22.The Slug Party

 スラグホーンの部屋に続く廊下には、すでに賑やかな音が響いていた。目的地に辿り着いたふたりは少しばかり驚いた。スラグホーンの部屋はいつもより大きくなっており、金、緑、青、黒とホグワーツの四寮のシンボルカラーがストライプ状になって天井を覆っている。部屋のあちこちには大きなイースター・エッグが置かれ、特に中央にある一際巨大なイースター・エッグは透明な卵の中に本物の妖精を閉じ込めてあり、色とりどりの光が反射していた。
「おお、リリー!ノエル!」
 ふたりの姿を見つけたスラグホーンが、巨大な体躯をのっしのっしと揺すって近づいてきた。
「お招き頂きありがとうございます。先生」
 リリーがにっこり笑うと、スラグホーンは差し出された手にキスをした。
「おお、綺麗じゃ。素晴らしい!本物の妖精も君の魅力の前に霞むのう!」
「こんばんは、先生」
 ノエルは手の甲へのキスにもちょっとした苛立ちを感じていたが、そんなことをおくびにも出さず挨拶した。
「ノエル、まさか君がリリーを連れてくるとは思わなんだよ。まったく、まったく!いやしかし君もさすがマリアの息子だね、見違えたよ!君は普段からもちっと格好つけるべきではないかね?うん?」
 余計なお世話だ。
「僕の魅力は彼女が知っていてくれれば、それで十分なんです」
 リリーに負けないくらいにっこりと笑うと、スラグホーンは高らかに笑った。
「いやいや、これはこれは!一本取られたようだ――こちらに来なさい、君たちにぜひ紹介したい人がいる」
 くるりとスラグホーンが後ろを向いた隙に、リリーの手の甲を自分のローブに擦りつける。リリーはちょっと呆れたように眉を動かしたが、気にしない。
「こちらだ」 
 ふたりは奥の方のテーブルに案内された。そこには明らかにホグワーツの生徒ではない魔法使いたちが何人かで盛り上がっていた。すでに大分お酒を召しているらしい。
「ホラス、可愛い生徒たちだね!君のお気に入りかい?」
「ああそうだ。紹介しよう、ノエル・ガードナーとリリー・エヴァンズだ。ノエル、リリー、こちらは聖マンゴの理事を勤めるダニエル・ジンデル。隣はマイケル・クローム。魔法製薬の社長だ。リリーは魔法薬学に素晴らしい才能を持っているのだよ――こちらは有名な歌手のイヴリン・レイヴンズクロフト。ほら、『魔女に捧げられたバラード』を君たちも聞いたことあるだろう?アリアドニ・ハーティガンも知ってるね?いくつも作品を書いてる――」
 次々に紹介される魔法使いたちの顔と名前を一致させるのは一苦労だった。だが最後に顔を見た人物はノエルに奇妙な印象を与えた。灰色の髪にダーク・グレーのローブ。その装いは何処か気品があり、育ちの良さを窺わせたが――。
「ああ、そして彼は、魔法省の魔法法執行部――正確に言うとウィゼンガモット最高裁事務局副局長のアゼルバート・ワーズワースだ」
 目が合った。その瞳は驚愕に見開いていた。どうしてそんなに驚くことがあるのだろう?ノエルは不審に思いながら手を差し出した。握手を交わしながらも、ワーズワースはノエルから目を離さなかった。
「……母親に似たようだね」
「母を、ご存知ですか」
 だからか、とノエルは納得した。実際、ノエルとマリアは髪質を除けばよく似ていた。しかし、それにしても先程受けた奇妙な印象は何だったのだろう。
「ああ。マリアは魔法法執行部にいた頃の部下でね。優秀だった。惜しかったよ。突然、移動を願い出たのには驚かされたが――」
 今度はノエルが驚く番だった。
「母が執行部に?」
「おや、初耳かい?」
 初耳だった。執行部にいたことも、移動を願い出たということも。ノエルはてっきり、マリアは今の部署――国際魔法協力部にずっと勤めているものだとばかり思っていた。
「時に、君はいくつになる?」
「十六ですが」
「ほう……なるほど、なるほど……そういうことだったのか……」
 自分だけで納得されるのは好きではない。質問の意図を探ってその瞳を射抜くと、ワーズワースは温度のない笑みを浮かべた。
「それならば君が知らないのも無理はない。君の生まれる前の話だ……」
 ノエルはワーズワースの言動に違和感を覚えたが、それが何なのか言葉にすることはできなかった。何だか発言すべてに含みがあるように思えるのは、錯覚だろうか?
「ぜひノエルも、そこの可愛らしいお嬢さんも――リリーと言ったかな?魔法省に来るといい。きっとやりがいのある仕事が見つかるだろう」
「選択肢の一つとして考えてみます」
 強張った微笑みを浮かべてリリーが答えた。
「アゼル、君ばっかりが独占しちゃいかん――ほら、ふたりとも、こちらに来なさい」
 スラグホーンが割って入ってきた。少し顔が赤い。引っ張られるようにしてふたりは他の魔法使いたちとの会話に参加させられた。当たり障りのない会話を無難にこなした――去年の魔法レコード大賞の正否についてとか、ゴブリン決起についてとか――そんな話題だった。
 結局、スラグホーンから解放された頃には――それはフランク・ロングボトムとそのパートナーという新たな犠牲者がやって来たからなのだが――ふたりはすっかり気疲れしてしまっていた。
「あー、リリー、大丈夫?」
「ええ、まあ、体力的には」
 部屋の片隅で一息つく。するとノエルは急激に空腹感を覚えた。
「何か食べ物取ってくるよ。君は何がいい?」
「ありがとう、おまかせするわ。あ、甘いものがあると嬉しい」
「了解」
 テーブルには、色とりどりのお菓子や食べ物が置かれていた。ホットクロスバンはもちろん、色とりどりの湯で卵に、ローストラム、パイ、ケーキやクッキー、デザートがわんさか。イギリスの料理ではないものまで混ざっている。どれにしようかとこっそり舌舐めずりした時、背後から声をかけられた。
「ガードナー、来ていたのか」
 立っていたはスリザリンの七年生、ギルバート・ウィルクスだった。あまり親しくはないが、顔くらいは知っている。そしてスリザリンでも怪しいクラブに籍を置いていることも。
「こんばんは、ミスター・ウィルクス。ひとりなのか?」
「ああ、パートナーはレイヴンズクロフトのファンでね。さっきから彼女にひっついているんだ」
 そう言ってウィルクスはスラグホーンたちがいるテーブルをちらりと見た。
「しかし、お前が『穢れた血』を連れて来るとはな」
「ミスター・ウィルクス、俺はその言葉が嫌いなんだ。せめてこの会場にいる間は遠慮してくれないか」
「何故?君だって純血だろう?」
「だからって純血の魔法使い全員が君と同じ考えを持っているわけじゃない」
 こういう風にノエルがスリザリン生に向かって反論するのは珍しいことだった。リリーの影響だろうか。
「――血を裏切るのか?」
 凄みのある一言だった。ノエルは一瞬、ひやりとした。「血を裏切るのか」それはつまり「敵に回るのか」と同義だ。肯定すれば、スリザリンで何をされるかわかったものじゃない。
「……そういうわけじゃ、ない」
「まあ、いい」
 ウィルクスはじっとノエルを見つめた。
「ノエル、君には以前から興味があった――」
 急に呼び方が変わり、ウィルクスはノエルに顔を近づけてきた。青い瞳がギラギラと燃えている。
「純血で優秀で、その癖集団というものに属そうとしない。その孤高の在り方は、尊敬に値する。我々のクラブにいつでも見学に来たまえ。我々は純血を歓迎する――その思想も、新たな境地を見つければ変わるだろう――そう、きっと良い方に」
 遠慮します、と返答しようとした時にはウィルクスは背を向けていた。その向こうには、レギュラス・ブラックの姿があった。一瞬だけ視線が交錯したが、ウィルクスが話しかけるとレギュラスはこちらを見なくなった。ノエルはほっと安堵の息を漏らし、テーブルに手をついた。
「遅かったわね」
 戻ってくるとリリーがほんの少しとろんとした目つきで待っていた。どうやら、少し酔っているようだ。
「ごめん。――ほら、鳥の巣ケーキ」
「あら、おいしそう。……でも、その名前が頂けないわね」
「鳥の巣頭のクィディッチ馬鹿のせいで?」
 リリーとノエルは声をあげて笑った。
 それからふたりはまっとうにパーティーを楽しんだ。スラグホーンが催した「卵探し」は、少し子供じみていたが卵の仕掛けが魔法で作られていたのでなかなか面白いものだった。ノエルとリリーは二位で、商品としてハニーデュークスのお菓子一箱分が与えられた。
 また、リリーに紹介されたフランク・ロングボトムやアリス・スチュワートは好感が持てる人物だったし、他にも知り合った何人かは友好的な態度だった。やがてお開きになろうという最後の時刻には、イヴリン・レイヴンズクロフトがその美声を生歌で聴かせてくれたので、招待客は皆うっとりとした心地で帰路に着こうとしていた。
「ノエル」
 振り向くと、そこにはワーズワースがいた。ノエルはひとりだった。リリーはフランクとアリスと話し込んでいるところだった。
「今日は楽しかったね。マリアによろしく伝えてくれないか」
「ええ」
 ワーズワースは穏やかに微笑んだ。そしてすっと近づくと、耳元で囁いた。
「君は本当にマリアに似ている――けれど、その瞳は、父親譲りだね。きっと」
 ノエルは硬直した。その様子を見て、ワーズワースは満足そうに口元を緩めた。
「では、お休み。――ああ、リリーも。お休み」
 駆け寄ってきたリリーにそう告げると、ワーズワースは暖炉の方に向かって消えていった。煙突飛行で帰るのだろう。
「お休みなさい、ワーズワースさん!――あら、ノエル、どうかしたの?……ねえ、真っ青よ!大丈夫!?」
 今、ノエルにはリリーの言葉が届いていなかった。ただワーズワースの最後の言葉だけが頭に鳴り響く。
 ――その瞳は、父親譲りだね。
 それはノエルにとって、まさに青天の霹靂だった。





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