。
「いいわね!マグル式で?」
「それもいいな。俺、映画館?だっけ、行ってみたいと思ってたんだ」
「私も映画好きよ。でも、映画って言っても色々あるわ。ラブストーリーとか、アクションとか……」
「リリーが見たいのでいいけど」
「一緒に楽しめるのにしましょうよ!ノエルは、そうね、アクションとか、謎解きのあるサスペンス系がいいかしら?どんな作品が上映されているか、季節によっても違うし……家に帰ったら一番に調べて手紙送るわね」
 こんな風に、これからの予定をリリーと立てている時がノエルの至福の時だった。
 リリーには言っていないが、マグル生まれで有名なリリーと付き合っていることは、全員というわけではないにしろ、やっぱりスリザリンの同級生たちにはあまり良く思われていなかった。時折ひどい侮辱まがいのジョークを飛ばしてくるものもいたし、アイリーンの件もあって特に女の子からは反感を買っているようだった。
 しかし、あのイースターのパーティー以来、ギルバート・ウィルクスは遠巻きにされている感のあるノエルによく話しかけてくるようになっていた。彼はおそらく、ノエルを例のグループの一員にしたいのだろう。自分がそこに加わることで何の利益がもたらされるのか、ノエルには理解できなかった。しかし彼もNEWT試験が迫っていたので、それほどしつこくはなく、まるで挨拶のような決まり文句になっていた。
 そうこうしているうちに六月になり、いよいよOWLがやってきた。
「試験は二週間に渡って行われる。午前中が筆記、午後が実技、そして天文学の実技のみ夜中に行うので注意するように。また、カンニングをしようとする生徒が毎年必ずいるのだが、高度な呪文で様々な防止対策を講じておるので、そのような無駄な行為は慎むように。万が一見つかれば厳罰に処するぞ――まあ、我がスリザリンにそのような愚か者はいないと信じているが」
 OWL前日、スラグホーンはスリザリン生にそのように説明した。しかしスリザリンにも愚か者はいるもので、例のグループが仲介となって、脳が刺激され記憶力が良くなる薬だとか魔力が一時的に増幅される薬が寮の中で売買されていた。
「馬鹿だよなあ」
 マイクロフトが笑った。
「あんなの、だいたいがドクシーの糞とか、良くてニガヨモギの粉末だぜ」
「だろうね」
 ノエルはニガヨモギの効能と形状を思い返しながら同意した。
「試験の秘訣なんて、前日によく寝ることと、集中すること、最後まで諦めないことの三つだけだと俺は思うね」
 まあ今年は俺、OWLでもNEWTでもないから、気が楽だけど。そんなことを言いながらもマイクロフトは天文学の星座図を杖でクルクルと回していた。
 そしてとうとう月曜日、OWLの初日の日になると、五年生の緊張はピークに達していた。この日は呪文学の筆記と実技だった。朝食もあまり喉を通らない者も多く、ノエルもブルーベリーパイひとつしか食べれなかった。そして九時を過ぎると、試験を受ける五年生や七年生で玄関ホールはいっぱいになった。それからまもなくしてクラスごとに呼ばれ、生徒たちはピリピリしながら大広間に入っていった。大広間は朝食の時のような長椅子とテーブルではなく、個別の小さな机と椅子が前を向いて並べられていた。ノエルは席に座り、マクゴナガルが号令するのを待った。
 大丈夫、呪文学は得意だし、たくさん復習した……。
「始め!」
 試験用紙をひっくり返す。ノエルはすべての問題に一通り目を通し、それから軽く深呼吸した。
 ――たぶん、全部、わかる。
 高揚感に胸が躍った。羽根ペンを持ち、ノエルは一問目から順番に解答を始めた。
 二時間後に試験が終わり、伸びをしてほっと一息つく。十九番目の「泡頭呪文の効果について示せ」の問題について何か記述し足りないような気がしたが、概ね思った通りに書き終えることができた。
 ひとりで素早く昼食をすませると(試験の間はリリーと一緒に昼食をとることはしないようにすると前々から決めていた)、ノエルは若干苦手な呪文をいくつか練習して、午後の実技に臨んだ。
 ノエルの試験官は腰の曲がった小柄な魔女だった。祖父母を知らないノエルは、おばあちゃんっていたらこんな感じなのかな?そう思い、目が合うと思わずニッコリ笑った。
「よろしくお願いします」
「礼儀正しい子は好きだよ。ガードナー、だね?では早速このカエルをピンク色に変えておくれ」
 全体としてなかなかよくできた、というのがノエルの自己分析だった。「変色呪文」に続いて「退化呪文」でカエルをオタマジャクシにすることに成功し、さらに「増やし呪文」で百匹のオタマジャクシを作り出すと、試験官の魔女は「こりゃすごい!」とニッコリ笑顔になった。
 こんな調子で変身術や魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術、薬草学、魔法生物飼育学、数占い学、マグル学、魔法史と次々に試験が行われていった。ノエルは多めに授業を選択している方だったので、試験の最終日、魔法史が終わった時には精も魂も尽き果てていた。
「大丈夫かー?」
 湖畔でひとり仰向けになりながらぐったりしていると、マイクロフトとリリーがやってきた。
「お疲れ様、ノエル。どうだった?」
「悪くは……ないと思う。少なくとも全部合格している自信はある……けどさすがに疲れた」
「お前ってやつは、謙虚なんだか自信家なんだかわからないな」
 マイクロフトが豪快に笑う。リリーも「本当ね」と同意して笑った。
「リリー……は、もうとっくに試験終わってるんだよな」
「ええ」
「お疲れ様」
「ノエルが教えてくれたから、きっと良い点が取れてると思うわ」
「またまた。ノエルがいてもいなくても優秀なくせに」
「ノエルがいたからもっと頑張れたのよ!」
 思わずフッと口元が緩む。ノエルは寝っ転がったまま、リリーに向けて腕を伸ばした。
「病名、リリー欠乏症」
 ぼそりと言うと、マイクロフトがまた笑い、リリーが頬を染めた。
「じゃ、俺行くわ。お邪魔しちゃ悪いし」
「マイク!」
「またな、マイク」
「おう。頑張れ、リリー」
 そう言って親友は軽い足取りで城へ歩いていった。その気配がなくなると、ノエルはそのままの体勢でもう一度リリーに腕を伸ばした。
「……治療法、リリーの投与」
「もう、ノエルったら!」
 笑いながらリリーが腕の中に飛び込んできた。長い赤毛の、良い匂いがした。ぎゅっと抱きしめながら、ノエルは安堵の息をつく。
「……夏休み、楽しみね」
 弾んだ声のリリーに、ノエルの心も浮き立った。鼻孔をくすぐる香りに、ノエルはあることを思いついた。
「――百合を、見に行こうか」
「え?」
「夏休み。ちょうど季節だろ?もちろん、マグル計画も実行するけど。一緒に、君の名前の花が咲いているところ、見に行こうよ」
 何でそんなことを言い出したのか、ノエルは自分でもよくわからなかった。とにかく、リリーの喜ぶようなことをしてあげたかったのかもしれない。しかしそんな動機なんて結局どうでもよくなってしまった――リリーの微笑みが、あまりにも美しいものだったから。






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