2.目覚めた眠り姫

 暗い。暗い。真っ暗闇だ。自分の身体さえ見えない。
 ──出して。ここから、出して!
 ずいぶん長い時間だったようにも、ほんの数分だったようにも思える時間の中、ただわかるのは、出口を探し続けているということだけ。
 ここから出なければ。やらなければいけないことがある。
 ぼうっと、影が浮かび上がった。
 あれは、あの影は。私は、知っている──。
「リドル!」
 影が揺らいだ。
 視界がいきなり広がり、一面を黄金の光が包んだ。
 それでも影に手を伸ばす。眩しさのあまりぎゅっと目を閉じたままだったが、何と影を捕まえようと、必死でもがいた。
 ゴウッ──!
 ものすごい強風が吹いた。
 ただの風ではない。凄まじいばかりの魔力を感じる。何だか、徐々に身体が暖まっていくのを感じた。
 ありったけの力で、ゆっくりと、目を開ける。
「……リド……ル……?」
 確かに人の温もりを近くに感じた。その暖かさにほっとした途端、意識が落ちていく。落ちていくのに、何故か恐怖はなく、ただ心地よい。
 ふと、目を開ける。今度はさっきよりずっと容易かった。
 すると、そこには──。
 天井。
 お世辞にもピカピカだとは言えないが、衛生的に保たれた天井がシャーロットの視界を陣取っていた。
 ──現実だ。
 そう認識すると、次第に頭がハッキリしてきた。身体を横に傾け、のろのろと上半身を起こす。
「……ここは……?」
 シャーロットはぽつりと呟いた。
 医務室か、あるいは病院なのだろう。魔法薬特有の得体の知れないにおいがする。だがシャーロットの知っている医務室とは少し違っているようだった。クディッチ競技でケガをした時に親身になってくれた校医の姿はない。
「誰か……マダム・メリル?」
 ここは何処だ?今は何時だ?私はどうしていたのか?とにかく、何でもいいから情報が欲しかった。誰か、誰かいないのか?
 靴音と、ローブの衣擦れの音がした。──人がいる。
 素早くシャーロットがカーテンを引くと、そこにはひどく驚いた表情の男の子がいた。グリフィンドールのネクタイをしている。ということは、ここはまだホグワーツか。シャーロットは少しだけ安堵した。
「あの……」
 声をかけようとしたが、その試みは失敗した。
「起きたのですか?」
 扉が開いて、シャーロットの知らない女の人が入ってきた。年配の、少し厳しそうな印象の魔女だ。誰だろう?
「ここは……?」
「医務室ですよ。少し待っていて下さい」
 魔女は簡潔にそう答えると、ぽかんとしているグリフィンドールの男の子の方へ向き直った。
「まあ、またあなたですか、ミスター・ロングボトム」
「あの、僕……その、『しびれ薬』の授業で、それで……」
 男の子はしどろもどろになって症状とそれに至る経緯を説明した。どうやら、見た目通りあまり要領の良くない子のようだ。魔女は、いくつかの魔法薬を取り出しテキパキと処置を施し、あっという間に男の子の腕のボツボツを取り除いた。 
「これで良いでしょう」
「あ、ありがとうございました。あの、マダム・ポンフリー?」
「急ぎなさい。でないと昼食に遅れますよ」
 男の子はもの問いたげにシャーロットの方を何度もちらちら見ていたが、そう告げられると、慌てて部屋から出ていった。
「まったく。最後の最後までそそっかしいんですから」
「あの……ミズ?」
 シャーロットが呼びかけると、マダム・ポンフリーと言われた魔女はくるっとこっちを向いて言った。
「今、校長先生を呼んできます。いいですか、安静にしていなければ駄目ですよ。何しろ五十年間も眠っていたのですからね」
 そして彼女は早足で部屋から去っていった。 
「……今……彼女は何て……?」
 ぽつんと取り残されたシャーロットの頭には、先程のマダム・ポンフリーの台詞だけがリフレインしていた。
「何しろ五十年間も眠っていたのですからね」
 五十年……五十年だって?
 何かの間違いだ。あんな魔法、成功するわけがない。いくらリドルでも、そんなに時を止めておくことなど──。それに、どうだ。多少ふらつくが、身体は健康そのもの。記憶だって──。
 そうだ、リドルは?
 ぐるぐると目まぐるしく動く思考はそこで止められた。
「気分は如何かな。ミス・ブラック」
 知っている声だ。シャーロットはパッと顔を上げ、そして息を呑んだ。
「……ダ…ンブルドア……先生……」
 深い紫色のローブをまとい、真っ白な長いひげを垂らして、確実に五十年の歳月を経たアルバス・ダンブルドアがこちらを見ていた。
 シャーロットは悟った。
「……成功、してしまったのですね」
 ダンブルドアは目を細め、「君は飲み込みが早すぎる」とため息をついた。
「先生……彼は……リドルは……?」
「……君は知っておったのじゃな」
 きらりと半月型のメガネの奥が光った。何を、ととぼけることは無意味に思われた。
「ポピー。彼女の身体に、あの印以外に、異常はあったかの?」
「いいえ。ですけれども、何といっても類を見ないケースですから──」
 あの印?
 シャーロットは首を傾げた。ダンブルドアとマダム・ポンフリーの話の内容は、シャーロットが知らないことだった。察したダンブルドアは、優しくシャーロットに言った。
「ミス・ブラック。胸元を見なさい。そこに、彼の残した印がある」
 シャーロットの着ていたのは制服ではなく、脱ぎ着させやすい患者用の服だった。少し引っ張って覗いてみると、胸元に見慣れない跡が残っていた。
 緋色の印。しかも──微かな鉄の匂いがする。血が使われているのだ。
「先生、これはいったい……?」
 こんな悪趣味なことをするのは彼しかいないだろうという確信があったが、この印に見覚えはなかった。一見しただけでものすごく複雑そうな印だけに、気味が悪い。
「色々文献をあさったのだが──ついぞ見つからなかった。恐らくそれはトムのオリジナルの印なのじゃろう」
 やっぱり彼か──と思うと、シャーロットの中でリドルへの怒りがふつふつと湧いてきた。あの、強引男め。こんな目障りなものを残して──!
「闇の魔法が使われていることは確かなのじゃが──どのような魔法が込められているのか、全くわからないのじゃ。少なくとも、彼が君を殺すことはないと思うが──油断はできん」
 真剣なダンブルドアの口振りに、シャーロットはこくんと頷いた。油断はできない──まさに、そのとおりだ。
「今……リドルは何処に?」
「それはゆっくり説明しよう。そうじゃな──取り敢えず、君の話を聴きたいのだが。ここでは、ちとまずい。ポピー、かまわんかの?」
 しょうがないですねといいながらもしぶしぶマダム・ポンフリーは頷いた。 
「わしの部屋で話そう。長くなるからの」
 今更、何を聞いても驚いてやるもんか。
 シャーロットは大きく息を吐き出して、差し出されたダンブルドアの手を取り立ち上がった。






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