11.呪文相殺
「やあ」
 シャーロットが大広間の教職員用テーブルで昼食を取っていると、ルーピンが現れ、にこやかに話しかけてきた。
「そっちの初授業はどうだった?」
「なかなか面白かったわ──論文の題材になるくらい。タイトルは『寮の気質と得意・苦手科目の対象』でどうかしら」
「うん、面白そうだ」
 同意しながらルーピンはシャーロットの隣の席に着いた。スネイプはまだ用があるらしく、来ていない。そういえば、ルーピンとスネイプはどういった関係なのだろう。ただの同級生とは思えない。スネイプが一方的にルーピンを嫌っているように見えたが――それは彼が人狼だからだろうか?
 そんなことを考えながらシャーロットはいそいそと皿にランチをよそっている隣のルーピンを見た。
「リーマス、あなたの授業はどうだったの? 確か、この午前中は二年生の授業があったはずね」
 昨日ダンブルドアと話し合った結果、シャーロットは「魔法薬学」の五年生以上の授業と、「闇の魔術に対する防衛術」の三年生以上の授業を担当することになっていた。
「そうだよ。とっても楽しかった。グリフィンドールのクラスだったんだけど、コリン・クリービーという子がね……」
 ルーピンはホグワーツの教師の中でも、とても親しみやすい部類に入るというのがこの昼休みの間に判明した事実だった(逆に親しみにくい教師は言うまでもない)。口調は丁寧だがよそよそしさなど微塵も感じさせず、話し上手であり聞き上手だ。他人との距離感を掴むのに長けている、もっとも話しやすいタイプの人間。シャーロットはこの手の人間を歓迎したし、またルーピンもそのようにシャーロットを解釈したようだった。
「じゃあ、私たちも行こうか」
 食事を終え、ふたりは共に席を立った。次の授業は、六年生、NEWTクラスの授業だ。
「あ、そうだ」
 ルーピンがにこっと笑ってシャーロットの顔を覗き込んだ。
「次の時間のことなんだけど──」
 その続きを聞かされた後、シャーロットがこの男、リーマス・ルーピンの認識を少々改めたことをここに告白しておかなければいけないだろう。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「『闇の魔術に対する防衛術』──OWLの試験を受けたみんなはわかっていることだと思うけど──これは、逆に闇の魔術の知識がなくては対抗できない。対抗呪文だって、闇の魔術を知ってこそ本当に使いこなせるものなんだ」
 授業中、ルーピンは相変わらず人の良い笑顔を浮かべていた。シャーロットは教壇の脇に杖を持って静かに立っていた。生徒たちは、何かを期待するような目でルーピンを見ている。今日が初日だというのに、ルーピンがかなり落ち着いていて、良質な授業を進めようとしているからだろう。前年度のこの授業の教授は、あまりにもお粗末だったらしいと(本当はもっと辛辣な言葉で)スネイプから聞いていた。
「おそらく、みんなは防衛する呪文はよく知っているだろう……シレンシオ!」
「プロテゴ!」
 いきなり仕掛けてきたルーピンの「沈黙の呪文」を、シャーロットは冷静にはね除けた。これしきのこと、厳しい訓練を受けていたシャーロットには何でもないことだ。ひゅう、と何処からか口笛が鳴った。
「そう、普通は防衛魔法を用いるのが、一般的な防衛術だ。しかし、防衛術といってもいろいろある。例えば──いいかい、タイミングを合わせば、魔法を相殺することもできるんだ」
 生徒たちが再びしんとなった。これから何をするのか、予想がついたらしい。
「いくよ──ステュービファイ!」
「レダクト!」
 完璧なタイミングで、シャーロットの呪文とルーピンの呪文がぶつかり、パァンと弾けて消え失せた。
「でも一番簡単なのは武装解除呪文で相手の杖を飛ばしてしまうことだけれどね」
 そうは言っても生徒たちは納得しないだろう、とシャーロットは思った。客観的に見ても、今の魔法相殺はひどく高度で、かつ魅力的なものに見えた。今のような魔法を使ってみたいと大多数が思っているに違いない。
「じゃあ、みんな。もう一度やるから、よく見ていて。次はみんなにやってもらうからね──」
 この状況は決闘に近いものがあるとシャーロットは思った。ただしタイミングの主導権を握っているのはルーピンだが。シャーロットは涼しい顔でもう一度魔法を相殺した。
 この後の授業では指名された生徒たちが、シャーロットとルーピンを相手に魔法を相殺しようとチャレンジした。みんなやる気満々だった。ルーピンの指導が細やかなせいもあって、当てられた生徒は見る間に上達した。まあ、一度だけシドニー・マイルズが大いに失敗して失神してしまったのは、不幸な事故だ。
「じゃあ、今日はここまで。魔法相殺についてレポートを書いてきてくれ。それが宿題だ」
 授業の終わりをルーピンが告げると、生徒たちは皆興奮気味に教室を出ていった。
「シャーロットもお疲れ様。──ダンブルドアから打ち合わせしなくても大丈夫なくらいの助手だって聞いてたけど、本当だね」
「あら、光栄だわ。ありがとう」
 パンパンとローブのほこりを払いながらシャーロットは微笑んだ。ルーピンの授業も、スネイプのとは別の意味で面白かった。しかし、昼に「せっかくだから、派手にやろうよ」と持ちかけられ、「呪文相殺するくらい、簡単にできるよね?」とにっこり言われたのには少々面食らった。ルーピンは案外強かな性格をしているようだ。
 とは言っても、どちらの科目もトラブルはなく、初日からなかなか順調な滑り出しだ──とシャーロットは内心かなり満足だった。そう、夕刻になって、マクゴナガルに呼び止められるまでは。
「ああ、シャーロット」
 ルーピンと別れた直後、生徒の作った薬をテストしようと地下の研究室目指して歩いたところだった。ちょうど良かった、とマクゴナガルがつかつかと近寄ってきた。
「実は、あなたの寮の生徒が怪我をしてしまって。私たちはこれから緊急の会議に出席しなくてはいけなくて──マダム・ポンフリーも発言しなければいけないのです。様子をみてきてもらえませんか?」
 初日から怪我をする生徒がいるのか。シャーロットは呆れたが、そんなそぶりはみせずきびきびと答えた。
「わたりました。誰が怪我を?」
「ドラコ・マルフォイです──厄介なことに」
 マルフォイ。それは確かに厄介だ。
 マルフォイ家も、純血主義の家柄のひとつであることをシャーロットは身に染みて知っていた。恐らく、五十年経ってもそれは変わっていないのだろう。名簿の中に、ツンと尊大そうにすましているドラコ・マルフォイの顔と名前を見つけた時からシャーロットはそう確信していた。
「しかも、よりによって──ハグリッドの初授業で怪我をしました。どういうことになるか、おわかりでしょう?」
 マクゴナガルは頬に手を当てて珍しくため息をついてから、職員室の方へと去っていった。シャーロットは医務室へと急いだ。
 訂正しよう。やはりトラブルは始めからのようだ。






prev next
Top

bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -