9.Hogsmeade

 二月十四日、ホグズミード行きの日はあっという間にやって来た。ノエルは似たような服の中から一番大人っぽく見える組み合わせを選び、何度引っ張っても全く癖の付かない黒髪をいじったが、結局諦めていつもの髪型で部屋を出た。
 階段を上がって談話室を通り過ぎたが、アイリーンはいない。ノエルはホッとしながら足早に時計台に向かった。
 この二週間というもの、アイリーンがほとんど姿を見せていないことは、ノエルにとって心休まることだった。諦めてくれたのだろうか。そう思いたかったが、その契機がリリーとの一件以来であることから、どうにも腑に落ちないものがあった。
 しかし、そんな杞憂は待ち合わせの場所に時間通りにやって来たリリーを見てふっとんでしまった。
「こんにちは、ノエル」
 リリーが挨拶してくれたのに、ノエルはびっくりしてしまって声が出なかった。
 豊かな赤毛はくるくる巻きになっていて、レースのリボンでまとめられており、洋服は瞳の色と同じ緑のワンピースに白いコート、茶色のブーツは上品で可愛らしい。よく見ると薄く化粧も施しており、印象的な瞳がさらに魅力的に輝き、頬はバラ色、ツヤツヤとした唇にはドキッとさせられるものがある。
「……ノエル?」
「あ、ああ、ごめん」
 不安そうな顔をさせてしまったことに気づいてノエルはやっと己を取り戻した。
「すごく。すごく、よく似合ってる」
「あ、ありがとう」
 リリーは照れながら笑った。
「行こうか」
「ええ」
 ホグワーツの校門を出て、ふたりはホグズミード村に向かった。最初は緊張のせいか、どことなくぎこちなかったが、いつも行くハニーデュークスのお菓子の話になると調子を取り戻して話は弾んだ。
「百味ビーンズってつい買っちゃうんだよね。で、いかにも不味そうなのを選別してどれかひとつ食べてみる。不味かったらその日の不運を使ったからもういいことしか起きないって自分に言い聞かせる」
 リリーは声を上げて笑った。
「そういえば、カエルチョコレートを初めて見たときはゾッとしたわ。だって動いてるんだもの!魔法使いはカエルをおやつにするの!?ってびっくりして、ちょっとだけ引き返そうかと思ったわ」
「おいしいんだけどね。じゃあ、まずハニーデュークス行く?」
 そんな会話をしていると、不意に後ろから蹴られた。思わず手をついて地面に転がる。
「大丈夫!?」
 リリーが手をさしのべた。その手を借りて立ち上がり、後ろを見るが誰もいない。
「あれ、おかしいな。誰かに背中から蹴られたと思ったんだけど……」
 きょろきょろしている間にも、リリーが甲斐甲斐しく泥を払ってくれた。汚れちゃうからいいよ、と言っても聞いてくれない。 
「おのれぇガードナーエヴァンズの手に、手にぃ!」
「逆効果じゃん」
 小さく聞き覚えのある声が聞こえたが、不思議なことに誰もいない。ノエルは不審に思ったが、どうしようもない。
「もういいよ。大丈夫。それより、行こう!」
 ノエルはリリーの手を取り、先を急いだ。
 しかし、それからもハニーデュークスで買おうとしたコーヒーショコラが何もしていないのにばらまかれたり、チョコレート滝のディスプレイがノエルめがけて噴射されたり、天井から百味ビーンズが降ってきたりと、不可思議な事件が相次いだ。
「おかしいわ」
 リリーがノエルの顔についたチョコレートをふき取りながら言った。
「絶対におかしいわ。こんなノエルばっかりを狙ったかのような……間違いなく、誰かが嫌がらせしてるわ」
「うん、否定しない」
 ノエルは苦笑いの表情になり、小声で言った。
「まあ、誰がやってるのか、察しも付くしね」
「どこか入りましょうか。喫茶店ならそんなに邪魔されないかもしれないわ」
 そしてたまたま目に入った喫茶店に二人で入ったが、ノエルはたちまち居たたまれない気持ちになった。ピンクのフリル、レースいっぱいのこの喫茶店は、どうやらカップル専門の店だったらしく、あちこちのテーブルでカップルが見つめ合い、くっつき合い、ベタベタしまくっている。隣のテーブルなんかは、手足を絡め合って激しくキスしている最中だ。
「……ごめんなさい」
 リリーもこの雰囲気に居たたまれなくなったようで、紅茶が運ばれてきて開口一番に謝った。
「いや……俺もまさかこんな喫茶店だとは思わなかったし……」
 でも意外と紅茶はおいしいよ、とフォローにもならない発言をした途端に隣のテーブルの女の子の足がノエルの腰にぶつかった。文句を言ってやろうかと思ったが、どっちの顔だかわからないほど接近しあっているので、正直目も当てられない。リリーの方を見やると、ついツヤツヤとした唇に目が行ってしまって(ノエルとて健常な青少年である)、どうしようもなく心と身体が反応してしまう。猫舌にもかかわらず熱い紅茶を飲み干すと、ふたりは急いで店を出た。
「あ、あのお店覗いていい?」
 リリーが指差したのはいかにも女の子が好みそうなアクセサリー屋だった。ノエルは行ったことのない店だったが、リリーは嬉しそうに色々物色していた。指輪にネックレス、ピアスにイヤリング、キラキラしたものやリボンやレースでいっぱいだ。
「わあ!これ素敵!」
 リリーがそう言ってしばらく眺めていたのは、シルバーのブレスレットだった。シンプルながらも、身につけると飾りの銀細工の蝶が二三匹ひらひらと舞い始めるという魔法がかかっていた。
「ホントだ。すごいね」
 ノエルもただただ感心するぱかりだった。リリーは喉から杖が出るほどそれが欲しいようだったが、結局買わずに店を出た。
「買わなくて良かったの?」
「うーん、ちょっと予算より高くて。羊皮紙なんかも買わなくちゃいけないし、今度にするわ」
 そう言いながらもリリーは未練たらたらの様子で、何度も店の方を振り返っていた。
 次に向かったのは文房具店で、リリーはそこで予定通り羊皮紙や羽根ペンを購入した。ノエルも足りない分を買ったが、その量はリリーの比ではなかった。いったい何でそんなに使うの?と尋ねると、時間が許す限りの授業を取っているので、一旦切れる大変な時間のロスになるからだという。特に数占い学では一日五十枚使うときもある、と。これにはノエルもビックリするほかなかった。
 そしてそこでも、新品の羊皮紙が次々に破れたり、目に見えない障害物に足を取られたり、ズボンが切られたりと嫌がらせが続いた。
 お昼時に三本の箒に座った頃には、ノエルの長い堪忍袋の緒が切れかかっていた。
「大丈夫?」
 バタービールを持ってくると、リリーが心配そうに尋ねてくれた。
「大丈夫、だけど、ちょっと許されざる呪文でも浴びせたくなるね。鶏の巣頭の眼鏡君とその飼い犬に」
 ノエルはにっこり笑って言った。そしてマダム・ロスメルタの持ってきてくれたサンドウィッチにかぶりつく。
「間違いないわね」
 リリーもパスタをすくいながらうんざりした様子で同意した。
「もう、せっかくのデートなのに!」
 そう言い放ち、次の瞬間リリーはハッとした様子でノエルの顔を見た。目が合うと、途端にバラ色の頬が色味を増す。ノエルも照れくさくなって、ゴクゴクとバタービールを飲み干した。
「あ、ここからだと叫びの屋敷が見えるんだね」
 心にもないことを言っている、と自分でもよくわかる話の切り替え方だった。しかし、不意にその景色に人影が見えた。
「あれは、よくポッターと一緒にいるグリフィンドールの――」
「え、ルーピンのこと?――あら、本当!間違いないわ、リーマス・ルーピンよ」
 窓からは、遠目だったが、確かにリーマス・ルーピンの姿が認識できた。イギリス一怖いと言われる叫びの屋敷の方に向かって、一人で歩いている。
「もしかしたら、ポッターたちと合流するのかも――」
 リリーの言葉に、ノエルは立ち上がった。
「合流しなくても、捕まえて奴らをおびき出せる」
 ノエルはリリーに向かって、穏やかに言った。
「いい加減、グリフィンドールらしく勇敢に正々堂々と出てきてもらおうかな」 
 あなたってやっぱりスリザリンだったのね、とリリーは小さく呟いた。






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