19.Bartha Jorkins's Warning

 午後の最後の授業が終わると、ノエルは図書館へ向かった。本当はリリーに会って午前中のことが夢ではないことを証明してほしかったのだが、会ってしまったら罰則のことを忘れてしまうかもしれないと考えたのだ。司書のマダム・オリヴァに声をかけると、すぐに掃除用具を渡された。
「スラグホーン先生から聞いています。けれど、いいですか、たかが掃除と侮っているとうっかり一生本と離れられなくなったりしますからね。決して本の中身は見ないように」 
 何度も念を押されて、ようやく目的の場所に向かう。誰もいる様子がない。当然だ、ここの本を見るのためには教授の許可がいるのだから。そしてたいていの生徒がそこまでして見たい本は禁書の中にはない。ノエルもこの場所に立ち入るのは初めてだった。
 ロープで区切られたその内側に足を踏み入れると、空気がいくらか重くなったように感じた。やけに大きな黒い本、血の染みらしきものがついている本、口のようなものがついている本――様々なものがあった。
 特別仕様の推理小説とかないかな――ないよな。ため息をついてハタキを握り、ノエルは掃除を開始した。
「へーえ、例の決闘の罰則?」
 一時間ほどして大分片付いた頃、床を磨いているノエルの視界に影がさした。見ると、レイブンクローのバーサ・ジョーキンズだった――ノエルはゲーッと心の中で呻いた。学年も寮も違う何の接点もない彼女とどうして面識があるのかというと、それはただ彼女が無類の噂好きで、誰かれ構わず話を聞いて回り、ノエルも何度かその対象になっていたからだ。まったく、彼女はタブロイドの新聞記者になるといい。だが図書館で会うのには最悪な相手だ。
「そうですよ。何か?」
 うんざりしながら言うと、バーサはグフフと不気味な笑みを浮かべた。
「見ちゃった。今日、あんたエヴァンズとキスしてたでしょ」
 思わずカッと頬が熱くなる。見てたのか、こいつ!あんな場所にあんな時間に来る物好きなんてそうそういない。きっと後をつけてきたんだろう――まったく!
「大広間でプレスコットとあんだけ熱烈なのかましてた後に、よくもまあ、ねえ。あ、でもあっちは惚れ薬飲まされてたんだって?色男は大変だ」
 ――相手にしなければいい。ベラベラしゃべり続ける彼女を無視して冷たく言う。
「用がないのなら、帰ってくれませんか」
「で、本命はやっぱりエヴァンズ?付き合ってるの?」
 女性にはすべからく優しくすべし。そのモットーが瓦解しそうだ。
「――こんなことに時間を使っていいんですか、ミス・ジョーキンズ。あなたもNEWT試験があるでしょう」
「やっぱりエヴァンズかあ。なら昨日ポッターと決闘してた理由はやっぱりエヴァンズなわけだ。フ、こりゃ面白いわー」
「いい加減に――」
「セブルス・スネイプに気をつけなさいよ」
「はあ?」
 思わぬ人物の名にノエルは思わず品のない声を上げた。
「あんたと同じスリザリンの根暗男。エヴァンズの幼馴染で、彼女のこととっても愛しちゃってるんだから!」
 リリーのことを好きな男は何人もいるだろう。そう漠然と思っていた。だがノエルに挑みかかってくるのはポッターくらいのものだった。それが――。
「……セブルスが?」
「あーら、やっぱり初耳だったのね。私ってばいい奴」
 バーサは上機嫌にくるりと一回転し、またグフフと笑った。
「とにかく、そーいうことだから。あ、あたしってば意外と頭の出来悪くないの。心配しなくていいわ。じゃあね、ノエル。根暗に気をつけなさいよ!あいつ、キレると何するかわからないタイプだわ!」
 笑いながら去っていく彼女をノエルは無表情で見送った。
「ノエル?」
 鈴を転がすような声がした。顔を見なくてもわかる。リリーだ。彼女は本と羊皮紙がいっぱいつまったかばんを両手で抱えて立っていた。
「マイクが教えてくれたの。ここだって」
「そっか」
 わざわざ来てくれたのか。ノエルは膨らむ気持ちを何とか抑えながら微笑んだ。 
「さっき、誰かと話してたみたいだけど――」
「ああ……」
 あの鬱陶しさを思い出して苦笑した。
「バーサ・ジョーキンズさ。あの無類の噂好きの」
「友達だったの?」
 目を丸くするリリーに手をぶんぶんと横に振って否定する。
「まさか。一方的に質問攻めさ。全部勝手に確定されてたけどね。色々訊かれたよ。昨日の決闘のこととか――君と付き合ってるのか、とか」
 そう言うと、リリーの頬がピンク色になった。じっと目が合う。
「……何て、答えたの?」
 恥ずかしそうに尋ねるリリーの手を取り、自分の頬に当てた。
「答える必要がある?」
 そして手の甲に口付けると、リリーはあたふたとし始めた。くすくすと笑うが、手は離さない。
 ――どうやら、ここのところ色々ありすぎたせいで、妙に肝が据わってしまったらしい。ちょっと前までは勇気を振り絞らないと出てこなかった台詞が、自然と言えてしまう。
「……そうだ。聞いてほしいことがあるんだけど」
 ノエルはリリーの白い手を触りながら言った。
「スラグホーンの罰則は、ここの掃除だけじゃなかったんだ」
「え?」
「そして問題なのは、そっちの方が気が進まないってことなんだけど」
 ノエルはコホンと咳払いしてから、勿体ぶって告げた。 
「実は、スラグ・クラブのパーティに誘われたんだ。――パートナーを連れて来いって言われた」
 その意味するところを目で訴える。するとリリーは悪戯っぽく笑った。 
「じゃあ、もっと紳士っぽく、頼んで」
 ノエルもにやりと口角を上げ、その提案に乗った。
「お嬢さん、私とパーティーに行ってくれませんか?」
「ううん、もうちょっと」
「お嬢さん、私のパートナーになってくださいませんか?」
「もう少し!」
 いつかもこんなやり取りをしたっけ――記憶を手繰りながら、ノエルは片手を自分の腰の後ろに回し、もう片方の手をリリーと繋いだまま、お辞儀をして見せた。
「お嬢さん、私のお相手をお願いできませんか?」
「良いわ!喜んで――」
 カツカツと靴音が響いた。ふたりはパッと手を離し、ノエルの方は掃除しているふりをした。
 幸い、靴音の主はマダム・オリヴァではなく生徒だった。禁書の棚から三番目の棚のところで止まり、目的の本を見つけたのかそれ以上進むことなく元来た方へと戻って行った。
 ――ああ、いけない。ほとんど終わりとはいえ、まだ掃除の途中だった。
「びっくりしたわ」
「俺も」
 互いに顔を見合わせてくすくす笑う。
「でも本当にもう終わりなんだ。借りた道具返してくるよ。その後で、もしよろしければ、夕食をご一緒させて頂く光栄を私に与えてくれませんか、お嬢さん?」
「喜んで」
 差し出した手に、リリーの白い手が重なった。遠慮がちに指を絡める。するとリリーの顔がノエルの肩に傾けられた。
「私、今、すっごく幸せ」
「……そう思ってるのは、君だけじゃないよ」
 ノエルも蕩けそうな幸せに浸った。おかげで先ほどのバーサの警告まがいの台詞は、すっかり頭の中から抜け落ちてしまっていた。






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