1.ダンブルドアの冒険と発見

 アルバス・ダンブルドアは言わずとしれた偉大な魔法使いである。
 その彼は、ついさきほどまで窮地に陥っていた。何しろ、愛して止まぬホグワーツ魔法学校の校長の職を、一時的とは言え、解かれていたのだ。ところが、事態は一変した。やはり、負の圧力とは脆いものだ。一片が崩されると、すぐに全体が瓦解する──。そして彼はホグワーツに戻ってきたのだった。
 彼は今、ひどく感心していた。
 確かに、彼なら、彼とその親友たちなら、やってくれるかもしれないと思っていた。しかし、実際にやり遂げるというのは、非常に難しいものなのだ──特に、「秘密の部屋」を見つけさらわれた少女を助けるなどという、ヘラクレスの苦難のような危険な冒険は──。
「流石はハリーじゃ……お主もそう思うであろう?いやいや、ロンも、お前もそうじゃな。本当に皆、よくやってくれた……」
 ダンブルドアは気持ちよさそうに空を旋回しているフォークスに話しかけた。
 ローブのポケットからダンブルドアが金時計を──何とも奇妙で、美しい時計だ。数字の代わりに惑星が回っている──取り出して見てみると、時刻は真夜中の3時だった。しかしまだ宴会は続いているだろう。ほんの少し前、ダンブルドアがこっそり抜け出してきた時に、先生たちですら興奮して大声で騒いでいたのだから。
「皆、本当にこのホグワーツを好いておる。喜ばしいことじゃ。校長として、これほど誇らしいことはない……」
 同意するようにフォークスが深紅の翼をはためかせた。ダンブルドアはにっこりと笑った。
「しかしの」
 ダンブルドアはちょっと何かを考え込むような仕草をした。
「やっぱり、校長としては悔しい……わしもずいぶんと探したのにのう。まんまとトムとハリーたちに出し抜かれてしまったわい……」
 ぶづふつ言ってあごひげをなでるその姿に、偉大な魔法使いとしての貫禄は微塵もない。
「さあ、わしにも案内しておくれ。『秘密の部屋』まで」
 青い目が、宝石のようにきらきらと輝いた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 『秘密の部屋』への入り口は、ハリーたちが帰ってきた後そのままに放置されていた。獲物を待ちかまえてぱっくりと口を開けている怪物のように、パイプがある。この奥に、バジリスクが潜んでいたのだ──。
 そしてじっくりと入り口を観察したダンブルドアは、もうひとつの驚くべき事実の感慨に浸った。
「トム……君は女子トイレにまで入ったのか。そうか。あのトムがのぅ」
 「あのトムが女子トイレにのぅ……」とダンブルドアはまたぶちぶち繰り返しながらあごひげをなでた。
 一通りトイレを調べ終わった後、勇ましげに「ゆくぞ」とフォークスに声を掛け、ダンブルドアは地下へと落ちていった。
 思った通りそのパイプは異様に長かった。底へ底へと、ひたすら滑っていくなかで、ダンブルドアはいつか南国にいってマグルの「ウォータースライダー」なるものを体験した時のことを思い出していた──あれはなかなか愉快だった──そうだ、今度魔法プールを新設したらどうかという提案をしてみよう──。
 さらに想像を膨らませようとしたところで、ダンブルドアは出口から放り出された。地面に落ちる前にフォークスがくちばしでローブを挟んでくれたので、叩き付けられることはなかったが。
 出口からは真っ暗なトンネルが続いていた。ダンブルドアは杖を取り出し、
「ルーモス!」
といって明かりを灯した。やれやれといった表情だ。
 どんどん奥へと進んでいくと(途中ダンブルドアは動物たちの骨踏んづけると、まるで霜柱を見つけた子どものように何度もそれを踏んで楽しんでいた)、やがて蛇の抜け殻を見つけた。「帰る時に持っていこうか。きっと希少価値じゃぞ」と嬉しそうに言うと、フォークスの黒い瞳がかすかにくもったようだった。ダンブルドアは、ロンが苦労して作った隙間を通り、またどんどん歩いていった。トンネルは大迷宮だったが、フォークスが案内をしてくれているので、間違えようがない。
 そして開かれたままの扉を通過し、ついに『秘密の部屋』に辿り着いたのだった。
「これは、これは……」
 ダンブルドアはまじまじとバジリスクだったものを眺めた。
「サラザールも、よくもまあこのような怪物を残したものよ」
 ゆうに全長五十メートルはあるだろうか。その姿は恐ろしいの一言に尽きる。
 ダンブルドアはハリーの勇敢さに改めて感動した。たった12歳の小さな少年が、この世にも恐ろしい怪物を倒したのだ!フォークスが目を潰し、組み分け帽子が剣を与えたとはいえ、どれだけの勇気がいっただろう?
 尾から頭まで、再びダンブルドアはバジリスクをじっくりと見た。そう、この、巨大な──。
「本当に、巨大じゃ……そう、おそらくホグワーツの全員が食べられるほどに」
 食べられる?
 フォークスがぎょっとしたようにダンブルドアを見た。彼はあごを片手で押さえながら、名残惜しそうにバジリスクを見ていた。
「毒さえなければ、蒲焼きにでもして皆に振る舞うんじゃがのぅ……」
 そう呟く瞳は本気で残念そうである。やはり凡人とは考えることが違う。
 改めて彼はこの秘密の部屋を見回した。
 すると、ダンブルドアは正面の壁に何やら紋様が描かれているのに気づいた。水音を立てながら近づいていくと、それはどうやら魔法の印であることがわかった。
「はて……?」
 まさかバジリスクがもう一体いるとでもいうのだろうか。ダンブルドアは警戒しながら壁の奥の様子をうかがった。だが、蛇の発する独特の音は聞こえない。もしまだ怪物がいたとしたら、ハリーがバジリスクを倒した時にトムが仕掛けただろう。
 さらにその印をよく見てみると、扉を見えなくしている強力な鍵閉め呪文であることがわかった。何重にも施されているが、ダンブルドアが解けないほどのものではない。
「アロホモラ!」
 壁に扉が現れた。ダンブルドアは再度様子をうかがうと、慎重にその扉を開けた。
 随分と小さな部屋だった。しかし、奥には半透明の棺桶のようなものが見えた。人がひとり入るには十分な大きさだ。
「これこれ、急いてはいかん」
 ひゅーっと素早く部屋に飛び込んでいったフォークスをたしなめ、ダンブルドアはゆっくりと近づいていった。
 ダンブルドアはその棺桶を真上から覗き込んだ。棺桶のフタに、何やらまた印のようなものと──そして文字が書かれていた。


ここに眠るは最も高貴な血を持つ者
彼の者を再び目覚めさせる者
最強の闇の魔法使いと恐れられし我のみ


 さらにその下には、金色の文字でサインがされてあった。


Lord Voldemort


 ダンブルドアの青い目が、驚愕に見開かれた。
「まさか……!」
 ある可能性に思い当たって、愕然とする。
 ヴォルデモート卿……高貴な血……そうだ、あの時期にいなくなったのは?
 ダンブルドアは印を調べた。その印は、魔法使いなら──いやマグルでさえ脚色された話を知っているという──幼い頃に寝物語に聞かされる、ある物語に使われた有名な呪文を封じた印。
 ダンブルドアは一呼吸してから長い詠唱を始めた。慎重に、慎重に──時の呪縛をほどいていく。
 カッと棺桶のまわりが輝いた。不思議な熱気が起こる。そして呪文を唱え終わると、光は消え、また静寂が戻ってきた。 
 ダンブルドアは杖を振り、棺桶の扉をどけた。
 その中にいたのは、黒髪の少女だった。スリザリンの制服を着、ホグワーツのローブをかけられている。 白い顔の瞳は固く閉じられていたが、かすかに胸は上下していた──生きている。
「やはり、君か……」
 五十年前、彼女はダンブルドアの教え子だった。
 彼女も人気者だった──そう、トムと並んで。
「起きなさい」
 ダンブルドアの優しげな声音に、ぴくりと長いまつげが反応した。
「呪いは、解けた」
 呪文を唱えているわけではないのに、まるでその声自体が呪いを溶かしていくようだった。かくん、と顔が少し傾き、ゆるゆるとまぶたが持ち上がる。やがて、濡れているような黒い瞳がダンブルドアを捕らえた。
「……リ……ドル……?」
 そういって少女はまた意識を失った。
 無理もない。五十年間も、たったひとりで彼女は眠りについていたのだ。
「こんなところにいたのか──シャーロット・ブラック」






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