13.ルシウス・マルフォイ

 朝の散歩から帰ってきた後、シャーロットは日刊予言者新聞を広げて、優雅に紅茶を味わっていた。その一面はこうだった。
「『シリウス・ブラック目撃される!』、か……」
 まだ幸せそうに眠りこけているフィンを見、ため息をつく。フィンがシリウス・ブラックは生徒を襲わない、と断言したことでシャーロットはいくらか安心していたが、シリウス・ブラックがホグワーツ近辺で目撃されたのはあまり喜ばしくない出来事だ。何しろ、吸魂鬼が活気づき、散歩を満喫することができない。そのおかげで、脱獄後の囚人が今のホグワーツに侵入するなど、ほとんどありえないということが実感できたが。
「あなたが知っていることを話してくれたら、何か解決するのかしら?」
 フィンにかぶせた毛布を整えながらシャーロットは問いかけた。フィンは寝息を立ててばかりでちっとも答える気配がない。鏡を見て髪を軽く撫でつけると、シャーロットは部屋を後にした――ドアが閉まるのと同時にパチリとフィンの瞼が開いたことも知らずに。
「シリウスが、ここに向かっている……?」
 もちろん、そうフィンが呟いたのもシャーロットのあずかり知らぬところだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「闇の魔術に対する防衛術」の授業を終え、午前の受け持ちが終わったところで、シャーロットは軽く腕を伸ばした。今から昼食まで空き時間だ。何をしようか──そう考える前にシャーロットの足は図書館に向かっていた。確か、まだ二、三冊熟読していない防衛術関連の本があったはずだ。借りてきて自室で読もう──。
 玄関ホールが見えたところで、シャーロットは不審な影を見つけた。生徒ではない、シルバー・ブロンドの中年の男が立っていた。保護者か、あるいは卒業生だろうか。男はシャーロットに目を留め、じろじろと舐め回すような視線を送ってきた。あまりお近づきにはなりたくない――しかし見慣れない男を放置しておくわけにはいかないだろう。靴音を立てて男に近づき、声をかける。
「当校に何かご用でしょうか」
「そういうあなたはミス・シャーロット・ブラックですな?」
 ツンと鼻にかかる物言いだ。シャーロットは嫌なものを思い出した。昔、親に連れ回されたパーティーのゲストや主催者たち――彼らはみんなこの男と似た話し方をしていた。
「いやいや、お噂通りお美しい……」
 男は高慢ちきそうな青白い顔に、いやらしい笑みを浮かべていた。すぐによく似た顔を思い出す。間違いない。この男はドラコの父親の、ルシウス・マルフォイだ──。
「私はルシウス・マルフォイと申します。ブラック家のお嬢さん」
「シャーロット・ブラックという名前がありますので、そちらでお呼びくだるかしら。マルフォイのご当主殿?」
 眉一つ動かさずに答えると、ルシウスは芝居がかった仕草で嘆息した。したり顔で何やら呟き、もう一度じっとりとした眼差しで眺めてくる。
「なるほど、どうやらあなたはブラックの名に相応しい人物のようだ。お会いできて実に光栄ですよ──ところで校長室まで案内して下さるかな?」
 有無を言わせぬその口調に、嫌というわけにもいかず、シャーロットは「こちらです」と事務的に告げて踵を返す。ルシウスがすぐ隣に並んだ。少しきつめの香水が鼻孔を刺激する。
 せっかくスネイプが昨日忠告してくれたばかりだというのに、こうも早く接触してしまうとは。うまくいかないものだ。
 それに、以前ダイアゴン横丁で盗み聞いた夫婦――おそらく、ウィーズリー夫妻――の会話では、ルシウス・マルフォイがホグワーツの理事を解任されたと言っていた。理事なら当然、校長室の場所など承知しているはずだ。わざわざ案内を頼んできたのは、私に興味があるからだろう――ブラック家の生き残り、そしてヴォルデモートの学友であるシャーロット・ブラックに。
 考えを巡らせるシャーロットとは裏腹に、ルシウスは嬉々として息子そっくりのもったいぶった口調で語り始めた。
「私がここに来たのは息子のことでしてね。あなたもご存知でしょう?」
「ええ」    
「まったく嘆かわしい──実に嘆かわしい──」
「ご子息のお怪我には謹んでお見舞い申し上げます」
「お気遣いありがとう。しかし、それにしてもですね……」 
 それからルシウスは授業の不備と危機管理の甘さへの不満をぐたぐたと並べ、いかにホグワーツの現状が危ないものかをつらつらと説いた。相槌すら必要ない。秘密の部屋の件で理事を解任させられたことがよほど腹に耐えかねているのだろう。
「……それ以前に」
 ルシウスがふふんと鼻を鳴らした。
「あのような、卒業もしていない森番を教職につけるなど、もってのほか。そう思いませんか?」
「そうですね」
 やはり、ここへ来たのはハグリッド絡みか。バックピークにとってはいい迷惑だ。
「彼は教授としてはいささか資質に欠けると思います」
 それはそれで正直な意見だった。ルシウスは満足そうににやりとした。
「ですが」
 しかしシャーロットは淡々とした口調でそれに水を差した。
「初めての授業だったのですから、失敗を大目に見ても良いと思います。それに彼がホグワーツを卒業できなかったのは、冤罪をなすりつけられたからですわ。彼のせいではありません」
 ルシウスは一瞬言葉に詰まったが、それでも何とか自分の意見を通そうとした。
「ウム──確かに、一部ではそのように言われていますが──」
「もちろん、ミスター・マルフォイは昨年度の一連の出来事をご存知ですよね──昨年度まで、理事をお務めだったと、そうお聞きしておりますが?」
 冷ややかに微笑む。これはルシウスの痛いところを突いたようだった。
「ああ、もちろんそうだとも」
 会話の主導権を握り損ねたのを誤魔化すためか、ルシウスはわざとらしくゴホンゴホンと咳払いした。
「そうそう、昨年度と言えば──」
「ドルーブル風船ガム!」
 シャーロットは高らかに合い言葉を唱えた。ガーゴイルが本物になって飛び退き、階段が現れた。ルシウスと共に上昇する階段に乗る。明らかにルシウスはもの言いたげだったが、階段の上がる音で聞こえない、というそぶりをした。
「アルバス、ミスター・マルフォイがいらっしゃっております」
「おお、すまんな、シャーロット」
 ノッカーを叩くと、珍しくすぐにダンブルドアの声が返ってきた。シャーロットはドアを開けずに、くるりとルシウスに向き直った。
「では、私はこれで失礼させて頂きます」
「シャーロット」
 ルシウスはなれなれしく呼びかけた。
「是非、またお会いしたい。そうですな、パーティーなど催す折には、是非」
「ええ。それでは、ごきげんよう」
 シャーロットは一度も振り向かなかったが、階段を降りながら、絡みつくような視線を全身に感じていた。
 あの、純血主義の勘違い連中には、いつまでたっても慣れそうにない。できるだけ早くその場を離れようとしながら、シャーロットは胸の奥の不快感と戦っていた。
 だが運の悪いことに、そこにポルターガイストのピーブズが現れた。
「おやー?若作り、若作りのシャーロット・ブラックだ!なぁーんで五十年前と変わっていないのかなあ?若作り、年増、若作り、シワまみれ。ブラック、ブラッディ、血塗れ──」
「ベトリフィカス トタルス!」
 スネイプよりも冷たい声がシャーロットの口から出た。途端にピーブズは金縛り状態になり、目玉だけをぐるぐる泳がせた。いつものシャーロットだったらこれだけでピーブズを許しただろう。だがピーブズにとって不運なことに、シャーロットは今、非常に虫の居所が悪かった。
「『血みどろ男爵』!おいでくださる?」
 数秒後、げっそりとした顔の血みどろ男爵が廊下の壁からふわりと現れた。ピーブズの顔が恐怖の余り引きつったのを見て、シャーロットは薄く笑った。
「おやおや、シャーロット──この私をお呼びなさったかね?」
「ええ。男爵、お願いがあるんだけど、良いかしら?」
「あなたの頼みとあらば。何なりと」
「この下等な思念体に、あなたのような紳士の誇るエチケットを叩き込んでくださる?この私に向かって、許し難い暴言を吐いたのよ」
 血みどろ男爵は快くシャーロットの頼みをきいてくれた。丁重に礼を言って、その場を後にする。ピープズの悲鳴が後ろの方で響き渡ったが、当然の報いだ。シャーロットは振り返ることすらしなかった。




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