20.Spring Has Come

 三日過ぎると、バーサ・ジョーキンズのおかげで、グリフィンドールのリリー・エヴァンズがスリザリンのノエル・ガードナーと付き合っているという噂はもう周知の事実になっていた。同室のカーティスにはねちねち嫌味を言われたし、談話室で野次を飛ばされたりした。アイリーンの周りの子たちが非難しに来たこともあったが、ノエルはまったく気にしなかった。交際を隠すなんて考えてもみなかった――たかが寮が違うというだけでそんなことをするなんて、馬鹿馬鹿しい。
 しかし、唯一気になるのはバーサから聞いたセブルス・スネイプのことだった。本当に、バーサの言った通り、彼はリリーを好きなのだろうか?彼の姿を見かけると、つい目で追ってしまう。
 よく観察してみると、彼はスリザリンでも最も怪しげなグループに所属していた。それはつまり、純血至上主義者、マグル排斥主義者たちの集まりだ。まとめ役のウィルクス、弟の方のブラック、その親戚のロジエール、やたらに饒舌なエイブリー、すぐいざこざを起こすマルシベール――あの連中と何やら怪しげな会合を開き、闇の魔術を勉強している姿を何度か見た。
 その中でもセブルス・スネイプは、あまり楽しそうにしているようには見られなかった。彼はものも言わず、ギラギラとした瞳で本に没頭しているのが常だった。その姿は――何かに飢えた獣のようだとノエルは思った。
「君とセブルスが幼馴染って、本当?」
 放課後、図書館で勉強が一息ついた時に尋ねてみた。リリーはアーモンド型の瞳をぱっちりとさせ、「ええ」と短く肯定した。
「誰から聞いたの?」
「この前、バーサ・ジョーキンズから」
「またあの人」
 リリーはふーっとため息をついた。それから机の上に身を乗り出し、正面のノエルににじり寄ってくる。
「いい?ノエル。あの人は人と人とのあいだに波風を立てることが趣味なの。確かにセブルスとは幼馴染で友達よ。何を聞いたか知らないけど、やましいことはひとつも――」
「そんなことちっとも考えちゃいないさ。だって、君は僕が好きだろう?」
 至近距離でさらりと言ってやると、リリーの頬が色味を増した。
「もう――ノエルったら……」
「それとも……妬いてほしかった?」
 低く囁く。我ながら自惚れた台詞だ。けれども、リリーが期待通りの、いや期待以上の反応をしてくれるから悪いのだ。今回も可愛らしい顔をりんごのようにしてふくれている。
「そんなわけ……そんなの、おかしいわ……もう……」
 こんな風な会話をするようになってから、ノエルは初めて好きな子に悪戯をしたい少年の心理がわかるようになった。ちょっとだけ意地悪をして、その自分の行為のせいで赤くなったりする相手を見たいのだ。今のノエルがまさにそうしているように。
 ――とは言っても、ポッターのはやり過ぎだけれどな。
「何?」
「何でもない」
 そう、セブルスがどうあれポッターがどうあれ、結局は関係ない。リリーは、他の誰でもなく、俺のことを想っていてくれるのだから。その自信が、ノエルを幸福な自惚れ屋にさせていた。
 ちなみにポッターは、ノエルと廊下で顔を合わせても噛みついてくることをしなくなった。兄の方のブラックはちらりと視線をよこしてくるが、ポッターはノエルを完全に無視していた。逆にペティグリューは興味津津といった様子で見つめてきて、そしていつも後ろのリーマスが小さく手を振ってくれる。よく考えてみると妙な関係だ。
 そしてアイリーンの方はというと、これもまた彼女の方が徹底的にノエルを避けているのだった。ノエルはこのまま彼女が自分のことを忘れてくれればそれが一番いいと思った。
 ノエルとリリーは昼休みを共に過ごし、放課後もほぼ毎日一緒に図書館で勉強した。ノエルはOWL対策の山のような課題に必死だったし、リリーもそれをわかっていて邪魔をするようなことはなかった。その代わり、イースター休暇の例のパーティーには思いっきり楽しもうと約束していた。ノエルはドレスローブ姿のリリーをエスコートするという楽しみを当日満喫するため、日々勉強に励んだ。
「ノエル、あなたそんなに勉強して、一体何になるつもりなの?」
 三月も半ばを過ぎたある日、リリーが訊いた。
「うーん……実は特に決まってないんだ」
「そうなの?てっきり闇祓いか何かの難しい職業に就きたいのかと思ってたわ」
「闇祓いか――カッコイイけど、俺の性格に合ってないと思うな」
「確かに」
 リリーが笑った。薬草学の模擬試験の添削を一旦中断して、ノエルは考える。
「まだ決まってないからこそ、何にでもなれるように、取りあえず全部の科目で良い成績を取りたい。それじゃ駄目かな?」
「私は良いと思うわ。だけど――進路相談っていうのがあるんでしょう?スラグホーンに何て言うつもり?」
「今言ったことをそのまま言うよ。まあ、だけど――予想だけど、奨められるんじゃないかなって思ってる職場はある」
「何をするところ?」
「母親の職場――魔法省さ。母はスラグホーンのお気に入りだったらしいから」
 実はそれも悪くないかと思っている。役人なら生活は安定しているし、生き生きと働いているマリアのことは尊敬していた。
「ノエルが役人?――それもイメージが違うわね」
「そうかな?じゃあ君なら何を奨める?」
「そうね……」
 リリーは腕組みして真面目に考え込んだ。ノエルは羽根ペンをくるくる回しながらその様子を面白そうに窺う。
「推理小説が好きだから、作家とか、ジャーナリスト、新聞記者なんてどうかしら?あ、でも謎とか冒険が好きなら、グリンゴッツの呪い破りなんて向いているんじゃない?」
 リリーが提案してきた案は、ノエルが今まで考えたことがないものばかりだった。新鮮な意見にノエルは目からうろこが落ちた気分だった。
「へえ……そういう考え方もあったんだ」
「もう!あなたはもうちょっと自分自身について興味を持つべきよ」
 何故かリリーが憤慨している。どうしてだろう?でも――確かに。ノエルは思った。俺は俺について、あえてあまり考えないようにしている部分がある。それをリリーは無意識に見抜いているのだろう。
 ――でも、触れられたくないことは誰にだってあるだろう?
「貴重な意見をありがとう、リリー」
 にっこりと微笑み、ノエルはまた添削を開始した。そんなことより、今はリリーのドレスロープ姿を見るため、頑張らなければ。






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