21.The Fairy

 四月になり、イースター休暇がやって来た。ノエルは休暇に入る前にOWLの模擬テストを受け、返ってきたその結果に満足していた。これを基に進路相談が行われるのだ。ひとまず文句は言われないだろう。
 同時に、ノエルはスラグ・クラブのパーティーの招待状も受け取っていた。休暇中の土曜の晩だ。ドレスコードは指定されていなかったので、自分の服のサイズを添えてマリアに頼んだところ、黒を基調にシルバーとパープルのラインが入った襟詰めのドレスローブが送られてきた。カッチリとした印象で、生地も悪くない。ただし、マリアにこれを着た当日の写真を送らないといけないらしい。ノエルはマイクロフトに頼み込んで、魔法のカメラを貸してもらうことになった。
「ねぇ、どうしても駄目?」
「駄目よ」
 ノエルは恨みがましい目でリリーを見た。パーティー当日、大広間で一緒に食事をしている時のことだった。このところ座る席は当然のようにグリフィンドールの端と決まっていた。
「俺のローブの色だけ聞いておいて、何かずるい……」
「だってあなたのドレスローブと色を合わせるのに知っておかなきゃならないでしょう?当日のお楽しみにしておいて」 
 何度訊いてもリリーはどんなドレスローブを着てくるのか教えてくれなかった。ぼそりと「けち」と呟くと、リリーが指でノエルの太ももを弾いた。
「やあ」
 正面にリーマスが立っていた。このところ、目立たなくはあったがノエルとリーマスの関係は友人同士のそれに近くなっていた。
「ひょっとして今の、スラグ・パーティーの話?」
「ええ、そうよルーピン。……珍しいわね、お仲間は?」
「休暇だからね、まだ寝てる。で、行くのかい?ノエル」
 ノエルはリーマスに席に座るよう促し、彼は二人の向かいの席に落ちついた。
「ああ。あんまり気乗りしないけど……」
「でもエヴァンズのドレスローブ姿は見たいって?」
「……まあね」
 リーマスは鳶色の髪を揺らしてくすくす笑った。たぶん隣のリリーが真っ赤になっているのだろう。ノエルもつられてにやりと笑う。
「僕は行ったことないんだけど、どういうメンバーなんだい?」
「俺もずいぶん前に一度だけしか行ってないから、詳しくは知らないんだ。ああ、リリーは常連なんだろう?」
 湯で蛸のようなリリーに話を振ると、彼女はコホンと咳払いしてから説明した。
「ええと……そうね、七年生はロングボトムとウィルクス。六年生のスキャマンダー。あと、三年生のレギュラス・ブラックとか……他にもまだ何人かいるわ」
「……覚えられるかな、俺」
 ノエルは遠い目で虚空を見つめた。
「大丈夫よ!そんなに難しいことじゃないわ……あら、私もう行かないと」
 リリーは時計を見て立ちあがった。
「それじゃあ、ノエル。約束の時間にね!」
「ああ。楽しみにしてる」
 自然と口元が緩んだ。リリーがいつになく嬉しそうに去って行く。リーマスが不思議そうにそれを見ていた。ノエルはスライスマッシュルームをパクリと呑みこんでからその疑問に答えた。
「今からパーティーの支度するんだってさ」
「えっ、でもパーティーは夜だよね?」
「何でも女の支度は時間がかかるらしい」
 リーマスは絶句した。たぶん、考えていることはノエルと一緒だろう――女ってよくわからない。
 食事を終えた後、ノエルはリーマスに別れを告げて自室に戻った。リリーと違って、支度は早くても一時間前からすればいいだろう。天文学の教科書と睨めっこしたり、変身術の呪文を唱えてみたり、息抜きに「四つの署名」を読み直したりしているうちに時間は進み、ようやくドレスローブを引っ張り出す時間になった。幸いルームメイトはみんな出払っていたのでひやかされる心配はない。少々くすぐったく思いながら新しい生地に袖を通し、部屋にひとつだけある姿見の前で確認する。うん、丈も問題ないし、後は――髪だ。ノエルは鏡の前で自分の黒髪を摘まんでみた。フォーマルにセットすべきかどうか悩んで、洗面所に移動する。さすがにいつものままでは駄目だろう。櫛で梳かしてから、また悩んだ挙句、ガチガチ・バッチリ・スプレーと妖精の粉ワックス男性用を手に試行錯誤を繰り返した。何とか満足できる仕上がりになった時には、もう約束の十五分前だった。
 ――リリーはどんな格好になっているんだろう。
 ノエルは期待に胸躍らせながら部屋を出て寮の階段を上がった。談話室に降りると、視線が一気に集まるのを感じた。それはそうだ、今回招かれているのはごく少数の生徒なのだから。ノエルは同級生に掴まり、口々に賞賛の言葉をもらったが、お礼もそこそこに談話室を出た。
 本当は大広間で待ち合わせる予定だったが、ノエルはちょっとしたサプライズを提供しようと思い、さらに階段を上がった。グリフィンドール寮の前に着くと、ちょうど約束の時間だった。ノエルは階段の手すりに身体を預け、腕を組んでパートナーを待った。出たり入ったりするグリフィンドール生がチラチラとノエルを見ていく。時々黄色い声とノエルの容姿を囁く声が飛んできて、どうにも落ちつかない。
 まだかな――時計を確認しようとすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あなたなんかに見せるために着たんじゃないわ――どいて!」
 扉が開いて、リリーが姿を見せた。駆け下りてきた彼女を見てノエルは息が止まった。
「ノエル!? ここまで迎えに来てくれたの?――ごめんなさい!待たせちゃって――」
 リリーが着ていたのは真っ白なドレスローブだった。胸元や袖のところに繊細なレースが縁取ってあり、さらに紫の刺繍がところどころしてあった。燃えるような赤毛は緩やかにまとめてあり、彼女の名前を冠した花が髪飾りになっている。そして上気した顔は、いつもとはまったく違った化粧を施されていて、とても華やかで――美しかった。その姿は、まるで――。
「――妖精みたいだ」
 ノエルは思わずそう口にした。もちろん屋敷しもべ妖精とかそんなのではなく、一般的なマグルが想像する妖精を指して言ったのだ――今のリリーに実はヴィーラだと言われたら疑うことなく信じてしまうだろう。
「あ、ありがとう」
 リリーもまたいつもとは雰囲気の違うノエルを見て緑の目を大きくしている。その瞳に見つめられると、言葉がなかなか出てこない。ふたりはしばらく互いにもじもじとして、見つめ合ったり咳払いをしていた。
「……とても綺麗だ。何ていうか……言葉にならないくらい」
「あ、あなたも、とっても素敵よ」
 ノエルが片手を差し出すと、リリーははにかみながらその手を取った。その手首にはノエルの贈ったブレスレットがはめられていて、銀細工の蝶がキラキラと舞っていた。






prev next
top
bkm


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -