8.The date

 それからリリーが退院するまでの三日間、ノエルは授業が終わるとすぐに保健室に行き、そこで夕食を取ったり勉強したりと、できる限りリリーのそばにいるようにした。アイリーンやポッターがまた彼女に対して何かしないとも限らないと考えたからだ。いつも消灯時間ギリギリにスリザリン寮に帰ってくると、ノエルを避けているのか、アイリーンを談話室で見かけることはなかった。またノエルは食事の時や移動中にも注意してポッターを探していたが、彼らもまた不思議と姿を見せなかった。
「どういうことだと思う?」
 ノエルは魔法史の授業中、魔法の羊皮紙――二枚で対になっていて、書いたことがそっくりそのままもう一枚に浮かび上がる――を使ってマイクロフトに相談した。
「アイリーンの方は簡単だ。お前に責められるのが怖くて避けてるんだろ」 
 マイクロフトの大きく伸び伸びとした字が答えた。
「ポッターは多少は意気消沈しているんだろうが、姿を見せない理由にはならないな。
 俺にもわからないけど――ひょっとして逆に姿を消してお前を観察してたりしてな。まあ無理だけど」
 ノエルはふうっとため息をついた。
「それより、リリーは今日退院か?
 邪魔じゃなければ俺も行っていいか?
 ぜひ噂のリリーに紹介してくれよ」
「何だよ、邪魔って。いいさ、もちろん」
 そう綴りながらもノエルの顔は少し赤くなっていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「失礼します」
 慣れた様子でノエルが保健室を訪れると、そこには全快したリリーがにっこり笑ってノエルを待っていた。
「ノエル!」
「リリー、すっかり良くなったみたいだね。良かった」
 元の美しい肌を輝かせて、リリーはいっそう笑みを深くした。
「あなたのおかげよ。本当にありがとう――あら、その人は?」
「ああ、彼はマイク。マイクロフト・シェリンホード。レイブンクローの六年生で――」
「ノエル・ガードナーの親友さ。初めましてリリー。噂はかねがねノエルから聞いてるよ」
 意味深な発言をしながらマイクロフトはリリーと握手を交わした。リリーは大きなアーモンド型の目をくりくりさせてマイクロフトを見た。
「まあ、いったいどんな噂?」
「リリー・エヴァンズが如何に可愛らしくって面白くって素敵かっていうことを羊皮紙にして五千枚分ほど」 
「マイク!」
 リリーはくすくす笑った。
「あなたも面白さでは負けてないみたいね」
 そうリリーが言ったところで、マダム・ポンタリーがパンパンと手を鳴らした。
「はいはい、では男手も来たことですし、早く寮に戻ってちょうだい。ミス・エヴァンズ、勇敢なのもけっこうですが、あなたも女の子なんですから、あまり危険なことには首を突っ込まないように!」
 マダムはそう警告してノエルとマイクロフトにリリーの荷物を持たせた。
「あなたたちも、用が済んだなら戻りなさい!」
 さらにそう言ってマダムがリリーがいたベッドのカーテンを開けると、グリフィンドールの女の子が四人も固まってこちらを覗いていた。
「あ……あの、ごめんなさい。ノエル、友達があなたを見たいって言って――」
 リリーが顔を赤くして謝ると、女の子たちはキャーキャー叫びながら保健室を走り出て行ってしまった。
「別にいいけど……何も隠れなくても」
 少しの間呆気にとられてから、むずがゆい気分になってそう言うと、リリーは気まずそうにつぶやいた。
「私も時々彼女たちがわからないときがあるの……」
「乙女心ってやつだな」
 マイクロフトだけが妙に面白がっていた。

 乙女心というものに関するマイクロフトの蘊蓄を聞きながらグリフィンドールの寮の前までやって来るのはあっという間だった。思った通りマイクロフトとリリーの相性も悪くないようだ。
「本当にありがとう、ふたりとも」
 リリーは改めてお礼を言った。
「特にノエル、あなたに対しては言葉にできないくらい感謝してるわ。この三日間、入院していたのに全然退屈しなかったのは、あなたがいてくれたからよ」
 リリーの真っ直ぐな視線がノエルを捕らえた。胸の奥の方が熱くなり、鼓動が早くなる。
「それから、遅くなったけれど、クリスマスのアドバイスもね」
 悪戯そうな微笑みは凶器だ。ノエルは口の中が乾いてしまい、何も言い出せなくて、代わりにただ笑ってみせた。
 マイクロフトは苦笑いしながらふたりを見ていたが、「あ」と何か思い出したかのようにポンと手を打った。
「そうだ、思い出した。次のホグズミード行きだけど」
 マイクロフトはくるりとノエルの方を向いて言った。
「二月十四日なんだってさ。だから俺、セシリアと行くから。お前、誰か別の人誘ってくれ」
「は?何を――」
「とにかくそういうことで、よろしく。じゃ、俺は図書館に行くから。リリーもまたな!」
 それだけ告げるとマイクロフトは背を向けて颯爽と行ってしまった。
 ホグズミード行きは、確かにマクイロフトと行ったこともあるが、ここ最近は彼にガールフレンドができたため一緒に行っていないし、行く約束もしていない。
 ……どうやら余計な気を遣われたようだ。
 リリーの方に向き直ると、彼女も心なしか少し頬を上気させているような気がする。
「ホグズミードかあ」
 ノエルは何でもない風を装ってつぶやいた。
「二月十四日なのね――バレンタインの日だから、どのお店も混みそうね」
 リリーも素っ気なく言った。
「あー……そういえば、そうだね」
 ノエルは尋常じゃなく心臓の動きが活発になっていることを気取られないよう、コホンと妙な咳払いをして気持ちを落ち着けようとした。
「あのさ――もし、良ければなんだけど――」
 ――ガンバレ、俺!
 ゴクンと唾を飲み込んで、ノエルは言った。
「良かったら、一緒に――」
「行くわ!喜んで!!」
 あまりに早い返事だった。リリーのノエルを見つめる瞳はキラキラと緑に輝いていた。
 ノエルは一瞬目を丸くして、それからくすくすと笑い出した。リリーも自分の不自然なほどの返事の早さに気づいたのか、少し顔を赤くしたが、ノエルにつられてくすくすと一緒に笑い出した。
「――うん。じゃあ、十時に時計台のところで」
「わかったわ。あの、私……すごく、楽しみにしてるから」
 上目遣いにそう言うリリーは、文句なく可愛かった。
 それからリリーが荷物を持ってグリフィンドールの寮に入っていくのを見届けると、ノエルはひとり拳を握りしめ、「よっしゃ!」とガッツポーズを取った。





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