13.The Duel

 『決闘』。
 あまりにも馴染みのないその言葉を理解するのに、ノエルは数秒を要した。
「――決闘?」
 自分と、ポッターが?いったい、何のために?
「僕の介添人はシリウスだ。君にはエヴァンズでいいだろう」
 どうやら、冗談ではないらしい。ポッターは大真面目に言っている。
「おいおい、マジかよプロングス」
 そう言ったのはシリウス・ブラックだ。面白いことになりそうだ、と顔が笑っている。ノエルは長い長いため息を吐き出した。
「魔法界のドン・キホーテか、君は」
 呆れながらノエルがつぶやくと、リリーが吹き出した。ポッターとブラックは訳がわからないという顔をした。彼らはもう少しマグル文学を勉強する必要があるだろう。
「お尋ねしたいんだが、何で俺と君が決闘しなくちゃならないんだ?飲み込みが悪くて申し訳ないが、俺にもわかるように教えてくれないか?賢いミスター・ポッター」
 皮肉たっぷりに尋ねると、ポッターはこれまた大真面目に返答した。
「貴様はグリフィンドールの女生徒を騙そうとした。それだけで十分だ」
 ノエルは呆れ果てて言葉が出てこなかった。これに怒り心頭となったのはむしろリリーだった。
「ポッター、私は騙されてなんかいないし、あなたのくだらない決闘ごっこの理由に持ち出されるだけでものすごく不快だわ!これ以上、私の友人に迷惑かけないで!!」
「エヴァンズ、君は騙されてるからわからないんだ!」
「あなたの鳥の巣頭のオツムにわかって私がわからないことなんて指の爪の先の垢ほどにもないわ!!」
 言い切ったリリーの肩に手を置いて、ノエルはポッターを見た。
「……そういうわけで、俺はリリーを騙してなんていないし、君に決闘を申し込まれるいわれもない。筋違いも甚だしいね」
 冷ややかにそう告げると、ノエルはリリーの肩に手を添えたまま、グリフィントール塔の入り口、「太った夫人」のところまで彼女を連れて行った。
 決闘に応じるつもりはさらさらなかった。第一、仮に決闘に勝ったとして何のメリットがある?悪戯にリリーを心配させるだけだ。単なるポッターの憂さ晴らしにつきあってやるほどノエルは寛大ではなかった。
「お休み、リリー」
 満面の笑みで別れの挨拶をする。
「お休みなさい」
 リリーは未だに眉を吊り上げてポッターを睨みつけていた。ノエルはそれが面白くなかったので、おもむろにリリーの手を取り、その甲に優しくキスを落とした。
 頬がバラ色になったリリーと目が合うと、ノエルはまたニッコリ微笑んだ。ポッターはというと――ワナワナと肩を震わせている。
 その表情を見届けてから、ノエルはローブを翻しポッターたちに背を向けた。
「逃げるのか?」
 ポッターが背後で叫んだ。
 ――馬鹿馬鹿しい。
 ノエルは反応せず階段を下りた。
「つまんねぇの。これだからスリザリンの野郎は」
 ブラックが舌打ちする音がした。
「我が友パッドフットよ、やはりスリザリンには守るだけの誇りもないってことが証明されたね」
「あなたと違って賢明なだけよ」
 冷ややかなリリーの声が言った。
「――ふん!あんな腰抜けのどこがいいんだい、エヴァンズ?ああ嫌だ嫌だ、あんな男らしくない弱虫を育てた親の顔が見てみたいもんだね!」
 その台詞をポッターが吐き捨てた途端、ノエルの足がピタリと止まった。
 くるりと半回転し、凄まじい勢いで階段を駆け上がり、真っ直ぐにポッターに詰め寄る。
「俺を罵るのは構わない。幾らでも好きに言え。だが」
 鼻と鼻が触れそうなくらい顔を近づけても、ポッターはまるでたじろがない。その傲慢さは生来のものがあるのだろう。
 しかし、どんな温厚な人物にだって、その傲慢さを許せない領域があるのだ――ノエルの場合、それは女手一つで自分を育ててくれた、母に対する想いだった。
「――俺の母を侮辱するのは許さない。今の発言を撤回しろ、ポッター」
 頭の中は、まるで氷水を張ったように冷たく、そのくせ中心は業火の炎が宿ったかのように熱く燃え盛っていた。
 ポッターはノエルの変わり様に驚いた様子は見せたものの、ついに反応が返って来たことにニヤリとした。
「嫌だね。君がそれを証明しない限り」
「――へえ?」
 ここでノエルがやられたように、ポッターの両親を嘲笑うこともできたが、ノエルの良心はそれを善しとしなかった。愚かなのはわかっていたが、ノエルはポケットから杖を取り出した。
「では、貴様の誘いに乗ってやるとしよう――杖を構えろ」
「そう来なくちゃ」
「ノエル!馬鹿な真似はやめて!」
 リリーが叫んだ。と同時に、周りの肖像画たちも口々に叫び出した(「いいぞ!やっちまえ!」「まあ、まあ、まあ!」「何て恐ろしいこと!」「男子たるもの捨てられない意地があるのです」)。
 ノエルはリリーの言葉にも耳を貸さなかった。頭の中で青い炎が揺らめいている。
「準備はいいか?」
「そっちこそ、ちゃんと手順は勉強して来たんだろうな?」
 背中合わせに立ち、杖を固く握る。一、二、の数だけ掛け声とともに歩を進め、三で振り返り決闘開始だ。
 ブラックが中央に立ち、数を数えることになった。まだ叫び続けているリリーをうざったそうに追い払いながら、ブラックはコホンと咳ばらいをした。
「いいな?行くぞ。――いーち」
 一歩進む。
「にーい」
 さらに一歩進む。
「さん!」
「レダクト!」
 叫んだのはポッターだった。しかし、その呪文は杖先を出た途端に弾け、魔法光が飛び散った――ブラックが最後に合図する直前、ノエルは無言で妨害呪文を唱えていたのだった。
「なっ……!?」
 仰天しているポッターの隙をついてノエルはいくつも呪文を浴びせた。
「カットゥシア!リタセンブラ!メドゥーシオ!」
 見事に全部命中だ。「猫語しか話せなくなる呪い」「足が勝手に踊ってしまう呪い」「髪が全部蛇になってしまう呪い」がかかったポッターは、変てこ極まりない姿になった。しかしまだ諦めてはおらず、「ニャニャニャー!!」と叫びながら赤い閃光を飛ばして来る。滑稽そのものだが、ノエルは杖を振り真顔でその呪文を消滅させた。ポッターの呪文のスピードはかなり速い――と、腕に消しそびれた黄色の閃光が掠ってわずかに血が滲んだ。
「ジェームズ!ノエル!止めるんだ!」 
 突如としてそれまでいなかった人物の声が轟いた。
 ポッターが驚いて一瞬こちらから目を離す。声の人物がリーマス・ルーピンだと確認して、眼鏡の奥が驚きに見開かれる。
「エクスペリアームズ!」
 その刹那の隙をついてノエルは武装解除呪文を放った。それはポッターの右手を直撃し、手から飛び出した杖はくるくると狐を描いてノエルの左手に収まった。
 シンと場が静まった。
「俺の勝ち、かな」
 ノエルの一言で我に返ったポッターが、ニャ―ニャーと勢いよく抗議して来た。
「油断大敵、って言葉知らないのか?」
 そう言ってニヤリと笑うと、ポッターは今度は力技でつかみ掛かってきた。こちらも負けじと抵抗する。全く、なんて往生際の悪い!
「ジェームズ!」
「いい加減に――!」
「無駄だ、リーマス、エヴァンズ。お前らには奴らを止める権限はない」
 止めようとするリーマスとリリーに、ブラックが立ちはだかった。
「あなた方になくても私にはありますよ、ブラック」
 そこに落ち着いた女性の声が響いた。ピタリと全員の――正確にはポッターの髪と脚以外の――動きが止まる。
「マクゴナガル先生!」
 ミネルバ・マクゴナガルはツカツカと取っ組み合っいの現場までやって来ると、二人の顔を交互に見比べ、特にニョロニョロしたポッターの髪に冷ややかな視線を落とした。
「自らの行いは自らに返ると、良い勉強になりましたね、ポッター」
 ポッターがアイリーンに仕掛けて結果リリーが浴びることになったのも、この呪いだった。ポッターは慌ててノエルを掴んでいた腕を離して髪をいじり、元は自分の髪であった蛇に指を噛まれて声を上げた。どうやら気づいていなかったらしい。
 マクゴナガルは次にノエルに向かって視線を投げた。
「ガードナー、あなたがまさかこんな騒ぎに関わるとは……私はあなたをもっと良識ある生徒だと思っていました」
 返す言葉がない。ノエルは肩を竦めた。
「グリフィンドール、スリザリン、どちらも10点減点。罰則は追って知らせます。――ブラック!ポッターを医務室へ」
 命じられるまま、ブラックはポッターを医務室へと引っ張って行った。ポッターの足元はまだ踊ったままだ。ブラックは親友の哀れな姿に同情しつつも笑いを堪えている様子だった。
「それと、校内での闘争を悪戯に助長させる行為を働いたとして、ブラック、グリフィントールからもう10点減点します」
 ブラックはあまり減点を気にする様子もなく、ただマクゴナガルを振り返っただけで、ポッターのローブを引っ張りながら階段を下りていった。その後ろ姿を見届けてからマクゴナガルはパンパンと手を打った。
「――さあ!もう消灯時間です。皆寮にお戻りなさい。ガードナー、あなたも自分の寮に急ぎなさい。罰則は明日、スラグホーン先生に伝えておきます」
 ノエルは頷いてグリフィンドール塔に背を向けた。そのまま振り返らずに階段を下りていく。
 ――怒るのって、パワーを使うんだな。
 疲弊した手足を動かしながら、ノエルはそんなことを思った。





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