16. Show Humanity Even to One's Enemy
 マイクロフトは医務室に着いて扉を開けるなり、大声をあげた。
「マダム・ポンフリー!患者です!」
 しかし返事はない。マイクロフトはぽーっとしているノエルを椅子に投げつけ、杖を取り出すと逃げ出さないように呪文をかけて縛り付けた。
「何するんだ、マイク!」
「仕方ないだろう。さて、マダムは不在か。どうしたもんか……この効き目から察するにアモルテンシアだと思うんだけどな……くそっ、俺の得意分野は魔法動物飼育学なんだっつーの……」
 マイクロフトはぶつぶつ言いながら薬品棚をチェックしていたが、目当ての品は見当たらないようだ。ノエルはアイリーンとの思い出に浸りながら親友の行動をぼーっと眺めていた。
「うーん、スラグホーンのところに行くべきか。材料の種類は確かそれほど多くなかったはず……まったく、マダムはいつ帰ってくるんだよ」
「マイク、俺、行かなきゃ……アイ」
「だ・ま・れ!」
 マイクロフトが叫び、ノエルは仕方なく黙った。
「お前が親友じゃなきゃ、永遠に声を出せなくなる呪文を浴びせてるぜ!本当、ああいう物事を深く考えない女ってやつにはうんざりだ!」
 ノエルは抗議の声を上げようとしたが、マイクロフトがじろりと睨んだので取りやめた。
 それにしても、奇妙な気分だ。どうやらアイリーンに惚れ薬を盛られたらしいが、そんなことはどうだってよかった。あの子はずっと俺に惚れている。そして俺はアイリーンが好き――。
「アグアメンティ!」
 頭上から水が降り注ぎ、一瞬にしてノエルの身体はビショビショになった。あまりに突然の出来事に、ノエルはただ茫然として突っ立っていた。髪もロープも下着までずぶ濡れだ。振り返ると、医務室の白いカーテンの奥から意外な人物が――もっとも、よく考えればここにいて当然だったのだが――怒りに染まった顔でこちらに杖を向けていた。
「『ああいう物事を深く考えない女』っていうのは、一体だれのことかニャ?」
 低い声で詰問したポッターに、マイクロフトが爆笑した。
 それも仕方のないことだった。何せ、髪の毛の半分――いやそれ以上だった――をニョロニョロとした蛇に変え、しかもこの上なく真顔なのに妙にファンシーな口調になっている。マイクロフトは腹をよじり、ひーひーと声を上げ、呼吸困難に陥る寸前だった。
「ニャにがそんなにおかしいかニャ、シェリンホード?」
 ポッターがマイクロフトを笑い殺そうとしているならそれは成功だった。
「だ、駄目――死ぬ――死ぬ――笑い死ぬ――」
 悶え苦しむマイクロフトに、ポッターは杖を向けた。
「ひー――はー――ふー――ポ、ポッター――落ちつけ――」
「落ちつくニャは自分じゃないのニャ?」
「ブッ――くっ――俺が――言ったのは、アイリーン・プレスコットのことだ――スリザリンの――ほら」
 そこでマイクは大きく息を吸い込み、まともな会話をしようと試みた。
「彼女が、ノエルに惚れ薬――おそらく、アモルテンシアを盛ったんだ。バレンタインのプレゼントにね――いや、効果は強烈だった。何せ、この奥手に大広間で熱烈なキスをさせて、それを見たリリーが逃げ出してったほどだ――」
 マイクロフトの余計なひと言でポッターは目の色を変えた。
 ――俺、殺されるかも……。
 ところがポッターは妙な行動に出た。いきなり薬品棚に近寄り、手を突っ込んでいくつかの材料を取り出したかと思うと、ツカツカと音を立てて医務室を出て行ってしまった。
「……あの頭で出て行っていいのか?」
「……さあ」
 ノエルとマイクロフトは顔を見合わせた。ノエルは「アザレ!」と唱えて自分の服を乾かした。
「ああ、そういえば。ポッターで思い出したんだけど、俺、スラグホーンから罰則を言い渡されるんだった――」
「昨日の決闘のか?」
「ああ、マクゴナガルに見つかって。ポッターもそうだ」
「そうそう、そのことが聴きたかったんだよ――話してくれるよな?」
 マダム・ポンフリーも帰ってこない。本当はアイリーンのとろに行きたかったが、マイクロフトはそれを許してくれそうにもない。ちょうど授業も入れていない。仕方なしにノエルは昨日の一部始終を語った。マイクロフトはそれを面白くてたまらないという顔で聴き、ポッターとノエルが取っ組み合いになったくだりのところでまた爆笑した。 
「ニャーニャー言いながら――頭は蛇――足はタンゴか?ワルツか?――しかしな――」
 涙を拭うと、マイクロフトはふいに表情を変えた。
「喧嘩を売られた大本の原因について、何か思うとこはないのか?」
「母さんのことか?」
「いや、リリーだよ。赤毛に、緑の瞳の、リリー・エヴァンズ」
「――?」
 キィーン。
 妙な痛みが頭の中に走った。
「何か――変な――感じがする――けど……」
 マイクロフトがお手上げだとばかりに両手をあげたその時、ガラリと扉が開きポッターが再び現れた。手には煙の立ち上るゴブレットを持っていた。ポッターは一目散にノエルに接近し、目の前にゴブレットを突き出した。
「飲めニャ」
「え?」
「いいから、飲むんだニャ」
 ポッターはゴブレットをノエルに無理やり押しつけると、飲むまで逃がさないとばかりに腕を組んで睨みつけてきた。
「……これは何だ?」
 答えはない。
「諦めろ。毒薬だったら俺が骨を拾ってやる」
 マイクロフトが無責任なことを言う。
「……毒薬なのか?」
 尋ねると、ポッターはいっそうじろりと睨んできて、それから首を横に振った。
「第三者のいる目の前で殺人はしないだろ」
 ノエルは白旗を上げ、仕方なしにゴブレットに注がれた藍色の液体を飲みほした。すると全身から浮遊感がなくなり、頭の中がサーっとクリアになった。ぼうっとしていた意識が、みるみる目覚めていく。今までの記憶も、すべてが鮮明に蘇る――。
 そしてノエルは愕然とした。思わず自分の唇に指を添わせる。
「――マイク、さっき言ってた――リリーが逃げ出したって――まさか……」
「……リリーも見てたんだよ。お前とアイリーンの――」
「言うな、それ以上……」
 頭の中は真っ白だった。ノエルは自分が元に戻ったことを理解した――そして自分の本意ではないキスにショックを受け、さらにはとんでもないところを一番見られたくない人に見られていたという事実に打ちのめされていた。
「どうやら、惚れ薬の解毒剤はきいたようだニャ、ガードナー?」
 マイクロフトはまた吹き出しそうになっていたが、ノエルは笑えなかった。
「歯、食いしばれニャ」
 ――え?
 次の瞬間、ノエルは吹っ飛んでいた。ポッターの右ストレートが直撃したのだ。身体をデスクに強かぶつけ、呻き声を上げる。口の中は鉄の味だ。左の頬を抑えながら身体を起こすと、仁王立ちのポッターが待ち構えていた。
「今すぐ、エヴァンズのところに行けニャ」
 ノエルは動けなかった。
「行けニャ!!」
 再度怒鳴られて、やっとノエルは動くことができた。ヒュウという口笛が鳴り、愉快そうな親友の声が言った。
「やるじゃないか、ポッター」
 そしてノエルは医務室から飛び出した。






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