17.Confession of Love

 ノエルはホグワーツの廊下を走った。リリー・エヴァンズを探して走った。
 走れば走るほど脳内が冴え渡る。薬を盛られていたとはいえ、とんでもないことをしてしまった――たぶん、彼女はとても傷ついたはずた。
 しかし、そこで我に返る。
 「彼女が傷ついたはず」?何故?――それは、己の自惚れに過ぎないのではないか?
 それとも――あれを見て、大広間から逃げ出したというのなら――それは自惚れを証明する、ひとつの要素だと、期待してもいいのだろうか?
 初めて会った時、中庭で話した時、図書館で宿題していた時。クリスマスの贈り物、ホグズミードでの笑顔、夕焼けの中の意味深な言葉。そしてグリフィンドール塔の前で、閉じられた瞼を縁取る長い睫毛――。
 鼓動は高鳴り、自惚れはますます深まる。
 ――リリーはたぶん、あそこにいる。
 中庭を抜け、時計台を過ぎ、さらにノエルは走った。寒さで吐き出す息は白い。普段激しい運動をしないからあっという間に息切れする。けれども、彼は走り続けた。
 そして見つけた。薄衣の氷が張る湖の、そのほとりの大樹。その下に、赤毛の少女が身を抱えて座っていた。
 足を止め、ぜいぜいと息を切らして格好悪いのを何とかやめようとする。深く息を吸い込むと、ノエルは彼女の後ろに立った。
「リリー」
 優しく呼びかける。しかし顔を上げる様子はない。ノエルはそっと自分のマントをかけてやった。無断でリリーの隣に座り込むと、わずかにその身体がびくっと反応した。
「返事してくれないんじゃ、これはただの独り言だな」
 苦笑して前を向く。両手で顔を包んで、息を吐きかける。思わず「うお、寒い」と呟くと、また少しリリーが動いた。
「惚れ薬――盛られたなんて、やっぱり言い訳にしかならないよなあ」
 その言葉に、ゆっくりとリリーが顔を上げた。頬には筋が入り、緑の瞳が赤くなってしまっている。その表情は、ノエルの期待を加速させた。
「ああ、これは独り言だからね。それと、左の頬のことは気にしないでいいから」
 リリーの顔を見て微笑み、ノエルは続けた。
「アイリーンには、かなり前から好かれているのわかってた。でも、俺は断ってた」
 石を探して湖に投げ込む。氷はびくともしない。
「理由は何だってよく訊かれたな。でも、答えられなかった。確かに、アイリーンは可愛いし、付き合うには申し分ない相手だったと思うよ。だけど――女々しいかもしれないけど、俺は付き合うのなら、ちゃんと自分から好きになった人じゃないと嫌だったんだ。それに、正直にそう言って、傷つけるのが怖かったんだ――そしてその甘さが、彼女にずるずると期待を待たせる結果になった。そして、たぶん、別の女の子も傷つけた」
 足元にある石を集める。風に吹かれて、頬がひりひりと痛んだ。
「傷つけた、って考えることがそもそも傲慢なんだけど。でも、間違ってないと思う」
 そしてノエルはリリーの顔を覗き込んだ。
「ごめん」
「……独り言、なんでしょ?」
 リリーは掠れた声で言った。
「うん。独り言」
 ノエルはにっこり笑ってまた石を放り投げた。リリーはじっとノエルを見つめていた。
「――いつからだろうって考えてみたんだ。でもどれもいまいちピンとこなくてさ。だから、たぶん、初めて会った時からなんだと思う。気がついたのは最近なんだけど」
 何を言おうとしているのか、ノエルは自分でもわからなくなってきた。でも、話しているのはすべて正直な気持ちだった。思いつくまま、話を続ける。
「ここで寝っ転がりながら読書してたら、その子の声が聞こえてきたんだ。すごい喧嘩してて。うるさいなあ、なんて思いながら引きあげようとしたら――」
「大イカが怒って水浸し」
 やっとリリーが笑ってくれた。
「ここからは、独り言じゃなくて会話にしない?」
「オーケー。……君は、ぷんぷん怒ってずぶ濡れのまま城に行こうとしたね」
「頭に血が上ってたのよ」
「それで思わず、呼び止めたんだ。そのままじゃ風邪ひくと思って。確か、ハロウィンだったし」
「ええ、驚いたわ――いきなり呪文かけられて、ローブ貸してくれて」
「俺も驚いた。君の、アーモンド型の、緑の瞳があんまり綺麗で――」
 少しの間、時間が止まった。
 ノエルはリリーのその瞳を見つめ、リリーもその視線を受け止める。
 緑の瞳の中にはノエルの顔が映っていた。
 ――ああ、そうか。
 ノエルはひとり納得して、静かに微笑んだ。
「たぶん、その時だと思うよ――俺が、恋に落ちたのは」
 そう告げて、柔らかい赤毛に手を伸ばす。するとリリーが抱きついてきて、ノエルは地面に押し倒された。力いっぱい抱きしめてくる腕が、とても温かい。
「私もよ――きっと、私も、あの時――」
 少しだけ温もりが離れると、リリーの顔が真上に来た。泣いているのに、笑っている。
「――あの時から、あなたのことを好きになっていたんだわ」
 リリー、と名前を呼ぼうとした口が塞がれた。驚いたものの、ノエルはすぐ体勢を入れ替えて主導権を奪い返した――今度は正真正銘、自分の意思だ。
 今までの誤解も、頬の痛みも、溶けてなくなってしまった。脳味噌まで溶けそうだ。立ち昇る吐息は白いが、もう寒さは気にならない。授業なんてどうだっていい。
 さらさらと零れる豊かな赤毛、潤んだ緑の瞳、柔らかな唇――そのどれもに魅了されているのは事実だったが、それ以上に心が満たされていた。この、腹の底からじわじわと込み上げてくるもの――今までに経験したことがない気持ち――それは触れ合う度に深くなっていった。
「リリー」
 最後にわざと音を立てて唇を離す。
「好きだよ」
 込めた想いはどれくらい伝わっているだろうか。
 見上げるその百合のかんばせには、大輪の笑顔が咲いていた。






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