8.ルーピンの秘密

 話というのは、例の「わけあり」の事情を説明するためだろうか。シャーロットは小さく頷いた。スネイプはというと、殺意がありそうな顔でルーピンを凝視している。
「では、参ろうか」
 四人は校長室に向かって歩き出した。シャーロットは一行の最後に続いた。
 スネイプのただ事ではない表情よりも、気になるのはルーピンのことだった。彼はホグワーツ特急で初めて会った時、まるで幽霊を見たような顔をしていた。そして宴会の最中にも、チラチラとこちらを窺っていた。自分の顔が――控えめに言っても――整っていることは承知しているが、ルーピンの眼差しはそう言った類のものでもないようだった。
 と、なると考えられるのは――。
 シリウス・ブラック。
 かつての彼は、私によく似ていたという。ルーピンは彼と何らかの関係を持っていたのではないだろうか。
 四人の教員が樫の木でできた扉を潜ると、相変わらず面白そうなもので溢れた部屋が視界に飛び込んできた。ダンブルドアは椅子を取り出し、シャーロットたちに座るよう促した。
「立ち話もなんじゃしのう」
 そう言ってダンブルドアがくいっと指を曲げると、食器棚が開き銀の皿やグラスが飛んできた。見事に着地した皿の上に、色とりどりのお菓子やケーキ、何種類ものチーズが現れた。
「紅茶が良いかの?それともワインやブランデーの方が――」
「結構です、ダンブルドア」
 宴会の続きでもしようかというダンブルドアのもてなしを、スネイプが一刀両断した。
「あら、私は頂くわ」
 シャーロットは悠然とそう言い、ダンブルドアが空中に漂わせているグラスとブルゴーニュのボトルを引き寄せた。
「アルバス、このワインを開けてもよろしいかしら?」
「もちろん」
「それに私の見たところ、スネイプ先生もルーピン先生も血色が悪過ぎです――コニャックなんてどうでしょう?」
「名案じゃ」
 ダンブルドアがパチンと指を鳴らすと、コニャックの注がれたグラスがスーッとルーピンとスネイプの目の前に飛んでいった。ルーピンは力なく笑っていたが、スネイプは断固として受け取りを拒否していた。
「――さて、早速本題じゃが」
 ダンブルドアはバタービールのジョッキを持ち、席に着いた。シャーロットはワインの香りを楽しみながら続きを待った。
「ルーピン先生は大変優秀な教授じゃが、ある問題を抱えておるのじゃ」
「危険極まりない問題ですな」
 スネイプが嘲るように言った。
「言っておきますが、私は今でも反対です。こんな野蛮な者を校内に引き入れるなど、狂気の沙汰としか思えません」
「セブルス、君の考えはわかっておる。だが今はシャーロットに話しておるのじゃ」
 ダンブルドアはシャーロットに向き直った。
「その問題のせいで、ルーピン先生――リーマスは体調が万全とは言い難い。その手助けを君にしてほしいと思っているのじゃ」
 シャーロットはルーピンを見た。するとルーピンは、躊躇いがちに口を開いた。
「……私は、人狼なんだ」
 人狼――狼男。満月の晩に変身し、その時には理性を失う。魔法社会の鼻つまみ者。
「幼い頃、グレイパックという人狼に噛まれたんだ。そのせいで、ホグワーツに入学することさえ諦めていた――しかしそれを、ダンブルドアが救ってくださったんだ」
 打ち明けられる秘密を、シャーロットは黙って聞いていた。
「そして今回も、私を『闇の魔術に対する防衛術』の教授として招聘してくださった――私はダンブルドアの恩義に報いるためにも、この職務を全うしたいと思っている」
 そう言うルーピンの表情は真剣そのものだった。
「脱狼薬は、セブルスが作ってくれることになっている。だから、君に危険が及ぶようなことはない」
 テーブルの上に置かれた手が、わずかに震えている。
「だから――どうか協力してもらえないだろうか」
 シャーロットはルーピンの視線を受け止めた。事前にやり取りした手紙は、「闇の魔術に対する防衛術」についての知識も、教えたいという情熱も、十分に感じられるものだった。
「わかりました」
 シャーロットはさらりと言った。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね、リーマス」
 にっこり笑いかけると、ルーピンは拍子抜けしたような表情になった。
「それで、具体的にはどのように割り振りましょうか?どちらの授業にすべて出るのは、さすがに『逆転時計(タイムターナー)』でもない限り無理でしょうから」
 しかしなかなか答えは返ってこなかった。何故かルーピンもスネイプも、ダンブルドアでさえも言葉をなくしたままだ。
「――あの?」
 どうして黙りこくっているのだろう?シャーロットが首を傾げると、ようやくダンブルドアがフォッフォッと笑いだした。
「あの……アルバス?」
「恐れはないのか?」
 そう尋ねたのはスネイプだった。
「何を?」
「そこの人狼だ」
 シャーロットはスネイプからルーピンに視線を移した。
 ――ああ、そういうことか。
「何故恐れる必要が?」
 確かに満月の夜に野放しにされた人狼は恐るべきものだろう。だが、それ以外の日は常人と変わらない。それを理解してさえいれば、別に恐れることはない。
「人狼の特性も弱点も理解しています。それに、スネイプ先生が脱狼薬を調合してくださるのでしょう?」
 ルーピンの告白を受けてまず感じたのは、なるほど、と今までの疑問がストンと腑に落ちる感覚だった。月に一度、脱狼剤を飲んだとしても、副作用としてルーピンの身体の具合は悪くなる。そしてスネイプも脱狼剤の調合で手間がかかる。だから、「魔法薬学」と「闇の魔術に対する防衛術」、このふたつの科目の補佐を任されたのだろう。
「それならば、何も心配することはありませんよね?」
 笑みを浮かべてスネイプを挑発すると、スネイプは不本意そうに「当然だ」と言って視線を逸らした。
「ありがとう」
 ルーピンは今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「君は――本当に――」
「あの愉快な脱獄犯に似ている、とでも?」
 スネイプがせせら笑った。思わぬ方向に転がった話題に、シャーロットは眉をひそめた。 
「そう思っているのは君も同じだろう、セブルス」
「ルーピン。吾輩とて男と女の区別ぐらいつくのだがね」
「落ち着くのじゃ、ふたりとも」
 火花を散らす両者の間に、ダンブルドアの手が割って入った。
「リーマス、シャーロットが彼に似ているのは当然じゃ。遠くとも確かに同じ血を引いているのだからのう。それにセブルス、彼女が誰かれ構わず呪いを浴びせるような性格をしていないことは、もうすでにわかっておろう?」
「……あなた方、シリウス・ブラックとはどういったご関係?」
 自然に口をついて出た疑問に答えてくれたのはダンブルドアだった。
「彼らは皆、同じ年にホグワーツの門を潜ったのじゃ」
 それだけじゃないだろう、とシャーロットは三人それぞれにもの問いたげな視線を送ったが、一向に答えが返ってくる様子はなかった。まったく、顔が似ているというだけで不思議な三角関係に引きずり込むのは勘弁してほしい。
「……では、本題に戻ってもよろしいかしら?」
「うむ」
 どの授業に出るかという割り振りは、ほとんどシャーロットとダンブルドアの間で決められたようなものだった。その間スネイプはずっとルーピンに噛みつきそうな顔をしていたし、ルーピンもルーピンでずっとこちらを――シリウス・ブラックそっくりだというシャーロットの顔を見つめていた。
「――では、これで異論はないかね?」
「はい」
 シャーロットは空中に浮かんだ時間割を確認して頷いた。
「リーマスが授業に出られない間は――」
「私が」
 いきなりスネイプが声を上げた。
「さすがに、まだ正規の授業を行うには早過ぎるでしょう」
 これにはかちんときたが、正論でもあるので沈黙する。そこまで言うのなら、お手並み拝見といこうではないか。
「よろしく頼むぞ。今のホグワーツには、君たち三人の協力が必須じゃ。ほれ、互いに握手をするのじゃ――」
 何だか子ども扱いされているような気がしたが、シャーロットは素直に従い、まずルーピンに手を差し出した。ルーピンは郷愁を漂わせた瞳で微笑み、その手を取った。それからスネイプに向き直ると、骨ばった手がぶっきらぼうながらもシャーロットの手を握り返した。
 そしてルーピンとスネイプは、じりじりと少しずつ近寄り――まずルーピンのツギハギだらけのローブから手が伸び、渋々といった体でスネイプがそれに応えた。
「うむ、よろしい。それでは三人とも、今度こそ頼みましたぞ」
 正直、心もとない――というのがシャーロットの感想だった。





prev next
Top

bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -