10.悪戯、あるいは芸術

 シャーロットの一番始めの授業は、魔法薬学の五年生のクラスで、グリフィンドールとスリザリンの合同授業だった。早めに朝食を取り終えると、シャーロットは真っ直ぐ自分の研究室に行き、何度目かの確認をした。スネイプからだいたいの課題目標は聞かされているし、彼の腕前だけは信頼しているので、たいした心配はしていなかったが、少しだけ不安でもあり楽しみでもあるのが双子のウィーズリー兄弟だった──。
 部屋を出たところで、シャーロットはあのいかにも悪戯そうな顔つきを思い出してくすりと笑った。すると通路の向こう側からスネイプが現れた。
「何がおかしいのかね」
「先生の授業が楽しみで」
「ならば急ぎたまえ」
 シャーロットはスネイプの後に続いた。どうやらレディー・ファーストという概念は欠片も持ち合わせていないらしい。地下牢教室の階段を下りると、慌てて教室に入っていく生徒たちがちらほら見えた。
「まったく、五年生にもなって……もっと余裕ある行動ができぬのか」
 ぶつぶつとスネイプが言った。シャーロットは何も言わなかったが、確かにスネイプと同意見だった。昨日の様子からも同じように感じたのだが、どうもこの時代の生徒は少々緩い感じがする。
 スネイプが嫌な音を立てる教室の扉を開けると、生徒のざわめきが小さくなった。そしてつかつかと歩いて教壇に立つと、沈黙だけが残った。シャーロットは静かにドアを閉め、その横に控えた。フレッドとジョージがシャーロットに気づいて、ぶんぶんと勢いよく手を振った。他の生徒たちもちらちらとシャーロットの方に視線を投げかけていたが、ぎろりとスネイプが部屋中を睨み渡すと、慌てて視線を前に戻した。 
「授業の前に、ふたつほど諸君に知らせておかなければいかぬことがある」 
 スネイプの低い声が薄ら寒い教室に響いた。
「ひとつは、無論承知していることと思うが、来る六月の重要な試験のことである。この試験で諸君は魔法薬学における、初歩も初歩、知っていて当然の基礎を試される。魔法薬の成分、使用法、その効果などだ。もとより、諸君全員に『優』を期待するつもりなどないが、吾輩は少なくとも『可』以上のものを諸君に指導してきたし、これからもそうするつもりだ。よって、吾輩の教える学生である諸君に高いOWL合格率を要求するのは当然のこと。しかし諸君も知っての通り、このクラスには筆舌に尽くし難き愚か者もいる」
 スネイプの黒い瞳が光り、後ろの席にいるふたつの赤毛を捕らえた。スリザリンの席からかすかに笑いが上がった。
「諸君の義務は、そのような者共の妨害にめげることなく、今まで以上に勉学に発奮することである。良いな」
 どうやらスネイプの言う「諸君」の中には双子は含まれていないらしい。
「もうひとつは、そこにいる新米助教授のことだ。彼女は闇の魔術に対する防衛術と兼任して補佐を務める。だからといって、授業が甘くなるとは思うな。以上だ」
 シャーロットの方を見もせずに簡潔にまとめると、スネイプは生徒に「安らぎの水薬」をつくると告げた。進級したての五年生には少々難しい課題だ。シャーロットの用意した黒板書きが現れ、薬棚が開き、冷たい時間制限が宣告された。
 スネイプの授業は、シャーロットにとっては確かに面白いものだった。いちいちどこから捻出してくるのか、機知に富んだ皮肉な言い回しで、次々にグリフィンドール生をいびり倒していた。そのくせ、スリザリン生には露骨にひいきし、スリザリンのマイルズ・ブレッチリーのどうみても壊滅的な失敗作の薬には、見ないふりをしていた。
 シャーロットも様子を見て回り、なるべく多くの生徒が成功するように尽力した。予め渡されていた生徒名簿のおかげで、顔と名前と前年度の成績とをすっかり覚えてしまっていたので、誰に注意すればいいのかはわかりきったことだった。
 まずスリザリンのほうを回り、早速材料を間違えている何人かの女生徒にさりげなく正しいものを教え、まったく火加減を気にしていないガッド・サンダーソンに「そのままだと惨事になるわよ」と警告を発した。それから甘えたように質問してくるスリザリンの男子生徒たちにパッパッと指示を出すと(「最初は右回り」「バイアン草は一滴じゃなくて二滴よ」「ストップ、加えるのが早過ぎるわ!」)、グリフィンドールの方に移動した。
 やはりスネイプ効果だろうか、比較してみるとスリザリンより圧倒的にグリフィンドールの生徒の方が間違っている者が多かった。
 ――ん、待てよ、ひょっとしてこれは寮の気質のせいだろうか。狡猾、抜け目のないスリザリンは、よく言えば用意周到。勇猛果敢なグリフィンドールは、悪く言えば単純。つまり、細かい些事の処理は苦手。よって「魔法薬学」は不得手なのだろうか──などと考えながらシャーロットはアンジェリーナ・ジョンソンに右に混ぜすぎだと注意した。
 だが、はっきりいって、双子のウィーズリーはそれ以前の問題だった。
「……ウィーィィズリーィィ……」
「はい、なんでございましょう?」
 スネイプの発する地獄の使者のような声音にもまったく動じず、フレッドとジョージは愛嬌たっぷりに答えた。
「ぜひ、教えてもらいたいのだが……『安らぎの水薬』を作っている鍋の上で、何故、七色の火花がこうも見事に打ち上がっているのだね?」
 スネイプの唇の端がヒクヒク動いているのも理解できなくはなかった。フレッドとジョージの鍋は、「安らぐ」どころか「はしゃぎまくる」薬ができそうな有様だった。次々にポンポンと打ち上がる火花は、いっそ見事なまでに美しい。
「綺麗でありましょう?」
「我ら、試行錯誤を重ねた結果、こんなにも美しき芸術を造り上げてしまいました!」
「グリフィンドール、十点減点」
 スリザリンの生徒から冷笑が湧いた。グリフィンドールの生徒はスネイプに憤慨しながらも、「またか」という顔をしているものがほとんどだった。
 授業の終わりを告げる鐘が鳴ると、フレッドとジョージは悪戯仲間のリー・ジョーダンと共にシャーロットのところへとやって来た。
「ブラック先生、どうやらスネイプ教授はもうちょっと感性を磨く必要があるみたいだね?」
「それと頭の洗い方もね」
 フレッドとジョージはちっとも悪びれた様子がない。シャーロットはリーと目配せし、労るように言った。
「リー、あなたも大変ね」
「わかってくれます?」
 おおげさにリーはやれやれ、と肩をすくめた。
「まったくあなたたちは。あんなものが作れるってことは、本当は『安らぎの水薬』なんて簡単にできたはずでしょう?」
 七色の火花が打ち上がるあの効用は、六年生で習う「虹薬」と「火炎薬」の応用のはずだ。シャーロットは諫めながらも正直感心していた。フレッドとジョージはにやりと笑った。
「生憎、俺たちの求めるところじゃなかったからね」
「求めよ、さらば与えられん」
「という次第で、あんなものになったのさ」
「あなたたちに何を言っても無駄ってことね。わかったから早く次の授業に行きなさい」
 促すと、三人組は渋々出て行こうとした。しかしその去り際、シャーロットはスネイプがこちらを見ていないことを確かめると、こっそりと三人に囁いた。
「でも、とても綺麗だったわ。確かに芸術ね。グリフィンドールに十点差し上げましょう」
 三人は一様に目を丸めると、悪戯そうににやりと笑った。






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