6.The Study

 ノエルはいつもどおりのクリスマス休暇を過ごし、そしていつもどおり休暇の最後の日のホグワーツ特急に乗り込んだ。車内は新学期の日のようには混んでおらず、ノエルはゆうゆうとコパートメントを独占した。荷物を置き制服に着替え、ブックカバーで覆われた「運命の裏木戸」をパラパラとめくっていると、ガラリとドアが開けられた。
「おや?マグルの本だね、そいつ」
 顔を上げると、艶やかなアッシュグレイの長い髪をポニーテールにした少年が、にやりと人の悪い笑みを浮かべてノエルを見下ろしていた。
「注意力散漫だな。スリザリンの『純血』の方々に見られたら、まずいんじゃないのか」
 ノエルはぱたんと本を閉じた。
「そうだね。改めることにするよ。――座れば?マイク」
 マイクロフト・シェリンホードはにっこり笑顔を作って腰を下ろした。ドラゴンの牙でできたピアスが耳元で揺れている。
「どうだった?休暇は」
「相変わらずさ。そっちは?」
「こっちも相変わらず。色々やったし色々行ったけど、中でもノルウェーのトロール村に乗り込んでったのはスリリングだったな。あとドイツの山奥でドラゴンの琴線採取する現場とか見に行った。すごいぜ、やっぱあれで作ったギターじゃないと駄目だよな」
 そういってマイクロフトはうっとりとため息をついた。マイクロフトの父は冒険家だ。そして彼もその父について休暇中は世界中を移動している。ノエルははあ、とため息をついた。
「何で真冬に寒いところばっかり行くんだよ。本当、何度も言ったけど、君も君のお父さんも、何でグリフィンドールじゃなかったのか、心底不思議だ」
 そう言ってノエルはクスクスと笑った。マイクロフトは、正真正銘、レイブンクロー生だ。
「そりゃ」
「『知識欲と知的探求心の塊が冒険家だからさ』」
 ノエルが先にマイクロフトの言葉を奪った。マイクロフトはやれやれと肩をすくめた。
「さすがはスリザリン。先を読む狡猾さに長けていらっしゃる」
「お褒めにあずかり光栄だね」
 汽笛が鳴った。どうやら、やっと動き出したらしい。マイクロフトは鞄の中に手を突っ込んでごそごそやっていたが、やっとのことでりんごを取り出し、そのうち一つを「ほらよ」と言ってノエルに投げた。
 それからノエルとマイクロフトは休暇中のあれこれを報告し合った。ノエルはもっぱら最近読んだ本の感想だったが。もちろん、クリスマスプレゼントのレコードの感想もお礼とともに言ったが、「俺はただおまえに俺の気に入ったものを聞かせたかっただけだよ」と面倒くさそうにしているのが如何にもマイクロフトらしかった。
 だいぶ経って、ようやく車内販売のおばさんが来た。ノエルが山のようにカボチャパイを購入するのをマイクロフトはげんなりとした表情で見ていた。彼は甘いもの(彼曰く『歯が浮くような甘ったるい洋菓子』)が苦手なのだ。
 そしてノエルが嬉々としてカボチャパイを賞味し始めると、マイクロフトは先程のリンゴを消化し始めた。
「ところでノエル、おまえグリフィンドールのエヴァンズと、どうなってんの?」
「――は?」
がりっとリンゴを囓るついでにマイクロフトがよこした質問は、しばらくノエルを硬直させた。カボチャパイのパイ皮がぼろりと零れた。
「は、じゃねえよ。秋頃けっこう一緒に図書館にいただろ。女子の間で噂になってたから、言っておこうと思ってたんだけど――クィディッチの試合前だったし、あんまり会う機会がなかったから、聞きそびれてたんだ」
「噂、って――」
 何となく想像は付いたが、それ以上思考することはできなかった。呆れたようにマイクロフトがとどめを刺した。
「だから、ノエルとエヴァンズが付き合ってるって噂」
 一瞬だけ頭が真っ白くなった後、ノエルは生まれて初めて自分の耳が赤くなっていく音を聞いた。
「――なっ……!」 
 何か否定の言葉を出そうとしたが、心臓はドクドクと早鐘を打ち喉が一瞬でカラカラに乾ききったため、唇はぱくぱくと動くだけで役には立たなかった。
「あー、はいはい。あんまり純情すぎるのも、如何なものかねえ」
マイクロフトの口調は完全に他人事で、おもしろがっていることが明らかだった。
「な……ただ、リリーとは一緒に勉強してただけで……何もそんな……」
「まあ、俺はそんなことだろうと思ってたよ」
 この奥手め、とマイクロフトは笑う。ノエルは動揺しているのと赤面しているのを落ち着かせるのに精一杯で、マイクロフトに応酬する気力もなかった。
 ――俺と、リリーが、付き合ってる?待て、何でそんな――確かに図書館でよく一緒に勉強してたけど――ていうかそんなのよくあることだろ――って何処からマイクはそんな噂を聞いてきたんだ?それより何より、落ち着け、心臓!
「おーい。ノエル。ノエル・ガードナー君ー?大丈夫かいー?」
 マイクロフトはノエルの顔面でひらひらと手を振った。ノエルは我に返ると、今度は親友に醜態をさらしたことを自覚して赤面した。
「マイク、いったい何処からそんな噂を聞いてきたんだ?」
「アンジェリカ・リーだよ。レイブンクローのチェイサーの。女ってのはその手の話が好きだからな。まあ、アンジェリカとエヴァンズが同学年ってことも影響してるな」
「……レイブンクローの知識欲ってのは、随分と下等な噂にまで及ぶもんなんだな」
「そういうな。こればっかりは何処の寮も一緒さ」
 そう言ってマイクロフトはまたがりっとリンゴを囓った。
「ノエル、俺はおまえが本気で好きな女ができたら応援するぜ」
 俺が、誰を好きだって?そんなこと一言でも言ったか?ノエルは困惑して親友の端正な顔を見た。
「マイク、俺は」 
「ただしな、相手がリリー・エヴァンズだと色々な面で厄介だ。それだけは留意しとけよ」
 マイクロフトの目は真剣だった。ノエルはわけがわからずきょとんとする。
「第一に、ジェームズ・ポッターだ。あいつはずーっとエヴァンズにちょっかいを出し続けている。もっともエヴァンズは毛嫌いしているが。だが、今までにエヴァンズに好意を持って近づいてくる男共は全員、ポッターの悪質な悪戯の餌食になってる」
 ノエルはハロウィンの日にリリーとポッターが言い争っていた光景を思い出した。確かに、あの様子では好きな娘にかまってほしくてやっているのだとしか思えなかった。
「必然的に、ポッター軍団には全員注意が必要だな。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー、リーマス・ルーピンの三人だ」
「ブラックか……」
「そう、特にあいつには気をつけろよ。根性は最低だが魔法の腕前はポッターと同じく群を抜いている」
 ノエルはふいに談話室でレギュラス・ブラックが延々と兄への呪いの言葉を吐き出していたのを思い出した。あのブラック家の出身であるのにグリフィンドール、という境遇には少し明るい展望がありそうなものだが、たまに見かける態度は横柄かつ傲慢で、あまり誉められる部類の人間ではなかった。
「第二に、エヴァンズがマグル出身だということだ。これはどうしようもないが、おまえのスリザリンでの立場を危うくするかもしれない」
 ノエルは頷いた。それはリリーと出会った頃から懸念していたことだった。
「確かにな。マグル生まれと仲が良いと、あれこれ言われるだろうな」
「それだけですめばまだ良いんだけどな……」
 マイクロフトは憂い顔で窓の外を見た。ホグワーツの中はまだ安全と言えるだろう。だが、世間では「例のあの人」の発言力がますます強まり、純血の連中もますます排他的になってきている。それが子どもたちに影響しないはずがないのだ。
「嫌な世の中だよ。全く――」
 ノエルは前髪を掻き上げた。「本当にな」とマイクロフトも頷き、籠の中のふくろう――名前をロミオという――にふくろうフーズをやりながらノエルを見た。
「第三に、アイリーン・プレスコットの件だ。おまえ、まだ付きまとわれてるだろ?」
「ちゃんと断ってるよ。何度も!」
「恐るべしスリザリン。蛇の如くのしつこさだな。だからプレスコットの怒りの矛先がエヴァンズに向かないとも限らないだろ?ただでさえグリフィンドールとスリザリンは対立しがちだし」
「そんな――」
 ノエルは言葉を失った。そんなこと、考えてもみなかった。アイリーンは悪い子じゃない。彼女がそんなことをするだろうか?
「愛情なんて理不尽なものさ」
 何処か淋しげな顔でマイクロフトは言った。
「頑張れよ。この世で最も難解な謎、それは恋の魔法の研究なんだからな」
 リリーの件について、マイクロフトはそれ以上話題にすることはなかった。ノエルは未だ自分自身の気持ちがわからないまま、理不尽で難解な研究とやらをホグワーツに持ち帰ることになってしまった。





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