10.Awareness

 ふたりは店を出てルーピンの後をつけた。ルーピンはどんどん商店街から遠ざかって、寂れた街の外れに向かっていく。この先には叫びの屋敷しかないはずだ。
「ポッターたちの姿はないわね」
 リリーが用心深くつぶやいた。
「先に待っているのかも。だけど……妙だね」
「妙?」
 ノエルはルーピンから目を離さずに頷いた。
「ルーピンの様子さ。せっかくのホグズミードなのに、たったひとり。しかもすごく顔色が悪い。ほら、歩き方だってよろよろしてないか?」
「そういえば……」
 店を出てからずっとつけてきたが、行けば行くほどルーピンの行動は不可解なものにしか思えない。どうしてたったひとりで叫びの屋敷に向かっているのか――ポッターたちと合流するためなら理解できるが、買い物の荷物もなさそうな様子で、おまけに顔色は病人のように青白い。悪戯するためのメーキャップにしては悪趣味過ぎる。
「あ!」
 叫びの屋敷の近くの柵までたどり着いた時、ルーピンはドサリと倒れ込んだ。
 リリーは一目散にルーピンに駆け寄る。
「ルーピン!!」
 ノエルは周囲を見渡して、人影や魔法の気配がないことを確認してからルーピンに近寄った。
「意識は?」
「少しあるみたいだけど……」
 ルーピンは見かけによらず獰猛な獣を思わせる低いうめき声を上げていた。
「仕方ないな」
 ノエルは荷物をリリーに預け、痩せっぽちのルーピンを背負った。
「ホグワーツに戻ろう。放っておくわけにも行かないし」
「大丈夫?」 
 リリーはぐったりして意識を失いかけているルーピンとノエルの顔を見比べて尋ねた。いくら痩せているといっても人間ひとりは重い。推理小説が好きなリリーとノエルはよく知っている事実だ。ノエルはただリリーに向けて唇の端を上げて強がって見せた。
「それより、荷物持たせてごめん。そっちこそ重くない?」
 リリーはブンブンと勢いよく顔を振って否定した。それを見てから、ノエルはホグワーツに向かって歩き出した。リリーもその横に駆け寄る。
「……彼、持病か何か持ってる?」
「わからない……けど、多分。月に一度くらい、気分悪そうにしているわ」
 ――女かよ。
 とノエルは心の中で毒づいたが、リリーにはとても聞かせられない台詞だと思ってそれを飲み込むことにした。
「……仲、いいの?」
 ノエルはしばらく黙々と歩いた後、ぽつりとつぶやくように尋ねた。
「え?」
「ルーピンと。同じ寮だし」
「――まさか!だって彼、ポッター一味の仲間よ!」
「そう」
 ノエルは胸の中のモヤモヤを消すように努めた。もうちょっとで校門だ。
「やっぱり、リリーはグリフィンドールなんだね」
 リリーは前の質問と今の言葉が全く繋がらないらしく、怪訝な表情をした。
「悪戯かと疑うことなく、ルーピンに近づいた。――何のためらいもなく」
 ああ、そういうこと、とリリーはつぶやいた。
「そういうところ――真っ直ぐに、損得考えずに、心のままに行動するところ――もうちょっと、気をつけた方がいいよ」
「わかってるわよ!」
 リリーはちょっと怒鳴った。
「でも、俺は君のそういうところが――」
 そこまで言って、ノエルは我に返った。
 ――ちょっと待て待て待て。俺、何を言うつもりだ?
 ハッとしてリリーの方に目をやると、リリーはアーモンド型の緑色の瞳を心なしかいつもより大きくさせて、ノエルの言葉の先を促していた。
「うん、まあ、その……あ!ハグリッドがいる」
 言いかけた言葉をごまかして、ちょうどホグワーツの方に帰ろうとしているハグリッドの名を呼んだ。ルーピンの足を押さえている手と、冬風を直に受ける頬が、気持ち悪いほど熱くなっている。
「おーい!ハグリッド!!――ちょっと手を貸して!」
 するとハグリッドが振り返ってくれた。ノエルは早足でハグリッドの方に歩み寄り、少しリリーと距離を取った。ハグリッドはその巨体を物ともせず身軽に歩いてくる。どうやら、少しアルコールが入っているような感じだ。
「おー、ノエル!おんや、リリーも!どうしたあ?――ん?なんだ、その、背中にいんのは……」
「グリフィンドールのリーマス・ルーピンだ。いきなり倒れて」
「リーマスだぁ?」
 ハグリッドの顔が険しくなった。ノエルからルーピンを受け取り、軽々と片手に抱える。
「今日は……そうか、そんな時期だあな。しかし、何でまった……」
 そういってハグリッドは天を見上げた。
「……いいから、保健室に運ばないと!」
 そう言ったのはリリーだった。ついでにノエルに対しても持っていた荷物を勢いよく差し出した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ノエルとリリーは保健室まで付き添い、マダム・ポンフリーに「もう戻って来たのですか!」と言わしめた誤解を解くため、一部始終を説明した。
「事情はわかりました」
 まだ若いのに貫禄のあるマダムはニコリともせず言った。
「ガードナー、エヴァンズ、あなたたちの行為は褒められるべきものです。グリフィンドール、スリザリン、それぞれに五点ずつ与えましょう」
 やった!とふたりは顔を見合わせて笑った。しかし、あまりのルーピンの青白さを思い出して、ノエルは尋ねた。
「あの、ルーピンは大丈夫なんですか?」
「あなたたちが心配する必要はないです。ちゃんと休めば治ります」
「良かった」
 リリーはほっと胸をなで下ろした。
「では、速やかにお戻りなさい。そう、それとそこのチョコレートを持っていってかまわないから」
 ふたりはマダムの愛想のない好意をしっかりと受け取って保健室を後にした。
「あーあ」
 ノエルは大きくため息をついた。リリーも残念そうに少ししかない戦果を眺めた。
「あんまり買い物できなかったわね」
 ノエルだって残念だった。本当は、リリーと本屋にも行こうと約束していたのだ。
「『汝の隣人を愛せ』。マグルの社会ではそう言うんだろ?本当、今日は仕方ないよなあ。でも行きたかったな、本屋」
 心残りは、本当はもう一つあった。せっかくのバレンタインだし、リリーに何か――花とかお菓子とか何でもいいが、プレゼントしようと思っていたのだ。
「でも、その代わりに、今日はいいものが見られたわ」
「え?」
 そんなものあったかな、と今日一日を反芻するノエルに、リリーはにこっと笑って言った。
「グリフィンドール生を助けるスリザリン生なんて、なかなかいないわ」
「そりゃ、どうも」
「ノエル、とっても格好良かった」
 ストレートなリリーの視線と言葉が、ノエルの動きを止めさせた。
 まだ人の戻っていないホグワーツの廊下で、リリーとノエルは黙ったまま立ち止まった。やがて窓から差し込む光が深い赤に切り替わっていく。
「いつか……」
 リリーが小さな、しかしよく響くはっきりとした声で、言った。
「あの言いかけた言葉の続き、聞かせてね」
 そしてリリーはもう一度綺麗な笑みを浮かべると、さよならとだけ告げて足早に去っていった。
 ノエルは時間が止まったかのようにしばらくその場に立ち尽くした。
 そして先程まで廊下を赤く染めていた光が薄れ、だんだんと紫色になっていく頃になって、ようやく右手を動かし、自分が石になっていないことを確認した。やがて、力尽きたようにその場に屈み込む。
 ――どうしよう。
 ノエルは悟ってしまった。もう、ごまかすことも、知らない振りをすることもできない、と。
 溢れ出した水は盆には返らない。堰き止めることは出来ない。恐らく、このヒリヒリとして心地よい、痺れるような甘い気持ちも。





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